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目から時々ビームが出ます2


            ★            ★


どうも皆さんこんにちは!

私の名前は花桜 猫。

今私は、陽ちゃんと一緒にお買い物に出かけています!

あの鬼畜外道の月島さんが女の子2人に、2人分の寝具を買ってきて欲しいと頼んできたときは蹴飛ばそうと思いましたが、陽ちゃんが居るから大丈夫だと言われ、なんとなく納得して出てきてしまいました!

そうして少し雑談を交えながら駅に行き、電車を乗り継いだ後、歩くこと数十分後。

無事お店に到着した私たちは、2人分の寝具を購入し、只今お家に帰っています!

そんな帰り道、陽ちゃんは急に真剣な顔つきになって話始めました。

「猫ちゃん、ちょっと話したいことがあるんだけど……」

「はい、なんでしょう」

そんな陽ちゃんを見るのは久しぶりで、私も真面目に聞くことにします。

「私、外に出てみたいと……思ってる」

まさか陽ちゃんからそんな言葉が出てくるとは思っていなかった私は、あまりの衝撃で腰を抜かしそうになってしまいます。

「そ、そうなんですね……どうして急に?」

「昨日、月島君とお買い物行ったんだけど、それが楽しくて……私、自分で行ってみたいと思ったの」

「ほうほう」

あの鬼畜外道な男も、どうやら少しは使える見たいですね。

「だから昨日、博士と猫が家を出て行った後、何度か玄関を出ようとしたんだけど……足が震えて玄関の先に行けなかったの……」

まさか行動にまで起こしているとは思いませんでしたが、まさかの進歩です。

「まずは行動に起こせたことが大事じゃないですか! ゆっくりやっていきましょう!」

私がそう元気付けようと思っても、陽ちゃんは煮え切らない顔をしています。

「……うん。急ぐ必要は無いよね、頑張ってみるよ」

バレバレの作り笑いで私にそう語りかけてくる陽ちゃんを見ていると、何だか私の方が悲しく泣てしまいます。

今泣きたいのは間違いなく陽ちゃんの方なので、何とかその涙を飲み込んで返します。

「勿論私も協力しますし、きっと月島さんも協力してくれるので、1人で抱え込んだりしないでくださいね!」

「うん……ありがとう」

そして陽ちゃんはまた考え込むような顔をしてしまいます。

月島さんも頑張ってるんだから、私も頑張らないと!

今度は料理なんかして、空回りしないようにしなきゃな~。

とか考えていると、月島さんのお家に到着しました。

私は2人分のお布団を持った陽ちゃんの前に出て玄関を開け、陽ちゃんを先に行かせます。

「ありがとう、猫」

「いえいえ」

私にお礼を言ってからお家に入る陽ちゃん。

そんな陽ちゃんの背中を見て思います。

健気で可愛いなぁと。

私はこんなに正直で優しい女の子を知りません。

こんな女の子が近くにいて、1つの恋心も湧いていないあの男は、優しいのか奥手なのか、異常なのか。

でも、陽ちゃんは気付いていないかもしれませんが私には分かります。

陽ちゃんも月島さんも、少しずつではありますが互いに惹かれあっているはずなのです!

ということで私は決めました。

今日から朱里お嬢様がお外に出るのに協力するだけではなく、あの2人の恋のお手伝いもしたいと思います!

私は覚悟を決め、お家に入るのでした。


            ★            ★


俺が母の部屋の片付けを済ませ、一息ついていると玄関がガチャっと開く音が聞こえた。

俺は母の部屋を出て玄関に迎えに行く。

すると玄関には、大きい布団を両手に抱えた陽と、扉の方で謎に気合を入れている花桜さんが見えた。

俺は陽の方に駆け寄って布団を受け取る。

「よく運んだなこんな大きい布団」

「まぁ、ロボットだから」

何か地雷を踏んでしまったか、俺と目を合わせることなく、陽は母の部屋へと向かって歩いて行ってしまった。

しかしまぁ、母の部屋を知っているはずもなく、扉の前に立ったまま陽は「ここ?」と追いついた俺に質問してきた。

「いや、その後ろの部屋だ。因みにそこは妹の部屋だよ」

「へぇ」

陽はしばらく妹の部屋の扉を見つめていたと思ったら、スッと振り向いて母の部屋に入って行ってしまった。

俺はそんな陽を追いかけるように母の部屋に入る。

すると中では、部屋の真ん中で布団を敷いた陽が、横になって寝ていた。

「……何してんだよ」

俺がそう言うと、陽は起きることなく横になったまま返してくる。

「……私も、この家に、住みたい」

子供みたいに不貞腐れた声で言う陽。

「どうしたんだよ急に」

俺は、初めて聞く陽のわがままを少し嬉しく思いながら、困惑声でそう聞き返す。

すると、陽は上半身を起こし俺の目を見ながら話し始める。

「家が燃えて、博士や猫が家から居なくなって、夜に家で一人で、寂しくて、こんな気持ち初めてで……」

泣いているのか、時々声を詰まらせながら言う陽に、俺はどう声をかけていいか分からないで立ち尽くしていると、陽は続ける。

「でも私、家から出れなくて、そんな私が嫌になって、部屋に戻ったけど、怖くて」

言っている内に涙が堪えきれなくなったのか、鼻をすすりながら陽はさらに続ける。

「だからこの体で、会いに行こうと思ったけど、メンテナンス中で」

そこで一瞬止まった陽だったが「だから私」と続けた。

「初号機の体の方で、月島君の寝てるところに、行っちゃった……ごべんあざい!」

そう言い切ったと思ったら、凄い勢いで頭を下げる陽。

最後の方は聞き取れないくらい泣いているっぽかったが、要するに怖くて俺に会いに来たという、だだそれだけの話だろう。

なのに、それだけの話なのに、どうしてこの女の子はこんなに泣いているのだろうか。

……どれだけお人好しなんだ。

同じ家に住むあの2人とは大違いだなぁ……。

俺は頭を下げる陽の近くまで行って屈み、高さを合わせて頭を撫でる。

これが正解なのかどうかは俺には分からないが、これくらいしかしてあげられることがない。

俺が頭を撫で始めて数分後、陽が泣き止んだのを確認してから俺は話しかける。

「そんなこと気にすんな。あの初号機の体の方はずっとこの家に置いておくし、何かあったり悩んだりしたら、好きな時に会いにくればいい。それを誰も咎めたりしないよ」

俺はできるだけ優しく伝える。

すると、陽は「ありがとう」と言ってまた泣き始めてしまった。

俺は結局、そんな陽が泣き止むまで、傍に居てあげることしかできなかった。


「なぁ、今日一日元気なかったのって、さっきのが原因か?」

「うん。言ったら嫌われるかもと思って……なかなか言い出せなかった」

「でも」と陽は続ける。

「言ってよかった」

満面の笑みを浮かべ、すっかり泣き止んだ様子の陽と俺は、母の部屋で二人並んで座っている。

「でもな陽、もうそんなことで悩んだりするなよ? 俺にはとことん迷惑かけてきたって大丈夫なんだからな」

もう覚悟は決まっている俺は、胸を張って陽にそう伝える。

そんな俺を見て、陽は「ふふ」と少し笑ってから続けて返してきた。

「でも、何で顔も知らない私のこと助けてくれるの?」

純粋な疑問なのだろう。

キョトンとした顔で俺にそう聞いてくる。

「う~ん。俺でも分からないんだけどな……お前を見てると助けたくなるんだよな」

「なにそれ」

そう言って2人で笑う。

そんな中「じゃあさ」と言って陽は俺の前に来てから続けて言った。

「私の素顔、見てみたい?」

真剣な顔で聞いてきたので、俺は少しキョトンとしてから考える。

うんんん。見たくもあるが……本人の前で、陽の時のように上手く話せる気がしない。

「そうだな……お前が見せても良いって思うんだったら……見たいかな」

俺はしばらく悩んだ末、そう曖昧に返す。

すると、その返答が気に食わなかったのか、陽は頬を膨らませて俺を上目遣いに睨んで言う。

「じゃあ、見せたくない」

「あ、見たいです。すみません」

そのあまりの剣幕に俺は怯えながらそう返すと、満足いったのか陽は笑顔になって話始める。

「じゃあ、今日の15時に私の部屋に来てね」

「あぁ、分かったよ」

凄く急な話で驚いたが、陽がその時間を望むのなら俺は時間通りに行くまでだ。

俺のその返事を聞いて、陽は立ち上がり足早にどこかへ行ってしまった。

俺は1人残され、閑散とした部屋で思う。

え、ちょっと待って、今から会いに行くの? すごく怖いんだけど、え、お風呂とか入った方がいいかな、身だしなみは? やっぱり正装で……どうすればいいんだぁぁ!

友達の家に私服で行くなんてイベントが当分なかった俺は、遊びに行くときどうすればいいかを1人で悩み続けるのだった。























4.ロボットのメイク事情とぷにぷに事情

数時間後、結局昨日出かけた時とほとんど同じような格好をして、俺は陽の家へと向かう。

その道中、やけに可愛いピンク色の軽自動車が前から来たので、壁に体を近づけて避けようとすると、何故かその車は俺の目の前で止まると、運転席の窓がゆっくりと開いていく。

そうして、運転席の人間が見えた時、俺は絶句した。

「やぁ、ボーイ! こんな所で出会うとは奇遇だね!」

「ご、ごごご、ゴリさんッ!」

俺は特段何をされた訳でもないのに、どうしてかこの人を見ると腰が抜けてしまう。

あぁ、マッチョ怖い、マッチョ怖い。

「ところでボーイは何でこんなところにいるんだい?」

それはこっちのセリフだよ、と言いたくなったが、俺は何とか飲み込んで、目的を話す。

「今から、友達の家に遊びに行くんですよ」

俺がそう言うと、ゴリさんは運転席から飛び出して来るんじゃないかという勢いで、身を乗り出して叫び始める。

「奇遇だなボーイ! さっき楓ちゃんをこの近くの友達の家に降ろしてきたところなんだ!」

そう言いながら握手を求めてくるゴリさん。

奇遇や偶然や奇跡が好きそうな当たりホント乙女だなこのゴリラ……あ、ゴリさん。

俺はその手を無視して返答する。

「じゃあ、俺急いでるので」

俺は何とか恐怖に耐えて軽自動車の横をスッと抜ける。

すると後ろから「待ってくれー、ぼーーーい!」

と聞こえたが、俺はその声を無視し歩くスピードを上げ、無我夢中で陽の家へと向かった。

家の前に来ると、昨日夜中に見た時とは違って、その悲惨さが目に見えて分かる。

玄関以外ホントに真っ黒こげである。

俺がその悲惨な光景を見て立ち尽くしていると、横から声をかけられる。

「あ、月島さんこんにちはー」

俺が声の方を向くと、小走りで駆け寄ってくる楓さんが居た。

あれ、楓さんの友達の家もここに近い場所にあるんだろうか。

と、俺がそんなことを考えていると、楓さんは俺のそばまで来て、息を切らしながら話しかけてきた。

「はぁ、ホント、あのゴリラぁ、はぁ」

「大丈夫?」

俺がそう聞くと、ハッとした楓さんは息を整えてから、わざとらしく「コホン」と言って続ける。

「ゴリさんがまっっったく違う所で降ろすので、間に合わないかと思いました!」

鼻息荒くそう言う楓さんに俺は気圧されるも、何とか質問を返す」

「と、ところで、どうしたの? こんなところで」

「あ! そうなんですよ! 芽柄さんにメイク教えて欲しいって……ほら!」

そう元気に言いながら笑顔でスマホを見えてくる楓さん。

そこには『メイク教えて欲しい』と陽が送った後に、長文で楓さんが凄い量送っているのが映っていた。

「ホントだ……ということは楓さんも陽に会いに来たってことか」

「はいそうですよ。え、もしかして月島さんもですか?」

「あぁ、そうだよ」

俺がそう言うと、楓さんは目をキランと輝かせて顔を近づけ来て話す。

「ひょっとして月島さんもメイクに興味あったりするんですね!」

「いや、ないけど」

俺はその質問に即答したのだが、声が届いてないのか「いやぁ、やっぱり最近は男の人でもメイクする人って多いいですしねぇ」とか「月島さんって意外と顔整ってるから……あれとか良いんじゃないかなぁ」とか言ってスマホで何かを検索し始めたので、俺はそれを無視して家に入る。

