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掃除はバトル? 『すごいよモップ君』

今回はおなじみの黒いアイツが登場します。

また、作者の身勝手で視点がコロコロ変わることをお詫びいたします。2012/03/12……口調などを変更してみました。

 私はアンドロイド・スーチェ。

 この栄光ある国津山科学研究所の専属メイド……つまり、使用人です。恐縮ですが、今回は私の仕事上の話を聞いてください。


 尊敬するドクターに与えて頂いた、私の仕事。そのひとつが研究所の清掃作業です。この任務に当たるに際し、私にはいくつかのツールが与えられました。例えば、今私が手にしている、棒の先端にたくさんの細長い布が装着された「モップ」というツール。そしてもうひとつ、「バケツ」と呼ばれる、取っ手の付いた底が深いブリキ製の容器。

 どちらも非常に原始的な外観をしたツールであり、科学の最先端をゆくこの研究所におよそ似つかわしくないものに思えます。

 しかし、ドクターにはこれらのツールを使用することこそがメイドの基本であり、由緒正しき仕事姿であり、何より最も肝心な「萌え」の要素なのだと教えられました。今の私には彼の言う「萌え」という概念を理解することは困難ですが、ある種の特定の人間のみに身悶えるような精神高揚を与えられる要素だということは、調査せずともすぐにわかりました。

 望月様はドクターの偏った趣味に付き合う必要はないと仰いましたが、私の生みの親でもある彼に喜んでもらえるならば、これを徹底的に厳守したいと思います。

 

 ──さて、研究所内には私の先輩とでも言うべき旧式の掃除ロボットが稼動していて、研究所内を幅広く掃除してます。でも、私に言わせれば、彼は全くなっていない。実際には掃き残しがあるし、高いところの掃除が苦手と見えて埃が残されていることがあるのです。性能に劣る彼のいたらぬ部分をカバーしつつ、最高の仕事をすることが必要だと認識しました。

 私に、妥協はありません! 全ての通路、窓、研究室、トイレ、バスルーム、玄関、中庭など、隅から隅までチリひとつ残すことなく掃除することは当然であり、作業の速さと精密さから、ドクターから賞賛の言葉を頂いた程です。


 だから、私は清掃には自信を持っていたのです。


 *  *  *


 それは、ある日の夜の出来事。キッチンの清掃に取り組む私が床を磨いている最中、部屋の中で私以外の何かがうごめくのを感知したのです。

「……侵入者?」

 まさか何者かが、研究所の厳重なセキュリティ網を掻い潜って、全く気付かれること無く侵入したというのでしょうか。そうだとしたら、相手は間違いなくプロであり、油断のならない相手に違いなありません。私はすぐに、手に握っていたモップを構えて、臨戦態勢をとりました。


 ──突然だが、説明しよう!


 このモップは一見すると何の変哲もない木製のモップにしか見えないが、実は「超・高圧縮波動エナジー精錬方式採用クォーツ研磨加工済み強化ネオチタニウム合金ガンマ参式改・乙型」という、ドクターが生み出した究極の金属で作られたハイパーツールであり、コードネームを『すごいよモップ君』と言う。普段は清掃に適した扱いやすいモップでありながら、不法侵入者などと対峙した際には敵戦力を完膚なきまでに粉砕・殲滅せしめるスーチェ専用のスーパーウエポンとして機能するのだ。すごいよモップ君は、国津山科学研究所の最新技術が生み出した、格闘戦用の究極破壊兵器なのである! ……すごいよモップ君すごいよ。


 私は動体センサーを起動して、敵が潜んでいる場所を探った。この狭いキッチンで身を隠せる場所など限られているし、少しでも姿を見せれば、そこに一撃を叩き込むことができる。

「大人しく出てきた方が、賢明だと思いますよ」

 私は忠告ました。ですが、予想通りキッチンは静まり返ったまま、返事は返ってきません。私はその後もう一度警告しましたが、やはり反応はありませんでした。

 相手が警告に従わない以上、残る手段は実力行使のみです。まさか、こんな形で私の初めての戦闘任務が行われようとは、思いもしなかった事ではありますが──。


 すると……あるいは、私の忠告を受け入れるつもりになったのでしょうか。冷蔵庫の陰から、それは姿を現したのです。

「虫……?」

 それは──おぞましき黒色の昆虫だったのです。データ照合、該当データ無し。これは、未知の生物だとでもいうのでしょうか。相手は私を見つめたまま、身動きをとろうとしません。私も、そんな相手から目を離さない。にらみ合いがしばらく続きました。


 この生物は危険だ──。


 私の直感がそう告げます。このターゲットからは、何か強大な力を感じるのです。明確な意図を持って開発された、殺傷力の高いバイオ生物か、あるいは精密に作られたスパイ用のインセクト・メカという可能性も大いにあると思いました。私はサーモ・センサーや解析モードなどに切り替えて、この虫の情報収集を怠りませんでした。


