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ライバル登場! 『昔の友は不倶戴天』

 その日、国津山科学研究所では、めずらしく穏やかで何事もない時間が流れていた。


スーチェ「ドクター、望月様。ダージリン・ティーを淹れてまいりました。どうぞ、一息ついて下さい」

博士「おおう、いつもすまんねえ」

望月「う~ん、スーチェもすっかり、おいしい紅茶が淹れられるようになったね」


 彼女が完成した直後くらいは、家事を行うたびにトラブルを起こしていたものだが、最近では自己学習に加えてネット経由でのデータ収集、書籍での学習効果などもあって、失敗が減ってきた。


スーチェ「あとは、料理ができるようになれば、と思うのですが……。奥が深いと言っても淹れるだけで済むお茶と違い、調理には味加減や火加減など複雑な要素が絡んでくるので、とても難しいです」

望月「そっか、スーチェの場合は自己充電で動けるわけだし、本来は食事をとる必要がないんだものな。人間が口にする料理を学ぶのは容易じゃないだろうね」

スーチェ「はい。今はまだ、人に有害なものしか作れません。レシピどおりに作っているはずなのに、突然キッチンが大爆発したり、得体のしれないものが出来上がったりもします」

望月「……全自動のクッキング・マシーンを使ったらどう? 失敗しないよ」

博士「こりゃ! 望月君、せっかくスーチェ君が手料理に挑戦してくれているのに、何てことを言うんじゃい! この贅沢者めが!」

望月「うぐ、そうでした。すみません(そんな剣幕で怒らなくても……)」

スーチェ「いえ、確かに望月様の言うとおりです。今の私は、残念ながら調理マシンに劣ります。もう少し、覚えるのが早いといいのですが……」

博士「なあーに、心配はいらんて。勉強熱心な君のことじゃからのー、すぐにうまくできるようになるって」

スーチェ「いつも励まして頂き、ありがとうございます(♪)」


 ──と、そんなとりとめのない会話をしながら過ごしていた面々だったが。平和な時間は、鳴り響く警報の音によって切り裂かれた。

アラーム「警報、警報。研究所敷地内に高エネルギー反応。侵入者あり。侵入者あり。各種自動迎撃システム起動中。稼働率七十九パーセント、六十八パーセント、五十五……なおも低下中」

望月「こ、高エネルギーだって? まさか三番目の使……」

博士「シャラーーーーップ、ミスターモチヅキィ! パターン、アオォッ(マイケル風に叫んでみただけ)! ……とか言ってる場合じゃないぞ!」

望月「うわあ……(ドン引き)そんな寒いこと言いませんよ」

博士「そりゃあー! カメラの映像、ここのモニターに回すぞ!」

 研究室のモニターに一瞬、高速で移動する何者かの影が映りこんだ。しかし、その正体を見極めるほどの暇はなく、画面はすぐさま砂嵐の支配するところとなってしまった。

望月「カ、カメラが壊されただァ──ッ! 許さんッ!」

博士「だから、そういうネタはやめいと言っている!」

スーチェ「……ドクター。敵性体とあらば、私が迎撃に向かいましょうか?」

博士「う、ううむ……しかし、これは……」

望月「博士、どうしたんですか? 早くどうにかしないと、このままじゃ──」

 

 そうこうしているうちに、エネルギー反応は研究所の中心部────つまりは博士たちがいる研究室に接近してくる。その動きは一切の通路を無視して、まっすぐ一直線に、最短ルートで向かってくるものだ。

望月「か、壁を突き破ってくる──!」

スーチェ「いけません。お二人とも、速やかに壁から離れて下さい!」

 スーチェが叫んだ直後、衝撃音とともに研究室の壁が吹き飛び、そこに大穴が開いた。

博士「むむっ」

望月「な、な」

スーチェ「……」


 撒き散らされた壁の残骸と灰色の煙の向こうに、うっすらと侵入者の黒い影が浮かび上がった。


 それは、少女。人間の──。


 いや、一見すると確かに人間の少女だが、はっきりとした違和感を伴っている。この少女からは生気がまるっきり感じられないのだ。舞い上がる粉塵の中にあって、むせることも瞬きすることもなく、人間とは思えないくらい無表情に、研究室内の三人に冷徹な眼差しを向けている。


望月「はわぁ! め、メイドさんいらっしゃいッ!」

 侵入者はミニ丈ながらも割とシックなメイド服を身にまとっている。望月は思わずスーチェの方を見て、彼女がそこにいることを確認した。無論、彼女は一人しかいない。

 しかし、である。壁を貫いて現れた少女もまた、どう見てもスーチェと同様のメイドタイプのアンドロイドだ。

 透明感のある青いミディアム・ショートの髪、幼さを漂わせる顔つき、小柄で華奢に見える体型──。外見こそ全く違うが、日ごろスーチェに接しているだけに、相手がスーチェのような人型ロボットだとすぐにわかった。

 そして、彼女の手には武器らしきものは握られていない。ということは、恐らく素手で分厚い研究所の壁と各種防衛機能を突破してきたということだ。しかも、恐るべき短時間で──。そう考えると、戦闘力についてはスーチェと同等か、それ以上のものに違いない。