後ろから、「ほらっこれとかどうですか! ってちょっと待って!」

と聞こえてきたが気のせいだろう。

「お邪魔しまーす」

俺は、玄関に入って真っすぐに階段を目指す。

中は外から見るよりも意外と片付いており、壁と床が黒い以外はあまり気にならない状態だった。

そんな時。

「お、月島君、どうしたんんだい?」

廊下の左側にある、部屋からひょこっと彩乃さんが顔を覗かせた。

「南雲さんに会いに来たんですよ」

「え? どういう……」

一瞬、意味が理解できなかったのか、キョトンとした彩乃さんだったが、何かを察したようで「ごゆっくり~」と言いながら部屋に戻って行ってしまった。

その直後。

「お邪魔しまーす」

楓さんが家に入ってくると、再び彩乃さんが勢いよく顔を覗かせて来た。

「お、女の子もいるんだね~、なるほどね~、若いねぇ~、ごゆっくり~」

そう言わなくても良かったであろう言葉を残してまた部屋に戻って行ってしまった。

「月島さん、今の人って……」

「気にしないで良いよ、オブジェクトと一緒だと思って」

俺が質問に食い気味に返すと、楓さんは無理やり納得した渋い顔をして「はい……」と言って、階段を目指す俺の後ろについて来た。


俺たちは部屋の前まで来ると、1度大きく深呼吸する。

その後覚悟を決め、俺は3回ノックする。

……。

反応がない。

あれ? と思った俺は形態を取り出し時間を確認する。

時刻は15:02。

言われていた時間より遅いくらいだ。

俺は携帯電話をしまうと、楓さんの方を見る。

「これって勝手に開けちゃ駄目だよね」

「当然です。バカなんですか?」

おぉう、初の暴言きたぁ~。

ゴリさんってこういう気持ちだったんだなぁ。

俺が胸を押さえ、その痛みを抑えようとしていると、不意に階段から誰かが上がってくる音が聞こえた。

彩乃さんが見に来たのかなと思って、俺はチラッと顔を覗かせる。

するとそこにいたのは、見たこともないパジャマ姿の……美少女が立っていた。

色白の透き通るような肌に、童顔で整った顔をしていて、長い髪を後ろで結んでまとめている。

階段で分かりにくいが、身長もあまり高くないと見える。

と、俺が脳内で気持ち悪い考察をしていると、その少女は階段を上がってくるなり、凄いスピードで俺たちの脇を抜け、自室へと入って行ってしまった。

やっぱり今のが南雲か……。

陽の姿とは似ても似つかない姿に少し驚いたが……可愛すぎる。

例えるなら、子猫のような小動物的な可愛さを纏っていた。

俺と楓さんは扉の方を見て立ち尽くす。

「……今の、誰ですか? 私の知ってる芽柄さんじゃないんですが……」

俺はその言葉を聞いて、そういえば楓さんに事情を話してないことに気が付き、耳打ちで事情を簡単に説明した。

「なるほど……芽柄さんを操っていたのが、今の人だと……」

「あぁ、そう言うことだよ」

俺がそう言うと、楓さんは体をググっと縮めたと思ったら、急に立ち上がって頭を押さえ、絶望の顔を浮かべる。

「しまったぁぁっぁぁ」

俺はそれに驚き、壁に頭を打ち付ける。

「芽柄さんの凛々しいい綺麗な顔に合わせたメイク道具しか持ってきてないぃぃぃ!」

早口で一息に言い切った楓さんは、立て続けにスマホを取り出して「ゴリさぁぁぁん」と叫びながら階段を降りて家を出て行ってしまった。

面白い人だな……と、そんな楓さんは置いておいて、俺は改めて扉の方を向いて3回ノックする。

すると、しばらく沈黙があってから扉越しに声が聞こえてきた。

「ちょっと……待って、散らかってるから……よいしょぉ!」

何か重いものでも持ち上げているのか、中から気合の入った声が聞こえてきた。

その直後。

ガラガラ、ガシャン!

と、部屋の中から何かが落ちてきたような大きな物音が聞こえてきた。

「おい! 大丈夫か!」

俺はドアノブに手をかけた状態で固まる。

……。

これ、勝手に入っていいんだろうか。

いや、さっきので返事がなかったんだ。

もしものことがあったりして、手遅れになってしまってはと考えるとそんなことを考えている暇はない。

俺は勢い良く扉を開けようと、ドアノブを握る方の腕に力を入れる。

するとどうだろうか、少しだけ空いたと思ったらとてつもない力ではじき返され、俺は扉に頭をぶつけて吹き飛ばされてしまう。

「だ、大丈夫だから! 外で待ってて!」

俺が壁に背中を預けて、あまりの驚きで目をまんまるにしていると、扉の方からそう声が飛んできた。

南雲さんがの元気そうなその声を聞いて、俺も急いで入る理由がなくなったので、その声に従って扉の外で待つことにする。

その間、えっさほいさと何かを運ぶ音や、声が絶えず聞こえて来て、引っ越し作業でもしているのでは……と思うほどだった。

それからしばらくして。

物音が止んだと思ったら、扉が少し開いて小さい手だけがひょこっと出てきた。

俺はその手に気が付いて注目すると、視線を感じ取ったのか少しビクッとなってから、手のひらをひょいひょいと上下に動かして、俺を手で招いている様に見える。

俺はその手招きに従って扉の前に立つと、1言だけ声をかけてから入ることにする。

「入るぞ?」

俺がそう聞くと、扉から出ていた手がスッと引いて、扉の方からドタバタと足音が聞こえてきた。

「あ、うん。いいよ」

足音が止んで少ししてからそう返ってきたので、俺はゆっくりと扉を開ける。

するとそこは、さっきの物音からは考えられないほど綺麗な、女子の部屋って感じの部屋だった。

しかも……いい匂いである。

今度は墓穴を掘らないよう口にはしなかったが、気付かれないようにいつもより多めに鼻から息を吸う。

と、珍しく入った女子の部屋を扉前でキョロキョロ見ていると、部屋の真ん中にある木製の丸いテーブルから、俺を睨んでいる小さい女の子を発見した。

その女の子を見た時、俺はドキッとして胸がキュッとなる。

「今、小さく深呼吸したでしょ」

そんな中、その女の子―――南雲さんは低めの声音で俺にそう語りかけてくる。

クッ……だが今、俺はそれどころではない。

俺はその場で四つん這いに倒れ込んで呟く。

「か……可愛すぎる……」

そのあと再びその美少女のご尊顔を拝し奉りたく思い、顔をあげる。

するとそこには、さっきまでの色白な肌とは打って変わって、茹でタコのように真っ赤な顔になった南雲さんが、頬を膨らませて俺を睨んできていた。

まずい、聞こえてたのか。

俺はその時、死を覚悟し目を瞑る。

その瞬間。

俺の想像通り、南雲さんのドロップキック? のような両足蹴りが顔面に飛んできた。

俺はそのまま扉に叩きつけらる。

が、そんなこともう慣れっこなので俺は冷静に目を開ける。

するとそんな俺が見たのは、さらに追い打ちをかけようと俺の方に歩いてきている南雲さんだった。

俺はそんな南雲さんを見て再び死を覚悟し目を瞑る。

するとどうだろうか、前から来ると思っていた打撃が、何故か後ろからドンッという鈍い音と共に飛んできた。

俺はびっくりして前に飛ぶと、そこにいた南雲さんとぶつかってしまう。

そして背の低い南雲さんが、俺の体重を支え切れるはずもなく、俺が南雲さんを押し倒してしまう形で、床に倒れてしまう。

それに気が付いた俺は直ぐにその場から飛び退き、後ろの打撃の正体を確認する。

するとそこにいたのは、ビニール袋一杯の化粧品を持った楓さんだった。

楓さんは顔を真っ赤にして、あわあわと挙動不審になっている。

「ご、ごめんなひゃい!」

俺がそんな楓さんに気が付いた直後、楓さんはその場から逃げようとしたのか、階段の方を向いて走っていく。

しかしその直後、ドンッという鈍い音がして誰かが倒れる音が聞こえたので、俺は急いで廊下の方を確認する。

するとそこにいたのは、鼻血をだらだらと垂れ流して床に倒れている彩乃さんと、何が起きたのか分かってないのか、キョロキョロと周りを見ている楓さんが立っていた。

俺は楓さんのフィジカルの強さに驚いたが、そんなことより誤解を説くのが先だと考え、俺は楓さんに逃げられないように、名前を呼びながら腕を掴む。

「ひゃん」という良く分からない声を出しながら恐る恐る俺の方を向く楓さん。

「誤解だから、とりあえず部屋に入ろう」

俺は、今にも楓さんのフィジカルで吹き飛ばされそうで少し不安だったが、予想と反して楓さんは俺のなすがままに部屋に入ってきた。

……うん。彩乃さんは放っといて良いだろう。

俺は楓さんをテーブルの前にちょこんと座らせると、扉を閉めて気が付く。

南雲さんが顔を真っ赤にしたまま気絶していることに。

俺は慌てて、そんな南雲さんを部屋の左側にあったベットで寝かせると、頭を打ってないか、脈はあるかなどの確認をして無事を確認した後、テーブルの前に座る。

そして、未だに挙動不審な楓さんにさっきの事情を説明し始めるのだった。


「ホント、ごめんなさい」

俺が事情を説明し終えると、楓さんはテーブルに額を思いっきりぶつけて謝罪した。

「ちょっと、気にしてないから顔上げてくださいよ」

テーブルでも割る気なのかというくらいの勢いで頭を下げる楓さんを、俺は両手を前に出してまぁまぁと宥める。

すると、楓さんは顔をサッとあげて、額を真っ赤にしたまま話を始める。

「ところで、今の状況は分かったんですけど……これからどうしましょう」

切り替えの速さに俺は一瞬置いていたかれたが、ハッとして返す。

「とりあえずは……南雲さんが起きるまで待機、かな」

「そうですね、それしかないですね」

そう言うと楓さんは、足を伸ばして楽な姿勢になっり「あ、そうだ」と言って続ける。

「月島さんってメイクとか興味ないですか?」

「う~ん、興味ないって訳じゃないけど……する意味がないからなぁ」

俺がそう返している内に、楓さんはドン、ドンとテーブルの上に色んなメイク道具を展開していく。

「まぁまぁ、そう言わずに。どうせ時間あるんですから、やってみましょうよ」

展開し終えたのか、目をキラキラと輝かせて見つめてくる楓さんに、俺は反抗できるはずもなく。

「優しく、お願いします」

と俺がお願いすると、楓さんはよし来たと言わんばかりに、早口で説明しながら俺のメイクを開始した。

メンズコスメがどうのこうの、コンシーラーがあーだこーだと、俺には馴染みのない呪文のような言葉が次々と飛んできて理解できるはずもなく、俺がボーっとなすがままにメイクされていると、完成したのか楓さんは「よし」と言って鏡を手渡してきた。