 なおも膠着(こうちゃく)状態が続き、私はついに先手を取ることを決断しました。頼れるモップ君を振りかぶり、虫に向かって力任せに振り下ろしたのです。……ところが。

「速い!」

 すごいよモップ君の直撃を喰らい、床は深々と陥没しましたが、肝心の虫は無傷でした。ターゲットは驚異的な反応速度ですでに他の場所へ移動していたのです。

「これならどう!」

 私は躊躇(ちゅうちょ)無く、敵の留まる位置にモップ君の第二撃を叩き込みました。……すると。

「何」

 驚いたことに、その虫は空中を飛行して私の攻撃を回避し、キッチンの壁に悠々とへばりついたのです。まさか飛行能力まで有しているとは……。しかも、向こうから一切の攻撃を仕掛けてこないのが何とも不気味であり、それが危険を感じさせるのでした。

 そう、このターゲットは何をしでかすかわからない。ここで撃破せしめなけば、研究所もそうだが、何よりも大切なドクターや望月様の身にまで危険が及んでしまうかもしれない。そんな最悪の事態だけは、何としてでも避けなければならないと思いました。

「逃がさないっ!」

 引き続き私は、壁に垂直にへばりつく虫に向かって、でき得るかぎりの速度で攻撃を仕掛けました。しなるモップ君、砕けて崩れるキッチンの壁。しかし、相手はまたもや難なく回避していたのです。

「そんな、私の反応速度に勝るなんて……」

 計算上では、私の攻撃を避けることができる生物など、ないはずでした──。


「おい、スーチェ君。何の騒ぎ……どわあああああああ」

(物音を聞いて現れた望月、驚きのあまりすっとんきょうな声を上げる)

「スーチェ君、何をしてるんだ、君は!」

「敵性体、なおも健在。ここは危険です、望月様。下がってください!」

 私は敵が物陰から姿を隠した瞬間に、またモップ君の頭を振り下ろしました。

「やめ、止めるんだ。キッチンがめちゃくちゃじゃないか」

「どうしたね、望月君。なにやら騒がしいようだが」

「あっ、博士。どうしたじゃありませんよ! 見てください、これ!」

「むっ」

(博士、キッチン内を見回し、高速で移動する虫を目撃)

「ぎょえー! 語気、五期、誤記、ゴキブリ!」

(博士、錯乱しキッチンから一目散に逃走。姿を消す)

「博士ええええええぇ! 逃げないで! 彼女を止めてくださいよおおおお!」

(哀れかな、望月の声、博士に届かず)

「喰らえ昆虫! 必殺、ディヴァイン・エクセレント・センチメンタル・ティアーズッ!」

(スーチェ、データベースに登録されていた博士考案の必殺技の名前を叫びながら、モップ君の尻による高速攻撃でターゲットを突いたが、残念ながら今度もかすりもせず、床にパックリと大口径の穴が開く。さらに連続して振り下ろした渾身の一撃で、キッチン中央のテーブルが粉々になって飛散した)

「あわわわわ! 大事な家具がぁぁ!」

(無残な瓦礫の山と化していくキッチンの姿に、うろたえるばかりの望月)

「……また外れた! だが、次で必ず仕留める! はぁぁっ!」

 憎き黒虫は余裕ありといった体で、私の前に姿を現します。モップ君を構えたまま、私達はまた最初の睨み合いに戻りました。仮にも、私は学習型・環境適応型アンドロイド第一号。次の攻撃は絶対命中させる自信がありました。

 だが、すごいよモップ君を強く握り締め、挑みかかろうとしたその時、望月様が私を制止する目的で、背後から声を掛けたのです。

「スーチェ君、じっとしてるんだ。動くんじゃないぞ」

「……え?」

(ここで望月、ゆっくりと慎重にゴキブリに近づき……)


 バン!


(丸めた新聞紙を、鋭く打ち下ろす。ゴキブリ、望月に退治されてひっくり返る)

「……!」

「ふう。スーチェ君、ゴキブリを退治するときはね、出来る限り静かに接近して、動きを悟られないように、素早く一気に叩くんだ。大振りじゃだめだよ」

「凄い……!」

 まさか、あの高機動物体を一撃で、ただの新聞紙で倒すなんて。しかも、完全に攻略法をマスターしているではありませんか。この人は、凄い。さすが、天才ドクターの右腕だと、感服しました。

「それにしても、ああ、ゴキブリ一匹のせいでキッチンが見る影も無く……」

「……あっ! 申し訳ありません、望月様。すぐに片付けます」

 敵の撃破に専念するあまり気づきませんでしたが、戦闘のせいでキッチンが崩壊してしまっていたのです。私は、なんという失態を晒してしまったのでしょう……。

「全く、博士の虫嫌いにも困ったもんだな。ゴキブリのデータくらい、スーチェにインプットしておけばいいのに。……これからゴキが現れる度に部屋を破壊されちゃたまらないよ……ブツブツ」

 小言を呟きながらも、望月様が一緒になって、キッチンの後始末を手伝ってくれました。でも、こんな失敗を犯すようでは、高性能アンドロイドとしては失格もいいところ。

 もしかすると、私にはドクターが好むところの『ドジッ娘』という属性が与えられているのではないか……? これは今後、解決していかなければならない大きな疑問です。


 *  *  *


 ──博士の虫嫌いのせいでゴキブリの情報を持っていなかったスーチェは、こうしてキッチンを完膚なきまでに破壊したのであった。後日、この害虫の情報がスーチェのデータベースに登録されることになったのは言うまでもない。

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