???「ぬぉ~~っほほ! ぬるい、なんともぬるいセキュリティ! 防御システム! 侵入対策シークエンス! ひきこもっとる貧弱軟弱な主人のようだのぉぉ!」

 アンドロイドの背後から、妙に甲高い男の声が聞こえてきた。

博士「ぬぬ、その耳障りな声と喋り方は……!」


 やがて、一同の目の前に、白衣姿の小柄な男が姿を現した。


天津川「ぬふぅ~。久しいのう、国津のお~」

博士「天津川! やはりお前かッ!」

天津川「おーい、おい。十五年ぶりにあった友人に対して、その態度はないだろう。せっかくこうして会いに来てやってというのに、つれないじゃないの~~」

博士「やかましいぃぃぃ! 人の研究所ぶっ壊しといて何をほざくか! それに、呼んだ覚えも無いわ!」

天津川「ひゃっはー、そうだったかねえーー。すまん、すまん」

望月(博士の知り合い……なのか。えらい険悪なムードだけど)


博士「やい、天津川! 今更、私に何の用がある! 何が目的でここに来たのか説明せい!」

天津川「はああ、わからんか。生ぬる~い発明生活で、オツムの方もだいぶ弱くなってるようだのお」

 天津川が合図をすると、彼の横にいたアンドロイド少女が、スカートをふわふわと揺らしながら博士達の元にやって来る。

望月「!」

 博士と望月をかばうべく、スーチェがアンドロイド少女の目の前に立ちはだかった。両者は無言でにらみ合いを続けた。

天津川「紹介が遅れたが……。それは、私の作った超高性能アンドロイド、メリルだ」

メリル「はじめまして、国津山科学研究所の皆様。私は天津川OSL所属高性能アンドロイド・メリルと申します。コンセプト、Adaptation to Environment and Study Type。どうぞ宜しく」

 メリルは、スーチェと比較しても全く遜色がない流暢な人工音声を発した。

スーチェ「……」

メリル「あなたがスーチェさんですね。製造の順番から、私はわなたの後輩にあたります。どうぞよろしく……先輩」

スーチェ「……こちらこそ。よろしく、お願いします」

 まだ上手く怒りを表現することができないため、その表情にも声色にも表れないが、スーチェは内面では相当に怒っている。彼女はこの時、同族でもメリルを味方とは判断しなかった。なおも二人の間には、一触即発の空気が流れている。

望月「驚きだ。今の所、外見的にも、性能的にもスーチェと遜色がない……。博士以外の人に、こんな発明ができるなんて、とても信じられないけども……」

(望月、博士の方をじっと見る)


博士「なるほどな。その自慢の娘を見せびらかしにきたというわけかい」

天津川「いや、ただ見せびらかしにきたのではないぞ。今日は、貴様に挑戦状を叩きつけに来たのじゃい」

博士「挑戦状、だとぉ?」

天津川「そうとも、これは決闘の申し込みだ。お前のスーチェと、私のメリルと、どちらが優秀か──。それを証明するのが目的の」

博士「下らん! まだそんな競争本位の考えでやっておるのか、お前は!」

天津川「何とでも言うがよい。奇跡の発明も、天才も、一人で十分。私か、お前か、優秀な者が残る。私はこの十五年間、お前に勝つことだけを考えてきたのだからの」

博士「ますます下らん。とっとと帰れこのうすらトンカチのコンコンチキめが!」

天津川「ほほ~、いいのかな。そんなことを言って……。昔お前が研究していたこと、開発していた物全部、全世界にバラしてしまうぞぉ~」

博士「ぬお……! お、おのれい、この卑怯者めが!」

望月(研究……?)

天津川「ふふん、卑怯で結構。いいから、黙ってよく聞けい。……対戦のルールは単純だ。双方のアンドロイドが同時に性能を比べ合い、負けた側の科学者は永久に引退する。もしくは、相手の言うことに服従し、部下として一生働く」

博士「ふざけたことを……」

天津川「ほぉ~ん? ほぉ~ん? いいのかなあ? バラシチャウぞ? バラシチャウぞ、国津くん? あんなことやこんなこと……」

博士「のわっはあーーーー! やめれ、それだけはあああ!!」

(博士、頭を抱えて悶え狂う)

望月(どうやら博士、相当に致命的な弱みを握られているみたいだな……)

博士「ぐぐぐ……ぐおお」

天津川「わかったかい、アンポンタン。そちらに選択権はないのだよ。そもそも、これはだな──」

メリル「──マスター、お話の最中ですが、そろそろお時間です」

 どこから取り出したのか、メリルは分厚い手帳でスケジュールを確認していた。

天津川「うむ、そうか。ちとムダ話が過ぎたな。……おい、国津のぉ! 決戦の日時、内容は追って連絡するからなあ。楽しみに待っておれよ。にひひひひひひ」

 天津川が壁の向こうに姿を消すと、メリルは手帳を閉じて一礼し、彼を追った。後には無残に崩れ落ちた研究室の壁だけが残された。


天津川「あー、そうそう。壁とか壊してすまんかったなー! でも修理代は、ビタ一文も出さんからなーー! にひひひー!」

 遠くから、そんな気色悪い叫び声が聞こえた。


博士(あんにゃろーめ、素直に玄関から来いや……)