俺はそれを受け取ると、メイク後の自分を見て驚愕する。

「あんまり変わらないんだな……」

これは俺の元が悪いのか、それともその逆なのか……。

俺があまりの変わらなさに驚いていると、後ろで楓さんガコホンとわざとらしく咳をしてから話始める。

「確かに、今私がやったメイクは分かる人には分かる位なのですが……それは月島さんの元が良いっていうのもあるんですよ?」

どうやら自覚はないが俺の肌は綺麗らしい。

生まれてこの方ずっと一緒なのに気付いてやれなかった。

俺は自分の顔の肌を、子供を優しく撫でるように触る。

そんな俺を見て気持ち悪かったのか、鏡越しで分かるくらい楓さんはうわぁって顔をしていた。

その楓さんの顔を見てハッとした俺は、鏡をテーブルに伏せて置いて真っ赤な顔を手で覆って隠す。

「はぁ、いいですね肌が綺麗な人は」

楓さんは、わざわざテーブルの俺から一番離れた位置に座ったかと思うと、前のめりで近づいてきて、俺のほっぺを人差し指でぷにぷにしてきた。

隣に座ってすればいいものを、わざわざ前のめりになってするので、嫌でも楓さんの豊かな2つのお山が目に入ってしまう。

そんな、別の感情で顔を真っ赤にしている俺にお構いなしで、楓さんはもっと前のめりになって俺のほっぺをつねり始めた。

俺は理性でできるだけ上を向いていたが、本能が視線を自然と楓さんのお山に向けてしまう。

「この肌が私も欲しいですぅ!」

楓さんは何か起こっている様子だがそんなことは気になりもしない。

何かとは言わないが、もう少しで見えそうなのだ。

あ、ヤバイ、見えるぞ!

と俺が興奮していると次の瞬間。

俺の側頭部にモフっと、誰かの枕が飛んできた。

それを俺は手で受け止めるために体を横に向ける。

そのせいで楓さんの手は離れ、楓さん本体もひゅっと遠くに離れてしまった。

そして、そんな楓さんを見ていると、視線で何かに気づいたのか、楓さんは服の胸の部分を両手で隠して顔を真っ赤にしてしまった。

「ふう。楓ちゃん、危なかった。良かった」

そう言う声が聞こえてきてその方を向くと、額の汗を拭っている南雲さんがベットの端に座っていた。

「ありがとうございます……え~っと、南雲さんッ!」

と、お礼を言いつつ、楓さんは傍にあったメイク道具を、勢い良く投げてきた。

コントロールはバッチリ。

メイク道具は俺の眉間にクリティカルヒットし、俺は「不可抗力ッ!」と言いながら無様に倒れてしまった。

「まさか、月島さんがこんな変態で、肌が綺麗な人だとは思ってませんでしたよ」

俺の顔の上で、楓さんは呆れたような顔をしてそう言う。

しかし、今の俺にはそんなことはどうでもいい。

眺めのスカートを履いていて油断したのか、チラッとパンツが……。

「ぶへっ!」

もうちょっとで見えるという所で、俺の視界は真っ暗になり、同時に息もしにくくなる。

多分近くにあった枕で俺の顔を覆っているのだろう。

俺は息がしにくくて、しかし南雲さんを突き飛ばすわけにもいかずにふがふがともがいていると、かすかに会話が聞こえてくる。

「楓ちゃん。油断しすぎ」

「ちょ、ひょっとしてまた……この変態!」

真っ暗で何も見えないが、俺のお腹を楓さん? の足がフニフニしてくる。

しかし、そっちは全然痛くないのだが、枕の方の殺意が高すぎる。

このままじゃ本当に死んでしまう。

俺は我慢できなくなり、できるだけ優しく枕を持つ腕を引きはがして上半身を起こす。

その直後、振り上げられた楓さんの足が俺の股間に直撃すると同時に、バランスを崩した楓さんは床に尻もちをついて俺の横で倒れる。

その痛みに耐えきれず、俺は股間を抑えようと前屈みになると、顔が柔らかい何かにムニュっとぶつかった。

それに驚いた俺が顔を上げると、そこには俺の膝にちょこんと座って顔を真っ赤にした南雲さんが座っていた。

すなわち先程の柔らかいものは……。

「南雲さんのおっpp」

と、またしても口にしてしまいそうになった俺は、自分の手で口を抑えるがもう遅い。

ガン! という音を聞いたのを最後に、俺は気を失ってしまった。


「そうですね~、芽柄さんの健康的な褐色の肌だとこれとかおススメですかね」

「そうなんだ」

俺は目を覚ましボーっと天井を見つめていると、そんな楽しそうな声が聞こえてきた。

「でも、まさか芽柄さんの中の人が、こんな色白美少女だとは思ってもみませんでしたよ」

「それは、言いすぎ」

「あ、勿論芽柄さんもとても美人なんですけど、系統が全く違うので……ギャップ萌えが凄いです!」

「……暑いから、抱き着かないで」

そんな百合百合した状況に俺が顔を突っ込んで良いのか分からなかったので、俺は横に九十度首だけを曲げてその様子を見守る。

「いや~良いですね~お肌がスベスベで」

「ちょ、すりすりしないで」

楓さんは南雲さんに頬ずりしているが、流石に嫌だったのか南雲さんは楓さんの肩を掴んで引きはがそうとしている。

が、流石はフィジカルの鬼。

全く動じていない。

その姿はまるで、頬ずりする不動明王のようだった。

……言いすぎか。

俺は、凄く嫌そうな顔をしている南雲さんに助け船を出してあげようと思い、2人に声をかけようとすると、楓さんの口から俺の名前が発されたので、スッと口を噤む。

「月島さん―――あの変態のお肌が綺麗なのはなんか憎たらしいですが……南雲さんのお肌がスベスベなのは、私とっても嬉しいです」

頬ずりを止め、少し距離をとって南雲さんと目を合わせて笑顔でそういう楓さんに、南雲さんは少し頬を赤らめて俯き、恥ずかしそうにしている。

なんだこの状況は……ご褒美、ですか?

はっ、そうか。

ここ数日頑張ってきた俺へのご褒美なのか神様。

気付くと、俺は自然と肘枕をしてそのお2人を見ていた。

「あ、そうだ。変態が寝ている内にお肌、触ってみましょうよ」

「……私たちが変態になっちゃうよ」

と、そんなことを言い出す楓さんに困惑する南雲さんと、肘を伸ばして即座に寝たふりをする俺。

「良いんですよ、減るものでもないんですし」

そう言いながら俺の左側に誰かが座り、それに少し遅れて右側にも誰かが座った。

それぞれが座るときに、いい匂いがふわっと匂ってきたのは言うまでもない。

……あ、俺って変態なんだ。

と、俺は寝たふりをしながら自分の変態っぷりを自覚していると、左と右の頬それぞれにぷにぷにと指が触れてきた。

「どうですか……南雲さん。憎たらしくないですか、この肌」

「……ぷにぷに」

「あぁあぁ、私もこんなに綺麗な肌だったらなぁ~」

「……ぷにぷに」

会話になっていない2人の会話と、少しのくすぐったさのせいで俺は体をぴくぴくさせてしまう。

するとその時、さっきまでつついてきていただけだった左頬の指が、2本になったかと思うと、俺の左頬は激痛に襲われた。

「痛い、痛い!」

俺はそれに耐えきれず、目をガバッと開けると、予想通り左に楓さん、右に南雲さんが座っていて、楓さんは俺の肌をつねって、南雲さんは未だにぷにぷにしている。

「あ、起きたんですね月島―――変態さん」

と言いながら、楓さんは左頬をつねる力を強くしてきた。

俺は流石に耐えきれず、楓さんの手にタップする。

「ギフ、ギフ」

「ギフ? 何を言ってるんですか?」

そう言って止めようとしない楓さんに、南雲さんは右頬をぷにぷにしながら言う。

「多分、ギブって言ってる」

「え? そうなんですか?」

と、俺と目を合わせる楓さんに、俺は首を縦に振って肯定する。

「あ、すみません」

すると楓さんは、予想以上に力が入っていたことに気が付いたのかパッと手を放して俺に謝罪してきた。

そんな楓さんに、俺は左頬を撫でながら「いや、だいじょうふでふよ」と返す。

「……ぷにぷに」

と、そんなやりとりの中、南雲さんはまだ俺の頬をぷにぷにしている。

「……いつまでやってんの?」

しばらく楓さんとそんな南雲さんを見ていたが、いつまで経っても止めないので、痺れを切らした俺は南雲さんに声をかける。

「……ぷにぷに」

しかし、そう呟きながら止める気配はない。

「無駄ですよ月島さん。これはゾーンに入ってますよ」

「え? 何、ゾーンって」

「ゾーンはゾーンですよ。ぷにぷにゾーン」

そう言いながら楓さんはうんうんと1人で頷き始めてしまった。

俺はそんな楓さんを見て考える。

ぷにぷにゾーンって一体何なんだ……!?


結局答えは出ないまま時間が過ぎ、しばらくすると南雲さんは「ふぅ」と汗を拭いながら俺の頬をぷにぷにするのを止めた。

そんな南雲さんに、楓さんは声をかける。

「あ、終わりました? ぷにぷにゾーン」

「うん。満足」

鼻息荒く満足げな南雲さん。

俺はそれを無視して上半身を起こす。

「はぁ、寝てるだけなのに疲れた」

「そりゃそうですよ。ぷにぷにゾーンの中に居たんですから」

「だからぷにぷにゾーンって何なんだよ」

俺がそう聞くと、南雲さんと楓さんは絶句して俺の方を見る。

「え……知らないんですか?」

「そんな」

そこまで連呼されると、意味が気になって仕方なくなった俺は改めて2人に質問する。

「だったら教えてくれよ、ぷにぷにゾーンの意味」

だが、俺がそう聞くと2人は抱き合って部屋の隅に固まってしまった。

俺はそんな2人を見て頭を抱える。

ぷにぷにゾーンって……。

そんな時、部屋の扉がドンと開いたのでその方を見ると、彩乃さんが鼻血をだらだらと出しながら立っていた。

「聞かせてもらったぞ、今の話!」

「私も」

そう叫ぶ彩乃さんの後ろから、いつ来たのか花桜さんもひょっこり顔を覗かせてそう言った。

そして2人は部屋の中に入ってきて、話を続ける。

「いいか月島君……ぷにぷにゾーンを知らないと損をするぞ」

「ホント、そんなことも知らないなんて、終わってますね月島さんは」

「え? そんな言われるって、どんだけ常識として根付いてるんですか……そのぷにぷにゾーンってやつは……」

それからしばらく。

真剣な眼差しで語る彩乃さんと花桜さんに説明して貰っていると、熱が伝わったのか奥に居た楓さんまでもが講義に参加してきて、いつの間にかそこではぷにぷに首脳会議が開催されてしまった。

