始まりますよ! 『スーチェ誕生』
博士「ついに完成したぞ、望月君! 見たまえ、これぞ我が長年の夢! 女性型アンドロイド・メイド試作一号機、その名もスーチェだ!」
望月「時々、隠れて何かコソコソやっていると思ったら、こんな物を作っていたんですか」
博士「今日まで極秘で進めてきたのだよ。構想、そして製作。誰にも悟られずにここまでこぎつけるのは、思えば至難の業であったことよ……。さあ、望月君、この我が脂汗の結晶を穴の開くほど見てやってくれたまえッ!」
望月「じーーーっ。これは凄い……このディテールの作り込み……。近くで見ても、ほとんど人間と見分けがつかない程ですね。そして、現実ではありえないこの美少女ルックス、コンパクトながらもメリハリの利いた体系、さらにはツインテールにフリフリメイド服と、要所要所に製作者の偏ったこだわりが窺えます」
博士「そうだろう、そうだろう。これぞ、まさに芸術品だ。ダ・ヴィンチもミケランジェロも真っ青になって天国から見ているに違いない。……だが、しかしな、望月君よ。見た目だけではなく、性能面も完璧だぞ。料理や掃除などの家事をパーフェクツに遂行できるだけではなく、天才である私の命を狙って襲い来る暗殺者やならず者どもの駆除もこなせる、才色兼備の万能アンドロイドに設計してある」
望月「へえ。しかし、まあ博士の命とかはどうでもいいですけど、この研究所にはオートメーションキッチンや自動掃除マシーンがあるのに、今更家事・雑用がメインのロボットなんて必要なんですか?」
博士「望月君。君はなにもわかっていない。熱き男のロマンと様々な煩悩が詰まった夢の結晶、そして私の個人的趣味と荒ぶる妄想の最終形態。それが、このスーチェなのだよ!」
望月「この人は、そんな問題発言を大っぴらに……」
博士「あまりごちゃごちゃぬかすと、君をクビにして彼女を正式な助手にするぞ」
望月「すいません。このご時勢にそれは勘弁してください」
博士「では改めて……。望月君、この国津山科学研究所の中をよく見たまえ。所員といえば私と君だけ。この荒涼たる景色、乾ききった現状。寂寥として色気のない職場に必要なもの、それは何だ? ……それこそが、心を潤す命のオアシス! 癒しを振りまく可憐なる一輪の花なのだッ!」
望月「そこまで言うなら、本物の女性の所員を雇えばいいのに」
博士「そんなことに裂ける予算はないことは、君だって知っているだろう。ここの発明品などほとんどが拾った廃材からリサイクルされた物だ。『地球に優しく、自分に甘く』がこの私のモットーだからな」
望月「初めて聞きました。じゃあ、やっぱりこれもそうなんですか? 製作者の執念と言うか、今までの発明品とは、明らかに一線を画してますけど」
博士「これ、とか言うなぁ! ……コホン。彼女も例外ではない。若干気の毒ではあるが、日用家電なども材料となっている。だが、それでこそ家事に対しての潜在能力が高められるというもの」
望月「信じられない……。ある意味、博士は本当に天才ですよね。……人格を考慮しなければ。ついでに、変態という点を大目に見ればですけど」
博士「なにっ、変態! それこそ私のためにある最高の誉め言葉! 崇めよ称えよ、我らがアブ(恐らくアブノーマルの略)をっ! そして今、我が変態たる崇高にして峻厳な好奇心が、神への扉を開こうとしている! さあ、いよいよスーチェの魂に火を点すぞ」
(博士、メインコンピュータのコンソールを超人的速度で操作し、スーチェの起動準備を始める)
博士「さあ、こい! くるのだ! そして今、我が研究は世界を凌駕する! ぬおおおおおエネルギーちゃああああじぃぃぃ!」
ヴゥゥゥゥン……
(研究所内に鳴り響いていた機械音、突如停止する)
博士「……何だ、どうした望月君。何が起こっているのだ。説明せいや」
望月「どうやら、研究所のパワー不足ですね。自動リミッターが作動して、出力を抑えているみたいです。電気代なんかをケチる、日ごろの節約生活が災いしているんでしょうけどね」
博士「ええぃ、くそ! 省エネ魂をなめやがって! ここまで来て、失敗などしてたまるか! 望月君、出力をさらに上げろ! リミッターを解除するのだッ! 己を克服する時は、今をおいて他になしッ!」
望月「……どうなっても知りませんよ」
ヴォォォォォン
(スーチェの初回起動に必要なエネルギーが、ケーブルを通して彼女に注ぎ込まれていく)
博士「もっとだ! もっと、熱い魂をたぎらせるのだっ! さぁぁぁぁんしゃぃぃぃぃん!」
(持続するスーチェの駆動音。──やがてそれが停止すると、彼女はパチリと眼を開いた!)
博士「や、やあ、スーチェ君。私が誰だかわかるかね?」
スーチェ「…………もちろんです。はじめまして、ドクター。私はアンドロイド・スーチェ。コンセプト、Adaptation to Environment and Study Type。どうぞ宜しく」
博士「おお、やった! やったぞ! 見たまえ望月君! 成功だ!」
望月「良かったですね、博士。だけど、それよりもいい加減、機械を止めないと……」
……バツンッ!
(突如、真っ暗になる室内)
望月「ほら、やっぱり。研究所のメイン電源が落ちましたよ」
博士「研究所などクソ食らえだ! スーチェ君、無事かっ?」
スーチェ「起動済みですので、問題はありません。各部正常、全機能95パーセント維持・オールグリーン。ご心配をおかけしました」
博士「そうか、良かった。……うう、素直でまさに理想的だ」
(博士、感動してむせび泣く。電源が復旧し、研究所内が再び明るくなる)
望月「……ところで(変態)博士、彼女の維持費はどこから捻出するつもりですか? 燃料費は?」
博士「燃料に関しては、心配いらん。彼女はな、一度起動すればあとは充電による僅かな電気だけで動くのだよ。なんともまあ、環境に優しい設計ではないか。世間の脚光を浴び、いつしか大量生産される日が来れば、億万長者も夢ではないぞ。維持費などいくらでも出してやるとも」
(スーチェ、望月の顔をジッと見つめている)
望月「ん、どうしたんだい?」
スーチェ「あの、あなたはどちら様でしょうか?」
望月「え、知っているんだろう? 僕は、望月翔太。博士の助手だよ」
スーチェ「望月翔太……。ドクターの助手……。検索結果、該当データ・ゼロ。データベースに新規登録します」
望月「は、はかせぇ……、これはどういう」
博士「ん? はは、気にするな。データの入力し忘れだ。いや、スマンスマン。決して、君をクビにして人件費を安くしようとか、そんな考えではないぞ。はははははぁ!」
望月「助手の座が……急に危うく……」
スーチェ「楽しそうな職場ですね」
* * *
こうして、国津山科学研究所所属メイド・アンドロイド・スーチェは誕生した。
しかし、計算上は高水準であったはずの彼女の性能は、実際に稼動してみると数字通りとは言い難いものであったため、この日からスーチェと彼女を取り巻く人間達によるトラブルが続発することになるのであった──。