望月「……あの、博士。今の人は……?」

博士「うむ。奴は天津川と言ってな、私の……研究員時代の同僚だ。当時は私と共に、将来を嘱望される科学者だった」

望月「同僚と言う割には、お二人は仲がいいようには見えませんでしたけど、一体、あの天津川博士との間に何があったんですか?」

博士「……」

(博士、ひどく疲れた様子で椅子に腰掛け、ため息をついてからしばし天を見上げる)

博士「奴と私は、同じ研究……つまり、環境適応型自己学習アンドロイドの研究をしていた。当時は、切磋琢磨してお互いを高めあう、そんな良きライバルであり、親友だったのだが」

望月「どうして、仲違いを?」

博士「些細な意見の食い違い、あるいは方向性の違い……そんなところだ。私もあいつも、自分の考えをテコでも曲げんかったからな……。共同研究の難しさを骨身に染みて知ったよ」

 そう言う博士の表情は、昔を懐かしんでいるというよりは、ひどく悲しんでいるように見える。

博士「仲違いした我々は、各々の研究所を作り──、それからは一度も会わず、連絡もしてこなかった。だが、奴も私と同じく、A.E.S.Tアンドロイドの研究を続けていたんじゃなあ……」

(博士、すっと目を閉じる)

スーチェ「……ドクター、天津川博士はあなたの何を知っているのですか?」

博士「な、何のことだねスーチェ君」

望月「うん。確かに、何か絶望的な弱みを握られているように見えましたね」

博士「うぬぐッ! た、たたた、大したことではないんじゃ。大したことでは──」

スーチェ「ドクターの発汗量が華厳の滝です」

望月「博士、水臭いですよ。今更、博士がどんな悪行をしていたとしても今さら驚きませんし、話して下さいよ」

博士「ありがとう(なのか……?)、望月君。しかし、すまんがそれを口にするわけにはいかんのだ……絶対にな……」

望月「博士……」


スーチェ「それで、ドクター。今回の件について、これからどうなされるおつもりですか?」

博士「決闘など……愚かしいことだ。もちろん、私は望んではいない。しかし、あの男の執着を──、最後まで私を超えられなかったという思いからどうにかして解き放ってやりたいと思っておる」

望月「そのためには勝って、言うことを聞かせるしかない──、と?」

博士「……負けてやることは簡単だ。しかし、それでは奴は決して変わらないだろう。スーチェ君、こんなことになってしまって、本当にすまない。私の過去の清算に巻き込むことになってしまった」

スーチェ「構いません。相手の性能は全くわかりませんが、ルーチン・セオリーどおり、どのようなものであっても、ドクターの決定に従います。──それに、なんとも形容しがたい感覚ですが、どうも私はあの子を好きになれそうにありませんし」

博士「ありがとう。……しかし、それにしても不本意だ──科学は人を救うためにあるというのに、こうして争いの火種となってしまう。天津川は私に執着するあまり、まだわかってないのだ。研究者は、個人の欲求を満たす以上のことを求めなければならぬ、ということを──」

望月(うおおお、博士がこんなまともなことを言うなんて──やはり、変態とは仮の姿。この人は凄いのかもしれない!)


 望月の心の中に、忘れかけていた博士への尊敬と羨望の炎が燃え上がるッ!


博士「……ではスーチェ君、落ち着いたところで、お茶菓子を私の口に運んでくれたまえ」

スーチェ「かしこまりました。はいドクター、ア~ン♪」

博士「ア~ン♪ もぐもぐ、うーん、幸せじゃい。次は口移しとか~」

望月(こらこら、調子に乗るなってば! それはダメだろーー!)

スーチェ「え……。あの、私は構いませんが、それでは文章として不適切になりませんか?」

博士「いーのいーの、規則は破るためにあるんだから。わたしゃ、生まれたときから歩く18禁と呼ばれていた男さね。それに、ほら、あれだよ。作者がテキトーな効果音とかオブラートでごまかしてくれるから大丈夫。何せテキトーだから」

スーチェ「……博士、申し上げにくいのですが、お止めになるのが得策だと思います……。一応、もう少し作品を続けたいらしいので……」

博士「え~、そう? そうかなあ。そうでもないんじゃないかなあ」

望月(スーチェにたしなめられるとか……。彼女もだんだんわかり始めてるし……。この博士の方が、よっぽど幼稚で煩悩の塊のような気がするなあ──)

 研究所の存続の危機であるというのに、こんな調子で大丈夫なのだろうか。望月は、ぶっ壊れた研究室の壁と恍惚の18禁博士を順番に見てから、深いため息をつくのであった。


 *  *  *


 天津川博士の来訪によって、国津川科研の平穏はますます危うくなっていく。今後、因縁というべき両者のいさかいが続くことになるのである。

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