そもそも意味が分かっていない俺がその話について行けるはずもななく、いつの間にか俺はその輪の中から離れてぽつんと1人、床に座ってその会議を眺めていた。

するとそんな俺の所に、南雲さんが大きめの人形を持ってきて俺の横に座った。

「これ、持ってみて」

そう言って俺にその大きめの人形を手渡してくる南雲さん。

俺はそれを素直に受け取ると、膝上で自然とぷにぷに揉んでしまう。

「は! これか!」

「そう。それがぷにぷにゾーンってやつ」

俺がぷにぷにゾーンは考えて起こるものではなく、本能で自然と起きるものだと理解し、ハッとして、人形をぷにぷにしていると、俺の隣に座る南雲さんは手で口を隠しながら、しかしそれでも隠しきれてないくらい笑っていた。

今日初めて見る笑顔だ。

俺はつい嬉しくなってその笑顔をずっと見てしまった。

勿論、人形をぷにぷにしながら。


しばらくして、熱も少し冷めてきたのか話がぷにぷにから楓さんのメイクの話になり、彩乃さんと花桜さんがメイクについて色々と教えてもらっていた。

「お前は行かなくていいのか?」

「うん、さっき教えてもらったから」

「でも……メイクしてるようには見えないぞ?」

色白だからか、メイクしているようにはどうしても見えない。

俺が南雲さんの顔をジロジロ見ていると、恥ずかしくなったのか南雲さんは身じろぎをしながら話し始めた。

「『私の元が良いからメイクなんていりません!』って元も子も無いことを言われちゃった」

「そうか」

なんとも楓さんらしい発言だ。

だからあんなにすりすりと頬ずりしてたんだろう。

「でも、陽の方のメイクは教えてもらった」

「そうなのか? 陽も肌は綺麗だと思うけどな」

俺がそう言うと、南雲さんは自分のことでは無いはずなのに顔を真っ赤にして俯いてから返してきた。

「それを言ったら、楓ちゃんも猫ちゃんも、博士だって肌は綺麗」

「確かに」

メイク講座を開いている3人を見ていても、肌は凄く綺麗に見える。

「ただ、楓ちゃんが言うにはメイクをする理由にも色々あるらしくて……」

「へぇ~そうなんだな。奥が深いんだな、メイクって」

よくわからんけど、と俺は分かったふりをしてうんうんと頷いていると、南雲さんは「それで」と続けて話始める。

「実は、1種類だけ教えてもらったメイクがあるの」

「何のメイクを教えてもらったんだ?」

と俺は気になったので素直にそう聞いてみると、南雲さんは顔をボッと言わんばかりに真っ赤にしてしまった。

「で、でででー……何でもない」

何か言いかけて止めてしまう南雲さん。

「なんだよ……」

俺は詳しく聞いてみたかったが、耳まで真っ赤にして俯いてしまった南雲さんにそれを聞くのは憚れたので、俺は視線を3人の方へと移す。

すると、隣から消え入りそうな声で南雲さんが呟いた。

「今度、見せてあげるから」

俺は上手く聞き取れず、南雲さんの方を見て「何か言ったか?」と聞きなおす。

すると、南雲さんは「何でもない」と言って、俺から人形を取り上げて顔を埋めてしまった。

「一体どうしたんだよ」

と、俺はそんな南雲さんに困惑してしまったが、今日1日、最初は顔すらも合わせられなかったのに、ここまで話せるようになったのだ。

顔を合わせて話すのが、急に恥ずかしくなったのだろうと考え、俺は南雲さんが落ち着けるようにと頭を撫でてみる。

すると南雲さんはそんな俺の手を掴んで、怒られるものと思ってビクッとしたが、人形から少しだけ顔を覗かすと「続けて」と言ってまた顔が見えなくなるまで人形に顔を埋めてしまった。

結局その後、俺に気づいた3人が途中からニヤニヤしながら見てきたり、俺の顔を勝手にメイクして遊んだり、結局変えるまで撫でさせられたりと、色々あったがそれはまた別のお話。


帰り道。

ゴリさんが迎えに来て楓さんと別れてから、俺は彩乃さんと花桜さんと並んで家へと帰る。

「いやぁまさか、あそこまで朱里ちゃんが心を開くとはねぇ」

「私も途中から来ましたが……せいぜい扉の前で話せるくらいだろうとばかり」

「まぁ、楓さん呼んだりしてたので、南雲さんなりに会える環境を作ってたんだと思いますよ」

最初、階段でばったり会ったアクシデントも、今思えば良かったのかもしれない。

それから俺は2人に今日あったことや、さっきのゴリラはなんだという話と今後どうするか等を話しながら家に帰り、直ぐに眠りにつくのだった。









5.ロボットの不具合事情

翌朝6:30。

早くに目を覚ました俺が上半身を起こして目を覚ますと、俺の両脇で彩乃さんと花桜さんが寝ていた。

昨日と全く同じ光景に何も思わなかった俺は、スッとベットから立ち上がり部屋を出る。

まぁでも、少しだけ、せっかく用意した部屋を使われなかったことにイラっとはした。

俺は階段を降りリビングに着くと、ダイニングテーブルの上には、何故か既に朝ご飯が用意されていた。

「オハヨウ」

朝ご飯を見て驚いていると、無機質な声が横から聞こえてきたのでその方を向く。

するとそこには、俺の部屋のクローゼットで眠っていたはずの1号機が立っていた。

「この朝ご飯、お前が作ってくれたのか?」

「ウン、ヨクネムレナカッタノト、カンタンナモノナラ、ワタシデモツクレタカラ」

そういわれて改めて朝ご飯を見ると、確かにあの時のオムライスとは違って、真っ黒な物体ではなく、ちゃんと料理としての形や色を留めていた。

「ありがとな、わざわざ朝ご飯作ってくれて」

朝ご飯の量を見るに、彩乃さんや花桜さんの分もありそうなので、1人で作るとなったら結構大変だっただろう。

俺はせめてもの労いでそう言葉をかける。

すると、しばらく1号機は少し居心地が悪そうに身じろぎしてから「ジャア、マタガッコウデ」と言ってリビングを出て2階へ登って行ってしまった。

わざわざ俺の部屋のクローゼットに戻っているのだろうか。

当分家族が帰省してくる予定もないので、別にリビングに居ても問題ないのだが……あいつがそうしたいのならそれでもいいか。

俺はそんなことを考えながら、朝食の用意されたテーブルへと腰かけて「いただきます」と1度挨拶してから食べ始める。

するとその直後。

階段からドタバタと騒音が聞こえてきたので、俺は座ったままリビングの扉の方に顔を向ける。

するとそこから、彩乃さんと花桜さんがなだれ込んでくるようにリビングに入ってきた。

顔を見るに、何かから必死で逃げているようだ。

「おはようございます。何かあったんですか?」

俺は、予想以上に美味しい朝ご飯に舌鼓を打ちながら、2人にそう挨拶をする。

すると彩乃さんは俺に気が付いたのか、即座に立ち上がって服をパンパンと掃った後に「コホン」と1度咳ばらいをしてから話始める。

「おはよう、月島君……別に何も起きてないから気にしないでくれ」

そう言う彩乃さんだが、チラチラと扉の方を気にしているのが分かる。

それに、その後ろで花桜さんが四つん這いになったまま扉の外に顔を覗かせて、何かを気にしている風だ。

「何も起きてない訳が無いと思うんですけど……ねぇ花桜さん」

彩乃さんの態度的に教えてくれそうもないので、俺は後ろで怯えている花桜さんに聞いてみることにする。

すると俺に声をかけられて驚いたのか、花桜さんは体をビクッと小さく跳ねさせると、恐る恐る俺の方を向いて答えた。

「お、鬼が……お怒りになられたんですよっ!」

それだけ言って花桜さんはまた扉から顔を覗かせる格好に戻ってしまった。

鬼ってなんだよ……。

俺はまた2人で遊んでいるだけかと思い、再びご飯を口に運ぼうとしたその時。

ボン! 

という音と共にリビングの扉が宙を舞い、同時に彩乃さんと花桜さんは、頭を腕で覆いながらそれを避けるようにソファの方に飛び込んでいた。

俺はその様子をご飯をもぐもぐ食べながら見ていたのがだが、次第に事態の異常性に気が付いて、冷汗が顔を流れ始める。

「ちょ、何が起きてるんですか?」

俺がそう叫ぶと、ソファを倒して盾にした状態で、顔だけを覗かせた彩乃さんがその問いの答えを叫んだ。

「私と猫ちゃんが月島君のベッドで寝ているのが朱里ちゃんに見つかったんだよ!」

「だからって何でこんなことになってるんですか!」

彩乃さんと花桜さんが俺のベッドで寝てたら何で南雲さんが怒ることがあるんだよ!?

俺は意味が分からず頭を抱え、彩乃さんと花桜さんが汗を流しながら元扉のあった方を見ていると、煙の中から1号機が姿を現した。

俺たちはそんな1号機を黙ってみていたが、何故か立ち止まったまま動かなくなってしまった。

……。

しばらくの沈黙が続き、煙も次第に止んできたころ。

1号機は急にその場で膝から崩れ落ちると、自分の手のひらを見ながら閉じたり広げたりし始めた。

沈黙のおかげで少し冷静になれた俺は、その様子を横目に吹き飛ばされた扉を回収しに向かう。

その間、ソファの裏から彩乃さんだけ立ち上がり、そんな1号機に近づいて屈みこみ、体を触りながらぶつぶつと話しかけ始めた。

そんな様子を、俺は重たい扉を何とか持ち上げながら見ていると、彩乃さんは急に立ち上がり神妙な顔で俺の方を向いて、焦ったような声で話始めた。

「月島君、不味いことになってしまった」

「はい? どうしたんですか?」

「……朱里ちゃんとロボットの接続が、切れなくなってしまったらしい」

そう言われて俺は考えるが、何を言っているか理解できない。

彩乃さんはそんな俺に気が付いたのか、近づいてきて俺の腕をつかむと、無理やり家の外へと連れ出そうとする。

そんな彩乃さんの馬鹿力に驚いた俺だったが、何とか喉から声を絞り出して質問する。

「ど、どうしたんですか急に!」

すると、彩乃さんは俺の方も振り向かずに小走りのまま返してくる。

「1度、私の家に戻ろう。不味いことになった」

「その、不味いことって何なんですか?」

「そうだな……簡単に説明すると、朱里ちゃんが自分の意識を自分の体に戻せなくなってしまったんだよ」

「って言われても分からないですよ!」

俺がそう言うと、玄関の前まで来て立ち止まり、彩乃さんは体ごと俺の方を向いて話始める。

「……そうか、君には朱里ちゃんがどうやってロボットを操作しているかを教えていなかったね」

そう朱里さんに言われて、俺もハッと気が付く。

「確かに、何にも知らないですね」

「すまない、だが今説明している暇はない。それを含めて私の家に来たら分かることだ」

彩乃さんは早口になって相当焦っている様子だが、1度呼吸を置いてから「だが」と言って続ける。

「事の重大さを本当に分かり易く、極端な説明をすると……朱里ちゃんが死んでしまうかもしれない」

「は!?」


それから俺たちは家の留守を花桜さんに任せ、数分後、彩乃さんの家へと無事到着した。

そうして息を切らしたまま2人で家の中に入ると、俺は真っすぐ南雲さんの部屋に向かい、途中彩乃さんは道具を取ってくると言って、別の部屋に行ってしまった。

俺は部屋の扉の前に立ち、3回ノックする。

しかし当然返事はなく、俺は別れ際に彩乃さんに言われた通り、返事もなしで部屋の中へと入る。

すると部屋の中は、昨日遊びに来た時と殆ど同じだったが、左にあるベッドの上。

そこに、南雲さんが変な恰好をして横になっているのが見えた。

「これで操作してるのか……?」

俺はそんな南雲さんに近づき、ジロジロとその容姿を観察する。

するとそんな時、俺の後ろから誰かの手が回ってきて、俺の視界を塞いだ。

「あんまりジロジロ見ないで」

その声を聞いて俺は胸をなでおろす。

「なんだ、陽か」

俺が名前を呼ぶと、陽は俺の目を隠すのを止めて俺とベッドの間に入ると、ベッドに体重を預ける様にして座った。

「どうしよう。戻れなくなっちゃった」

陽は少しだけ微笑んでそう言うが、声が震えている。

自分の体に意識が戻せないのだ、当然怖いだろう。

俺に気を使ってか、微笑んだままでいる陽に、俺はなんて声をかけていいか分からない。

俺は何も喋らず、手を伸ばして陽の頭を撫でる。

すると陽は何も言わず、ただ俯いて肩を上下に揺らし始めてしまった。

泣いているようなその仕草に、俺は静かに頭を撫でながら、逆効果だったかもしれないと後悔する。

しばらく俺たちがそうして過ごしていると、部屋の扉が開いて彩乃さんが入ってきた。

「体調はどうだい? 陽ちゃん」

「……今は問題ない」

「そうか、一安心だな」

という短い会話を交わしながら、彩乃さんは足早に南雲さんの寝ているベッドに近づきその上に乗ると、南雲さんの体をペタペタと触って何か調べ始めた。

彩乃さんの表情は至って真剣だが手つきからか、俺の目には無防備な女の子を触っている変態にしか見えない。

俺は真剣な人のことをそんな風に見てしまう俺が嫌で、目を逸らる。

すると、彩乃さんは俺にまで聞こえる声で「うむ……成長しているな」とか何とか言っていた。

そんな発言を陽が許すはずもなく、彩乃さんをポカポカと叩いていた。

焦ってるのか、焦ってないのか。

彩乃さんは分からない人だ。

数分後。

彩乃さんは溜息を吐きながらベットから立ち上がり、俺たちに視線を向けて言った。

「どうやら機械自体に問題があるわけではなさそうだ……一体何なんだ」

最後の方は小さくて聞き取れなかったが、そう言ってから彩乃さんは顎に手を当てて考え込んでしまう。

そんな中、それを聞いて不安そうな顔になり、俯いてしまう陽。

俺はそんな陽を見て耐えられなくなり、彩乃さんに質問する。

「このまま、問題が分からなくて、もしも意識が戻せなかったら……南雲さんは、本当に死んでしまうんですか?」

その質問に、彩乃さんはベッドの端に腰かけてから返答してくれた。

「あぁ、いや、あれは急いでいたから、あくまでも極端な例を話しただけだよ」

俺は首を横に傾け、目線だけで続きを促す。

すると彩乃さんは頷き、続きを話し始める。

「今、朱里ちゃんは意識がない状態だけど生きた状態ではあるし、陽ちゃんが停止したりしない限りは、その意識も無くならないから死ぬことはないよ」

俺はその言葉の意味を解釈したうえで、気になったことを朱里さんに質問する。

「じゃあもしですけど、陽が停止して意識が無くなったら、もう2度と南雲さんが目を覚ますことはないってことですか?」

「あぁ、そういうことになるね。ただ、直前にあの1号機の方に、意識を移動させることができれば問題はないと思うが……こればっかりはその時になってみないと、分からないな」

そう言いながら彩乃さんはベッドの上から降り、陽の隣に座ると、俯いて泣き出しそうな陽の頭を抱きしめてから続けた。

「勿論、そんなことにはさせないけどね」

そんな彩乃さんと陽を見ていると、強い信頼を感じる。

この前俺と陽が遊びに行った時も何だかんだで助けてくれた人だ、彩乃さんに任せていれば大丈夫だろう。

そうして俺が肩を降ろして安心していると、彩乃さんは俺の方を見て少し申し訳なさそうな顔で話しかけてきた。

「というわけで……すまないが、月島君」

「はい? どうしたんですか?」

「今日1日、学校での陽ちゃんをお願いしてもいいかい?」

俺はそれを聞いて驚きを隠せない。

「え? 休ませないんですか?」

「確かに休ませたいところだが……既に前の学校で半年以上欠席していてね……単位的にこれ以上休むわけにはいかないんだよ」

「……学校側に言えば何とか―――」

俺は話しながら、今の状況を一瞬で振り返ると、世間一般的に聞いてどう思われるかを理解する。

「ならないですよね……」

「あぁ、それが今の現実だよ。信じてもらえるはずがないんだ」

俺はそれを理解した上で、今日1日陽を任されるという責任の重さに頭を抱える。

そんな俺に、彩乃さんは優しい声音で話しかけてくる。

「そんなに気負う必要はないよ、燃料や体の異常は陽ちゃんが1番分かってるだろうしね」

俺はそういう彩乃さんの話を聞いて少し楽な気持になったが、彩乃さんは「だが」と続けて話始める。

「月島君、ビームだけは絶対に撃たせてはならないよ」

「……どうしてですか?」

俺がそう聞き返すと、彩乃さんは何故か頬を赤らめて少し恥ずかしそうに返してきた。

「実はね、全開の整備の時にビームの威力を上げてしまってね……燃料消費が凄いことになってしまったんだよ」

俺はそれを聞いて呆れて溜息を出してしまうが、それ以上に気になることがあったので聞いてみることにした。

「というか、そもそもなんで陽にはビームを出す機能が付いてるんですか?」

そう聞くと、彩乃さんはポカンとした表情になって答える。

「ロマンだよロマン」

「は?」

「あぁ、いや、今のは忘れてくれ。防犯機能だよ、陽ちゃんのことが心配でつけた機能だよ。だって陽ちゃん可愛いじゃん?」

彩乃さんは途中でハッとして言い直したが、先に本音が出てきていたので俺は聞き逃さない。

「可愛いじゃん? じゃないですよ! なんですかロマンって!」

俺は彩乃さんを陽から引き剥がし、肩を掴んで揺らしながらそう訴える。

すると彩乃さんは、両手をあげて降伏するポーズとると「すみませーん」と言いながら素直に俺に体を預けて揺らされている。

「すみませんじゃないですよ! どれだけこのビームで迷惑したと思ってるんですか!」

俺がそう叫んでも、彩乃さんは「すみませーん」と言うだけだった。

するとそんな時、俺の肩を陽の手が掴んできて、陽は俺を止めて言った。

「私も、ロマンは大事だと思う」

俺はそう言い放つ陽の顔を見て驚愕の表情を浮かべて返す。

「お前の命がかかってるんだぞ!?」

「うん。だから、月島君がいる」

俺はそう言われ、頼りにされていることで少し高揚したが、首を勢いよく横に振って我に返って思う。

バカしかいねぇ……!?


それから数分後、俺は大量の燃料缶と鞄を手に陽と学校に向かう。

とんでもないことを頼まれてしまったと今でも後悔する。

何故なら、絶対にビームを出させる自信があるからだ。

だが、そんな気持ちで今日1日を乗り切れるはずがない。

俺は自分の頬を手でパチンと叩いて「よし」と1人で気合を入れる。

するとそんな時視線を感じ、その方向を見てみると陽が隣で歩きながら俺の方をジーっと見ているのに気が付いた。

俺がそれに気が付いて陽の方を向くと、陽は視線を前に戻してしまった。

一瞬しか見えなかったが、今の陽の表情が曇っているように見えた。

俺はそんな陽に声をかけようとしたが、なんて声をかければいいかわからず、また1人で口を横に結んでしまう。

情けないものだ、1人の女の子すら安心させてやれないのだから。

俺はもう1度自分の頬を手で、今度は強めに叩いて気合を入れ直す。

「よし! 今日も1日頑張るぞ!」

俺がそう言いながら視線を陽の方に移すと、陽は小さく笑っていた。

俺はそれに満足して視線を戻すと、同時に陽は歩みを少し早くして、しばらく俺の前を進むと突然振り返って「今日1日よろしくお願いします」と言いながら勢い良く頭を下げた。

俺はそれに驚いて一瞬歩みを止めたが、改めて歩き始めてから陽の手を掴んで走る。

「急がないと間に合わないぞ」

「うん」

時刻は8:25。

この時の俺はまだ、陽の気持ちには気付いてやれていなかった。


それから学校に到着した俺たちは、それぞれの席に座って授業を受ける。

授業中、チラチラ陽の方を見ていたのだが、至って普通に授業を受けれていた。

また、休憩時間中も数名のクラスメイトが陽と楽しそうに話していて、特に問題はなさそうだった。

……陽が楽しそうかどうかは別として。

と、まぁ無事に4時限目を終えた俺たちは今、お昼ご飯を買うために購買へと向かっている。

陽が走ってこけたりしたら厄介なので、いつもと違い俺は歩いて向かっている。

「何も売ってないんだろうなぁ」

俺は半年間の経験で購買のパンがどれだけの速度で売れるかを知っている。

どうせ今頃教師と上級生がパンを買い占めていることだろう。

そうして、俺が小さく漏らすと、陽が俺の制服の袖をクイクイとと引っ張ってきたので、俺は陽の方を向く。

「ねぇ、走らなくて間に合うの?」

心配そうな顔で上目遣いになりながらそう言ってくる陽に、俺の胸はドキッと跳ねる。

聞こえてたのか……。

変な心配させてしまったかもしれない。

俺はそんな陽から目線を外すことなく、できるだけ優しく「大丈夫だよ」と答えて前を向く。

すると隣で陽は気が付いていないのか知らないが、俺の制服の袖を掴んだまま俯いて、俺の歩幅に合わせてついてくるのだった。

購買に着くと、予想通り何もなく、ちらほらとサンドウィッチが置いてあるくらいだった。

俺は購買に近づきその余ったサンドウィッチを手に取って、店員のおばあさんに渡す。

すると会計中、おばあさんは後ろの陽に気が付いたのか、俺と陽を交互にチラチラ見ながらニヤニヤし始めた。

「見ない顔だけど、転校生かい? お兄ちゃんも見かけによらず仕事が早いねぇ」

俺の釣銭を握りしめたまま言うおばあさんに、少しだけイライラしたが、俺は「えぇ……はは」とか適当に相槌を返して何とか釣銭を貰うと、陽の腕を掴んでそそくさとその場を離れた。

そうして俺たちは、いつも俺がお昼ご飯を食べていた、体育館横にある通路奥の少し階段になっている部分に到着する。

「本当にここでお昼ご飯を食べてるの?」

俺がその階段に腰かけると、陽が俺の頭上でそう質問してきたので、俺は顔を上に向け陽の顔を見ながら返す。

「あぁ、そうだけど……なんか変か?」

何故か不安そうな顔をしている陽は、自分の胸を押さえて俺を見つめる。

「変だよ、どうしてここで食べてるの?」

「何でって……ここ、風通しもいいし静かだから、食べやすいだろ?」

俺はそう言いながら、ポケットに押し込んでいた燃料缶を出すと、俺の隣に置いて陽が階段に腰かけるのを促す。

すると陽は、素直に俺の隣に座ると燃料缶を手に取ってチュウチュウと燃料を吸い始めた。

今日は天気も良く、丁度良く風も吹いていて過ごしやすい。

心地がいい。

俺は心の底からそう感じながら、口にサンドウィッチを運んでいた。

するとその時、後ろから足音が聞こえたので振り向くと、そこにいたのは体育教師の雷伝先生だった。

「貴様ら何でここで飯を食っているんだ!」

大きい声で怒鳴る雷伝先生だが、今はそんなことはどうでもいい。

とにかく、燃料を吸っている陽を見られるわけにはいかない。

陽はどうしてか燃料補給中は動かなくなってしまうのだ。

俺は雷伝先生の顔を見ながら、自分の体で陽を隠しながら様子をうかがう。

「おい、もう一人いるな! 顔を見せろ!」

と、言いながら突然近づいてくる雷伝先生。

体で隠すのも限界か、と考えた俺は、咄嗟に立ち上がって陽をお姫様抱っこの形で持ち上げて走り出す。

しかし、相手は体育会系、俺は部活もしてない陰キャ、勝てるはずもなく、校舎裏で肩を掴まれてしまう。

俺は何とか陽の顔だけは体で守りつつ、しかし雷伝先生は凄い力で俺を振り向かせようとしてくる。

その時、校舎裏にある道路から、凄い勢いで何かが雷伝先生に飛びついてくる。

それに驚いた雷伝先生は俺の肩を話して後ずさりする。

俺はその隙に走って逃げると、校舎を曲がるとき少し気になって雷伝先生の方を向くと、大量の猫が雷伝先生の顔をぺろぺろと舐めていて、その近くに花桜さんが猫のコスプレをして立っていた。

「か、花桜さん!?」

俺はあまりに衝撃的な映像につい大声を出してしまう。

すると花桜さんはそんな俺に、右手でグッとだけして目線は合わせてくれなかった。

……猫の手を付けていたので良く分からなかったが、グッとしてたんだと思う、多分。

俺はそんな花桜さんに、心の中でお礼を言いながら、校舎から少し離れた場所にある、パソコンを使う場所や文科系の部活をする教室が並ぶ、技術棟へと向かう。

そこは基本放課後以外誰も来ないので、そこがベストだと考えたからだ。

技術棟へ着くと、誰もいないことを確認して屋上へと入る。

技術棟はさほど高くないので、柵がしてあるだけで誰でも入れるようになっているのだ。

俺は屋上で陽を降ろすと、ふぅと一息ついて陽の横に座る。

そして、陽の方を向くとそこにはいつ飲み終わったのか、燃料缶を両手でお腹の前で抱えて、顔を赤らめて俯いている陽が居た。

「どうした、大丈夫か? 顔、赤いぞ」

俺は、陽がオーバーヒート的な何かを起こしかけているのではないかと心配になって、陽の額に手を当てて体温を確認する。

すると、それと同時に陽はさらに顔を真っ赤にして、体温も同時に跳ね上がる。

「あっつ! 大丈夫か陽!」

目を回してしまった陽の肩を掴んで優しく揺らしながら、俺は声をかける。

すると、そんな俺の腕を陽の手が掴んで「だ、大丈夫、だから」と言ったのを聞いて俺は揺らすのをやめる。

「ちょっと、暑くなっただけだから、しばらく風に当たれば問題ない」

俺の腕を優しくつかみながらそう言う陽に俺は安堵し、再び隣に腰掛ける。

そうして2人で無言のまま風に当たっていると、隣の陽は目を瞑って涼んでいる様子で、一方の俺は、隣の校舎の屋上にある人影をジーっと見つめていた。

何やってんだあれ……。

その人影は次第にくっきりと見え始め、それが男子生徒と女子生徒であることが分かった。

その両者は柵までやってくると、男子生徒の方が女子生徒に壁ドン……いや柵ドンか、をしていた。

俺は見ちゃいけないものを見ているのでは、と思い目をそらそうとするが、どうしても気になって視界の端に入れてしまう。

男の性という奴だろうか。

そうしてしばらく視界の端に入れていると、男子生徒の方が女子生徒に顔を近づけてキスらしき行為を始めてしまった。

そこで俺はハッとして目を瞑り、陽と一緒に風を感じて涼むことに徹することにした。

するとそれからしばらくして、俺の袖がクイクイと引っ張られ、隣を見ると陽が隣の校舎の男子生徒ち女子生徒を指さして、俺の方を見ていた。

「あれ、何やってるの?」

「知らん」

俺は恥ずかしくなって素っ気なく返すが、そこで気が付く。

陽は俺より少し左にいるから、男子生徒が見えていないのか。

俺は手を打って納得し、首を縦に振っていると、隣で座っていたはずの陽が立ち上がって、その様子を見ようとしているのに気が付いた。

陽は初心な女の子だ。

何をしているか見てしまったら、ビームを撃ちかねない。

そう考えた俺は、急いで立ち上がると陽の腕を引っ張って屋上を後にする。

「ちょ、ちょっと」

と後ろから陽の聞こえたが、無視してて歩みを進めると、ある教室の前で止まる。

「……この教室がどうかしたの?」

そんな俺を不審に思ったのか、陽は不安そうにそう話しかけてくる。

「あぁ、いや。ここって今は空き教室だから安全に過ごせるかなって思ったけど……そろそろ時間だから、教室に戻るか」

俺がそう言ってから、陽は教室の時計を確認しようとしたのか、教室内を覗こうとしたので、俺は全力でそんな陽の目を隠す。

「……さっきから何なの」

それが不服だったのか、陽は頬を膨らませて怒っている様子だ。

だが、それ以上に教室内では、見てはいけない行為が行われていたのだ。

これを陽に見せるわけにはいかない。

俺はそっと陽を誘導しながら階段まで行くと、そこでようやく陽を開放して教室へと向かう。

その道中、陽は何度か後ろを振り返って気になっている様子だったが、俺はその都度陽に話しかけて注意をそらすと、何とか無事に教室にたどり着くことができた。

時刻は12:50。

何とか無事に、放課後まで行けそうな、そんな気がした。


そして無事迎えた放課後。

俺たちは一緒に帰る……というわけにもいかず、俺は立て続けの遅刻の件で、先生に呼び出されてしまった。

一緒に帰らないと不安だったが、職員室前で陽をずっと待たせる方が不安なため、俺は数十分経って出てこなかったら先に帰ることを約束し、俺は今まさに説教を受けている。

「なぁ、月島……最近の遅刻についてだが、理由を聞こうか」

そう言いながら、俺のクラスの出席簿帳を開いて机に叩きつけるこの人は、この学校の生徒指導の教師であり、名前を白原 氷織と言い、裏で番町と呼ばれている美人女性教師である。

ピッチりしたメンズスーツを着こなし、黒い艶のあるある髪を腰まで伸ばした、凛とした表情の氷織先生を正面にし、俺はその気迫に怯えて声が出せない。

しばらく、そんな俺を黙って見つめてきた氷織先生だったが、暇になったのか足を組み、懐から電子タバコを取り出すとおもむろに吸い始めた。

俺はそれを見て、つい「ここ、職員室ですけど」と小声でツッコんでしまった。

その声が届いていたのか、氷織先生は少しムッとした表情になって渋々電子タバコを懐にしまうと「はぁ」と分かり易く溜息を吐いて続けた。

「すまないな、私も説教というものが苦手でな……つい」

「つい、じゃないですよ、一応生徒指導なんですから」

懐にしまった電子タバコを寂しそうに撫でる氷織先生を見ていると、自然と最初のような怖さは無くなっていて、すらすら言葉が口から出るようになっていた。

「……お前に生徒指導を語られるとはな、世も末だよ」

氷織先生は改めて俺に目線を移すと「で」と続ける。

「遅刻の理由は何なんだ」

「それは……言っても信じてくれないと思うんで、言いたくないです」

「なんだそれは、宇宙人が来てキャトルミューティレーションでもされたのか? そうじゃなかったら殺す」

教師とは思えないその発言と剣幕に、俺は腰を抜かしそうになりつつ、真実を話すことにした。

それからしばらく、俺が正直にあったことを話すと、次第に氷織先生は顎に手をやって何故か冷汗までかき始めていた。

結局話し終わるころには頭を抱えて俯いてしまって、何も喋らなくなってしまった。

「……あの、大丈夫ですか?」

心配になった俺がそう声をかけると、氷織先生は肩をビクッと跳ねさせて「あ、あぁ」と言って再び姿勢を戻した。

「す、すまないな……お前の話しで嫌な過去を思い出してしまってな」

「嫌な過去ですか?」

俺は気になってついそう質問してしまったが、直後に聞いてはいけないことを聞いてしまったかもしれないと後悔するが、氷織先生は怒ることはなく、机に膝をついて頭の支えにしながら「あぁ」と言って話始めた。

「昔、私の学生時代だが、葉月彩乃っていう狂った知り合いがいてな、そいつの作ったロボットはどうしてか全部にビームを撃つ機能が付いていてな……その実験によく付き合わされてな」

そう言って氷織先生は、嫌な過去を思い出したのか、今度は自分の体を両手で抱きしめて震え始めてしまった。

だが、それよりも俺は、聞き覚えのある名前が、氷織先生の口から出てきたことに驚いていた。

「先生って彩乃さんと知り合いなんですか?」

俺がそう聞くと、氷織先生は恐る恐るといった感じでゆっくりと俺の顔を見て「お前、アイツを知ってるのか」と聞いてきた。

「知ってるも何も、今俺が話したロボットを作ったのも彩乃さんですから」

「んな!」

それを聞いた氷織先生は、聞いたことのない声を出しながら分かり易く動揺して後ずさりした。

「因みに、そのロボットって今廊下にいる、芽柄さんですけど、気付いてました?」

「何だってぇ!」

言おうかどうか少し迷った末に、彩乃さんを知っているならいいかと思い、氷織先生にそう告げると、あまりの衝撃に氷織先生は転げそうになってしまっていた。

「アイツ、ついにロボットを学校に通わせるようになったのか!?」

「あ、いや、違いますけど」

とんでもない勘違いをさせてしまっているので、俺は直ぐに訂正する。

「芽柄さんを操作している、中の人がいるんですよ」

「そ、そうなのか。中身は人間なんだな、良かった。遂にアイツが狂ってしまったのかと思ったよ」

氷織先生は胸を撫でおろす仕草をすると、姿勢を戻して「ところで」と続ける。

「その当の本人は今廊下にいるんだろ? 一目見ておきたいから連れてきてくれないか?」

「あ、はい。分かりました」

そう言われて俺は一度職員室を出て廊下を見渡す。

しかしそこに陽の姿はなかった。

俺は職員室に戻り時計を確認すると、既に20分以上が経過していたので一人で帰ったのだろう。

俺はその旨を氷織先生のところまで行って伝えると、氷織先生は立ち上がって「じゃぁ、今日はいいから芽柄を追いかけろ」と言ってくれた。

正直、1人で帰らすのは不安だったので、有難い言葉だった。

俺は「失礼します」と氷織先生に告げてから職員室を後にして、走って陽を追いかけるのであった。











6.ロボットの行方不明事情

それから俺は、走って1度自宅に帰ってくると、着替えて直ぐに彩乃さんの家へと向かう。

帰る途中や道中に陽に出会うだろうと思っていたが、出会うことはなく彩乃さんの家へと到着した。

俺は直ぐにチャイムを鳴らし、セキュリティ諸々のロックが解除された音がしたことを確認してから家へと入る。

1日ごとに増すセキュリティの数に驚いたが、今は陽が無事に家にたどり着いているかが気になるので、スルーして真っすぐ2階の部屋へと向かう。

部屋に入ると、そこは今日の朝と変わらずベッドで横になっている南雲さんと、彩乃さんが居た。

1つ明らかに朝と違うことと言えば、おびただしい数のコードが南雲さんの装置に取り付けられて、彩乃さんの見ているパソコンへと繋がっていることだけだった。

俺がその光景に驚いて立ち尽くしていると、そんな俺に気が付いたのか彩乃さんがパソコンから顔をのぞかせて「おかえり」と言ってくれた。

俺はその声にハッとして彩乃さんの正面に座ると、どこにも姿が見えない陽について質問する。

「彩乃さん、陽ってまだ帰ってきてないんですか?」

俺がそう質問すると、彩乃さんは再びパソコンから顔を覗かせて驚いた顔をしていた。

「え? 一緒に帰って来たんじゃないのかい?」

「あ、はい。俺、先生に呼び出されたんで、10分経っても戻ってこなかったら先に帰ってて、って言っといたんですけど……」

俺が答えると、彩乃さんはパソコンから体ごと姿を現して、顎に手を当てて何か考えている格好になる。

「これは、不味いことになったかもしれないね……」

彩乃さんは真剣な顔で考えている様子だが、俺は下着姿に白衣を纏っているだけのその格好に、頭から煙が出そうなくらい顔を真っ赤にして何も考えられなくなってしまう。

しかし状況が状況だ。

俺は彩乃さんの格好が見えなくなるように、パソコンを挟んで反対側まで移動して質問する。

「陽って燃料缶どのくらい持ってるんでしたっけ」

その質問に、彩乃さんは何故かまた、俺に格好が見える位置まで移動してきて答える。

「半日分だよ。月島君が持って行ったから、予備で渡した分だけだ」

「半日分ですか……学校では俺が渡した分以外は飲んでいる様子はなかったので、多少は大丈夫だと思うんですけど」

俺は彩乃さんの格好を見ないように天井を見てそう返す。

すると、彩乃さんは唐突に立ち上がり「よし、探しに行こう」と言い出したので、結果彩乃さんの下着姿で俺の視界がほとんど埋まってしまった。

俺はその衝撃の景色に、脳内がオーバーヒートして倒れてしまう。

しかしそんな俺に気が付いていないのか、彩乃さんは胸のふくらみを押し付けながら、俺を家の外へと運ぼうとする。

玄関の前まで来ると、彩乃さんは俺を置いて「私も時間を見つけて、博ちゃんの姿で探しに行くから」と言い残して部屋に戻って行ってしまった。

俺はしばらくあの景色が離れず放心状態だったが、ハッとして自分の頬を思いっきり叩いて目を覚ます。

確かに今、不味い状況だ。

燃料が半日分、最後に補給したのが昼だとすると、持って明日の日の出までだろう。

それを過ぎてしまうと南雲さんは実質、死ぬことになってしまう。

俺は勢いよく家を飛び出すと、どうして帰ってこないのか等は考えないようにして探し始めた。


それから何時間が経過したのだろうか。

1度家に帰って花桜さんに協力を頼んだ後学校に向かい、、ショッピングセンターまで行って各お店を見て回ったりしたが、それでも見つからなかった。

途中、楓さんとゴリラが居たので事情を説明して協力してくれたのだが……今のところ連絡はない。

とっくに終電は過ぎて行ってしまった。

俺は駅前のベンチに腰掛けて、空を見上げてながら少しだけ休憩しつつ考える。

「一体、どこに行ったんだよ」

空に輝く星たちはキラキラと輝いていて、吹く風たちが俺の体温を奪っていくのを感じる。

昼からは考えられないくらい涼しい。

俺は再び立ち上がると、あと1つだけ。

唯一考えられる場所へと足を運ぶ。

「あそこに居るとは考えにくいが……」

俺は息を整えて、真っ赤になった膝を再び動かしてその目的地を目指して走った。


その場所―――昨日陽と訪れた、観覧車などが見渡せる丘の上へと来る。

しかしそこには誰もおらず、俺は息を切らしながら丘の端にある柵に全体重を預けて倒れ込む。

「はぁ、はぁ……ッ、ここじゃなかったか」

俺は、今度は膝に体重を預けて立ち上がると、考えている暇はないと再び走り出す。

するとその時だった。

後ろを振り向いたときに、木々の後ろに人影が見えた。

少し怖かったが、俺はポケットからスマートフォンを取り出して、その明かりを頼りに人影の正体を確認する。

すると次第にその姿が見えてくる。

スマートフォンの明かりの反射に目を細めながら、その姿を確認して俺は膝から崩れ落ちる。

「ひ、陽……なんだ、こんな所に居たのか……」

俺は四つん這いになって、顔だけを上げて改めて陽の姿を確認する。

制服姿のまま無理をしていたのか、全身の至る所に傷が見えた。

陽はしばらく放心状態だったが、しばらく俺が息を切らして動けないでいると、いきなり立ち上がったと思ったら、勢いよく俺に抱き着いてきた。

「ちょ、うわ!」

俺はそんな陽を支えきれず、情けない声を出しながら後ろに倒れてしまう。

何とか手を地面について、尻もちをつくだけに留めた俺が再び目を開けると、陽は俺の胸の中に顔を埋めて肩を震わせていた。

俺はそんな陽に声をかけることができずに硬直してしまう。

するとそんな中、陽は力ない声で「ごめんなさい」と一言だけ喋った。

力一杯に俺の服を掴んでいる陽から、そんな弱々しい声が聞こえてきて、俺はつい笑ってしまう。

するとしばらくして、そんな俺に気が付いたのか、陽は俺の胸の中から顔を上げて、上目遣いに俺の方を向いた。

涙こそ流れていないものの、目を見れば今にも泣きだしそうなことが分かる。

俺はそんな陽と目を合わせながら、なるべく優しい声で「無事でよかったよ」と話しかける。

すると、陽は今の状況を自分でも理解したのか、バッと凄い速さで俺から離れると、再び「ごめんなさい」と言いながら視線を下に落として俯いてしまった。

俺は立ち上がって、そんな陽の目の前まで歩いて近づくと、その場で屈みこんで陽と同じ高さに顔を持ってくる。

すると俺の予想通り、それに気が付いた陽は顔を上げたので、それに合わせて俺は、陽の両頬を親指と人差し指でつまんで左右に引っ張った。

すると陽は驚いた顔をするが、次第に薄目になって俺を睨んで言った。

「……ひはい、なにふるの」

「いや、なんとなく」

その短い会話を終えてから、俺は直ぐに手を離してから立ち上がる。

「帰るか」

俺が手を伸ばして陽に差し出しながらそう言うと、陽はキョトンとした顔になったが、少ししてその俺の手を掴むと、ほとんど体重を預けることなく立ち上がった。

「うん、帰る」

そのやり取りの後、俺たちは並んで丘を降りると、見覚えのある道をまた2人で歩く。


帰り道。

しばらくの間無言で歩いていた2人だったが、その沈黙を破るように陽が話しかけてきた。

「……月島君」

「ん?」

「心配かけてごめんなさい」

そう再び謝罪する陽に、俺は小さく溜息を吐いて返す。

「お前が無事だったんだから、それで良いんだよ」

「うん……ごめんなさい」

「また謝ってるぞ」

「うん……」

そう言って俯いてしまう陽。

俺は何も言わず前を向いたまま歩く。

そうして再び訪れる沈黙。

しかし今度も陽が話始めることでその沈黙は破られる。

「月島君は……どうしてそんなに優しいの?」

陽は俺の顔を見上げてそう聞いてきたが、俺は視線を前から移すことなく返す。

「なんだよその質問……俺のどこを見て優しいと思ったんだよ」

すると陽は「だって」と言って再び俯いたが、今度は直ぐに顔を上げて話始めた。

「私がロボットを操って学校に行っていることを知った時、普通の人なら何でそんなことをしてるか、聞いてくると思う」

「……うん」

「でも、月島君は私に気を遣ってそれを聞いてこなかった……違う?」

「それは違うぞ、興味なかったんだよ」

俺が吐き捨てるようにそう言うと、陽は「じゃあなんで」と続ける。

「……じゃあなんで、私に協力してくれるの?」

立ち止まる陽に合わせて、俺も立ち止まり、今度は陽の顔に視線を向ける。

「それにさっきだって、私が何で家出をしたのかを聞いてこなかった」

「……うん」

「なのにどうして……どうして私を探してくれたの?」

消え入りそうな声だったが、周りが静かだからか俺の耳までしっかり届いてきた。

俺は立ち尽くして、なんて答えればいいかを思考する。

しかし、何度考えても答えなんて見るかるはずもない。

だから俺は、1つだけ確かなことを陽に伝えることにした。

「俺にも分からない」

「え?」

「ただな……お前のことが気になって仕方ないんだよ」

これが紛れもない俺の本音だ。

それを聞いた陽は、困惑した顔を浮かべている。

意味が良く分からないのだろう。

俺はそんな陽に対して立て続けに話してしまう。

「学校でも、ショッピングセンターでも、家でも……何なら夢にだってお前が出てきた……それくらいお前のことが気になって仕方ないんだ」

気持ち悪いし、嫌われて当然の言葉だろう。

だがこれが俺なのだ。

どうしてだか陽のことが気になって仕方ない、これは自分にもどうすることもできない。

無意識のうちに目を瞑ってしまっていた俺が目を開けると、そこには何故か顔を真っ赤にした陽が立っていた。

「……答えになってない」

「え?」

「けど、分かったことがある」

それを聞いて俺は困惑してしまう。

「……何だよ」

「私だけじゃなかった」

その直後。

陽の目の光が無くなったと思ったら、前身の力が抜けて崩れ落ちそうになってしまう。

俺はそれに気が付いて直ぐに体を支えるが、声をかけても返事はない。

……嫌な予感がする。

俺は冷や汗を流して最悪なシナリオを頭の中で考えてしまう。

その時、ポケットに入れていた俺のスマートフォンが鳴り響いた。

俺が慌ててスマートフォンを取り出すと、そこには『彩乃さん』と書かれていた。

俺は直ぐに電話に出ると「彩乃さん大変です!」と近所の迷惑も考えずに叫んでしまった。

すると彩乃さんはそんな俺に冷静に返してきた。

『落ち着け月島君。大体何が起きたかは分かっているよ』

「は? だったらなんでそんなに落ち着いてられるんですか!」

『だって―――朱里ちゃんが目を覚ましたからだよ!』

「え!? 本当ですか!?」

『あぁ! ……だが意識が朦朧としていてね、それにしばらくは陽ちゃんを操作させるわけにもいかないから、運んできてもらっても構わないかい?』

「あぁ、えっと……はい」

「本当かい? じゃあよろしく頼むよ」

ブチッ。

と切られてしまう電話。

ここから結構距離があるが……今日中に着くのだろうか。

考えても仕方がないので俺は急いで陽を担ぐと、帰り道を急いだ。


しばらく歩いて大きな道に出る。

そこでは先程とは違って車通りも多く、なかなかの騒音と光の数に見えた。

そんな時、何台目かも分からない、対向車の光に照らされていると、ふと1台の車がハザードを光らせて止まった。

俺はその車を大きく避けるようにして横を通り過ぎようとしたが、その時助手席の窓が開いて顔を出してきたのは予想外の人物だった。

「おい、月島。こんな時間に何してる」

そう声をかけてくる氷織先生を見て俺は腰を抜かす。

生徒指導の教師にこんな時間にこんな姿を見たら殺される……そう思ったからだ。

だが、氷織先生から次に出てきた言葉は予想外のものだった。

「……嘘だよ。早く乗れ」

それだけ言うと、窓を閉めて運転席へと体を引っ込めてしまった。

俺はその姿を見て誘拐でもされるのかと思ったが、流石に失礼かと自分を叱咤して、後部座席のドアハンドルに手をかけると、手前に引っ張る。

扉を開けると、車の中からいい匂いと共に冷たい風が俺を襲った。

俺は勝手に煙草の匂いで充満してるんだろうなぁと思っていたので、そのギャップに耐えつつ陽を先にのせると、その後に俺も後部座席へと座る。

するとそんな俺を見て氷織先生は「何してる」と言って俺に話しかけてきた。

「お前は助手席に座れ、話がある」

俺はその言葉通り、体を震わせながら助手席に座ると、氷織先生は車を発進させながら俺に話しかけてきたのだった。


「……そうか、そんなことがあったんだな」

「はい……わざわざすみません」

あれからしばらく話していたのだが、話を聞くに氷織先生は、彩乃さんから数年ぶりに電話がかかってきたため何本か無視していたのだが、それでも無数に電話がかかってくるため、怒りのままに電話に出たところ、いたって冷静に俺たちの迎えを頼まれたのだという。

「まぁなんだ、お前達が無事で何よりだよ」

「はい、ありがとうございます」

慣れていないのか氷織先生は頬を軽く掻きながら言うので、それが可愛く見えた俺は素直にお礼を言うことができた。

「しかし、だ。こんな時間にガキが外に出てたら危ないだろうが」

丁度信号が赤になった事をいいことに、氷織先生は俺の頬をぐりぐりしてくる。

俺はビシッと座ったまま、その姿勢を崩すことなく、少し嫌な顔をして訴える。

しかし流石は先生、正面に顔を向けているのでそんな俺に気が付いていない。

するとしばらくして信号は青に切り替わり、先生は手をハンドルに戻したので俺は解放される。

しかし……俺は思ったことがあったので氷織先生に質問してみることにした。

「氷織先生、今って彩乃さんの家に帰ってるんですよね?」

「ん? あぁそうだが……どうかしたか?」

「そうですよね……見覚えのない道だったのでつい」

俺がそう言うと、氷織先生は急に顔を赤くして「あ」と言いながら突然Uターンし始めた。

「え? ひょっとして道間違えたんですか?」

「いや、違うぞ。別に昔彩乃と住んでいた家に向かっていたとかそういうわけじゃ―――あ」

「え?」

今、なんて言いました?

と、そう聞こうとしたところ、突然氷織先生はスピードを上げて無言で走り始めた。

俺はそのあまりの恐怖に数分の記憶が飛んでしまった……そんな気がした方が良い気がする。


数分後。

ありえない速度で彩乃さんの家に到着すると、氷織先生はすごい剣幕で俺と陽を車から降ろすと、爆速でその場を去っていった。

「……お礼も言えなかった」

まぁいいか。

そう考えた俺は直ぐに彩乃さんの家に入って、南雲さんの部屋へと向かう。

ガチャリ。

と、陽を担いだまま部屋に入ると、そこにはテーブルを囲んで彩乃さんと楓さん。

そして、冷却シートを額に貼った南雲さんが座っていた。

「お、来たかい月島君」

「あ、月島さん! 無事でしたか!」

2人に導かれて、俺は陽を部屋の隅に優しく座らせると、テーブルの前に座る。

その時ふと南雲さんと目が合ったが、直ぐに逸らされてしまった。

「いやぁ、やっぱり流石ですなぁ月島君!」

そんな中俺の背中をドンドン叩いてくる彩乃さん。

「ちょ、痛いで―――グファ」

叩かれた直後に話してしまったせいで、俺は自分の舌を噛んでしまう。

しかしお構いなしに叩いてくる彩乃さん。

顔を見ると、少し涙目で目元も赤いので先程まで泣いていたのが分かる。

悪意は無いのだろう、俺は黙ってうずくまって痛みを抑える。

すると、そんな彩乃さんを止めてくれたのは楓さんだった。

「はいはい、嬉しいのは分かりますが、いったん外行きましょうねぇ」

と言いながら、彩乃さんを後ろから抱えて部屋を出ようとする楓さん。

その流石の怪力っぷりに口を抑えながら驚いていると、ふと楓さんと目が合ってしまう。

するとその時楓さんは片目を瞑ってウィンクしてくると、直後彩乃さんと共に部屋を出て行ってしまった。

……何だったんだ。

本当にゲリラみたいな人たちだ。

俺は2人の出て行った扉を見つめる。

するとその時、そんな俺に後ろから南雲さんが話しかけてきた。

「今日は、ありがとう」

振り向くと、南雲さんは力なくテーブルに突っ伏してそう言っていた。

「あぁ、ホント、無事でよかったよ」

そう言って目が合って2人は止まってしまう。

「……そうだ、今日私が家出した理由、聞いてほしい」

すると突然そんなことを言い出す南雲さんに、俺は驚いてしまう。

「いや、無理して離さなくても」

「ううん、聞いてほしい。これは、博士にも楓ちゃんにも話したこと。月島君にも話さないと、失礼だから、聞いてほしい」

目を細めて何とか話している様子の南雲さんが心配になるが、俺はそんな状態でも話そうとする南雲さんの話を聞こうと、テーブルの前に行って話を聞く態勢をとる。

するとそれを確認してから、南雲さんは話始めた。

「月島君が今日1日、学校で私の……陽の面倒を見てくれたこと、本当に、感謝してる。ありがとう」

そこで言葉を切る南雲さんに俺は黙って頷いて返す。

「でも、結局私と陽の接続が切れないと、こんな学校生活が、続くことになる」

そこまで行って南雲さんは「よいしょ」と言いながら体を起こして続ける。

「だから、私、死んでも良いって、そう思った」

「は―――」

「―――だけど、いざ、燃料切れになると、思ったら、こわくて、さみしくて」

そう言いながら、今度は涙を流し始めた南雲さん。

陽の時も、本当はこうして泣いていたのだろう。

大粒の涙を流す南雲さんに俺は返す言葉が見つからない。

「でも、そんな時、月島君が、悩んだとき、あの丘に行ってるの、思い出して」

「……」

「私も、行ってみたら、その時、月島君が来て、私、勢いで、草むらに隠れちゃって、何やってんだろうって……」

「……」

「黙って、そんな月島君見てたら、振り返って、走り出して、見つけてくれなかったら、どうしようって、でも、見つけてくれて……」

「……」

「私、勝手だよね……自分が嫌になる」

そして言い切ったとばかりにテーブルに勢いよく頭を降ろす南雲さん。

そんな南雲さんを見ていると心が苦しくなって、俺は声を捻りだすことができた。

「……そんなことないぞ」

「え?」

泣きながら顔だけ上げて俺の方を見てくる南雲さんと視線をぶつけながら、俺は続ける。

「誰だって怖くなって逃げ出したい時も、後悔して寂しくなったりすることもある。そんなこと、俺はしょっちゅうあるしな」

「うん……」

「だけどな、そんな時支えてくれる友達や仲間が今のお前には傍に居る。それは忘れるな」

「え?」

「今回は俺がお前に信頼を得られていなかったことが原因で起こったことだ」

「そ、それは違……」

「だから俺はこれからお前の信頼を得られるように死ぬ気で頑張る、お前を助けると誓う!」

「だ、だから違……」

「だから簡単に死ぬなんて言うな! 今のお前には悲しんでくれる人がいることを忘れるな!」

「……ッ」

言っていると俺は謎に熱くなって立ち上がる。

「正直に言うぞ! 俺はお前の過去に何の興味も無い! ただ、だからこそお前を助けることができる! 悪いがな、俺はもとより、楓さんもあのゴリラもお人好しだ! 多分! だから絶対にお前を助ける!」

言いながら俺は再びテーブルの前に座ると、今度は優しい声で語りかける。

「だから、何かあったら俺に言え、俺に言いにくいことなら楓さんやゴリラに言えばいい」

「……うん、分かった」

南雲さんは涙を腕で拭きながら体を起こすと、突然俺に飛びついてきた。

「ありがとう」

そして再び泣き出してしまった。

顔は見えないが、大号泣しているであろう南雲さんの背中を撫でてあげることしか、今の俺にはできなかった。


しばらくそうしていると、扉が開いて彩乃さんと楓さんとゴリラが入ってきた。

直後に南雲さんは俺から離れてベッドに潜ってしまったので、俺は3人の方に目線を向ける。

「ようボーイ、今から楓ちゃんと帰るんだが、一緒に車に乗ってくかい?」

そう言ってくるゴリラだったが、俺はムキムキ恐怖症なので首を横に振って断る。

「まぁまぁ、良いじゃないですか月島さん。私たちとも親交を深めましょうよ~」

「良いですよ、俺、歩いて帰るんで」

腕をぐいぐい引っ張ってくる楓さんに逆らってそう言うと、次第に楓さんの力が強くなっていっている気がする。

「わ、分かりましたよ! お願いします!」

と、結局俺は連れ去れるるようにして車まで連れてこられた。

玄関前に横づけされたピンク色の軽自動車に先にゴリラと楓さんが乗ると、俺は彩乃さんに「今日はお疲れさまでした」と言って車に乗ろうとした。

その時だった、彩乃さんが「あぁ、月島君も―――」と言った所で、玄関前の廊下から南雲さんが走ってきているのが見えたと思ったら、再び俺に飛びついてきた。

それに驚いた俺は目を見開いて、その南雲さんを無事にキャッチする。

「今日はありがとう! じゃあね」

と言って南雲さんは俺の手の中から抜け出すと、直ぐに戻って行ってしまった。

「な、何だったんだ……」

「いやぁ、若いですなぁ」

そんな困惑している俺を見て彩乃さんがそう意味の分からないことを言っていた。

「じゃあ改めてお疲れさまでした!」

そう吐き捨てて俺が車に乗り込むと、外から「あぁ、お疲れ月島君! 君のおかげで朱里ちゃんも1歩前進できたようだよ!」と聞こえてきた。

その言葉で俺も気が付く。

南雲さんが、少しの間ではあるが家から出れたことに。


帰り道。

車の中で化粧品の話とか、無駄な筋肉の話とか、南雲さんの話とかいろいろしていると、直ぐに俺の家の前に到着した。

「ありがとうございました」

「あぁ、ボーイ次はジム編で会おう!」

「嫌ですよ!」

「次はネイル編でお会いしましょうね月島さん。お疲れさまでした!」

「ネイルならありですね!」

と1言づつ交わして颯爽と帰って行ってしまった。

はぁ、本当にゲリラみたいな人たちだ。

俺は家に入ろうと玄関の前まで歩くと、家の中から何やら騒音が聞こえてきた。

俺は何事かと思って家の中に入ると、家の中には数十匹は居るであろう猫と花桜さんが走り回っていた。

「ちょ、待ってください、怒られちゃうので暴れまわらないでください!」

「なんじゃこりゃぁ!」

「あ! 帰ってきた!」

結局この後、猫を捕まえていたら、朝になっていたのでした。

勿論翌日は遅刻しましたとさ!(*^ω^*)



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