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時々目からビームが出ます1

1.ロボットとの出会い

8:30朝。

時計を見て飛び起きた俺―――月島 優は、歯を磨いて着替えた後、テーブルに用意してあったパンを咥えて、家を飛び出した。

今まで家から学校まで走った経験がないが、歩いて20分かかる通学路なので、走ったところでギリギリ間に合わないくらいだが、自分の成長率を信じて俺は走る。

そうして16分走り続けて学校が見えてきた。

これはギリギリ間に合うかもしれない。

淡い期待を胸にダッシュして学校の目の前の曲がり角まで来た時、その方向から大声が聞こえてきたので、俺はつい足を止めてその方向を向いてしまった。

バゴォォォォォン!!

轟音とともに、その光は俺の体を向かいの壁にたたきつけて消えていった。

直後、俺の意識はなくなっていた。


次目が覚めると、そこは学校の保健室の天井だった。

直後、俺は遅刻ギリギリだったことを思い出し、勢いよく顔を上げようとすると、とてつもなく硬い何かに額をぶつけて、反動で枕に叩きつけられる。

俺は真っ赤に腫れていそうなくらい痛い額を手で抑えながら、心を落ち着けてゆっくりと目を開ける。

すると目に入ってきたのは、俺の寝ているベットの右側で、丸椅子に座って寝ている『制服を着たロボット』だった。

見た目がまんまロボットなのに、女子の制服を着ているのは少し面白かった。

不思議と目を引き付けるのは、俺が男の子だからかもしれない。

しばらくボーっと見つめてしまっていたが、学校のチャイムがなったことで俺は現実へと引き戻される。

きっとこのチャイムは1限目の授業が始まる時のものだ。

俺はゆっくりとベットから起き上がり、ロボットを起こさないようにして保健室を後にした。


教室に向かう途中、廊下でふと考え込む。

今朝の光―――ビームと先程のロボットの関係性についてだ。

俺のイメージだと、ビーム系はロボットが撃ちがちなイメージがある。

それに、俺が目を覚ました時に保健室にいたのもおかしいし、隣でビームを撃ちがちなロボットが寝ていたのだ。

つまりそういうことだろう。

俺は一人で勝手に納得して、手をポンと打って頷く。

まぁ令和の時代だ、ビームを撃つロボットが学校に通っていたっておかしくないだろ。

そうして俺が再び教室に歩みを進めていると、後ろから俺の肩を叩いて名前を呼ばれた。

俺は振り返ると、そこには先程寝ていたはずのロボットは立っていた。

「うぉ、びっくりした」

俺がびっくりして仰け反ると、ロボットはどうしてか俺の方に一歩詰めてきて話始めた。

「ゴメンナサイ、キョウシツノバショオシエテモラッテモ?」

そう話しかけられて、俺はキョトンとした。

「きょ、教室の場所ですか?」

「エエ、コノミテクレデシテ、マチガエテチガウキョウシツニハイルワケニモイカズコマッテイタンデス」

いや、どのみち有名人になりそうなもんだけどな……。

「え、えぇと……何年何組か分かりますか?」

俺がそう聞くと、なぜかロボットは喋らずに手を前に出して、右手で2を左手で1を示してきた。

なんだこの謎解きは。

2年1組なのか、1年2組なのか、一体どっちなんだろうか。

俺は悩んだ末、あ、聞けばいいじゃんと当たり前に事を思い付き聞いてみることにした。

「えっと、1年2組であってる?」

「エエ」

そう言って頷くロボット。

まさかこのロボット、俺と同じクラスだったとは。

この学校に来て半年、2人の人間としか話してないのが仇となったか!

俺は自分のクラスにロボットが居たことに内心で歓喜し、気づけば小さくスキップをして教室へと向かっていた。


教室の前に着いたので、扉を開けて中に入ると、やはりそこでは一限目の授業をしていて、俺を見るなり国語の先生が俺のことを怒鳴りつけてきた。

まぁ、連絡もなしに遅刻して来たのでしょうがないだろう。

俺は話半分で適当に聞き流して自分の席に着く、するとその直後に国語の先生は俺の後ろのロボットに気が付いたようで、にっこり笑ってそのロボットを教室に招いてクラスメイトに紹介を始めた。

どうやらこのロボットは転校生らしく、みんなロボットが転校してきたことに対して凄く驚いていた。

俺もロボットがもともと居たわけではなく、転校生だったんだという点で驚愕していた。


その後ロボットが席に着いてから国語の授業は円滑に進んで、何事もなかったかのように終了した。

俺は授業が終わるとともに、ロボットに話しかけようと席を立ったが、そこには既にクラスメイトの人溜まりができていて近づけなかった。

「やっぱ皆気になるよな~」

「まぁ転校生だしね」

「いや、ロボットだからだろ」

俺が人溜まりを立って見ていると、俺に話しかけてくる物好きが二人。

先に話しかけてきた男子が山田 茂部で、もう一人の女子は広田 音だ。

「ねぇねぇ月島君」

「ん?」

俺は人溜まりの方を向いたまま返す。

「一緒に来たように見えたけどあのロボットさんって知り合いなの?」

「いや、知り合いじゃないよ。今朝たまたま会っただけで」

「へ~、そうなんだ」

俺がロボットを諦めて視線を戻すと、何故か広田は興味を無くした様な顔をしていた。

「ところでよ優、何が原因で遅刻してきたんだよ、今までお前遅刻してきたことなんてないだろ?」

「まだ入学して半年なんだから、遅刻の1回や2回くらいあるだろ」

「まぁな~、じゃぁ只の寝坊なのか?」

「まぁそんなとこだよ」

曲がり角でビームが俺の体を弾き飛ばして気絶したせいで遅刻した、なんて絶対に信じてもらえないだろうし、言わないことにした。

「へ~、月島君も寝坊ってするんだね」

「寝坊ってそんなに珍しいもんでも無くない?」

「そうか? 俺は人生で1回もしたことないけどな」

「私も」

「それはお前らが偉すぎるんだよ」

俺が素直にほめると、顔を赤らめてあからさまに照れる2人。

こういう2人の素直なところが俺は大好きだ。

「よしお前ら席に着け~」

そんなこんなで3人で話していると、2限目の先生が教室に入ってきてクラスの皆は散り散りに自分の席へと戻っていく。

授業が始まりチラッとロボットの方を見ると、保健室で初めて見た時と同じように目を瞑って寝ていた。

質問攻めで疲れたのだろうか。

俺は今日は話しかけるのは止めておこうと心に誓ったが、しかし結局、1日中クラスメイト達のロボットへの質問攻めは止むことはなかった。

やっぱりロボットが転校してきたら興味沸くよな~。

俺も話したいし。

でも、少しだけロボットが可愛そうだなと思いました。


放課後、ホームルームが終わってから山田と広田は部活に向かい、特に何の部活にも入っていない俺は真っすぐ家へと帰っていた。

その帰り道、当然今朝のビーム事件が起きた場所に辿り着く。

そこで俺がぶつかった壁を見ると、亀裂が入っていて今にも崩れそうになっていた。

ほんとよく今俺生きてるな。

俺は自分の体の頑丈さに驚きながら、再び家へと向かう足を動かし始めた。

するとその時、足に何かがぶつかる感触があったので下を向くと、そこには小さな白衣を着た女の子が目を回して倒れていた。

今、俺が蹴とばしたのか……!?

俺は、女の子の肩を軽く叩いて意識を確認するが、返事はない。

呼吸は明らかにしているので、気絶しているだけなのだろうか。

俺は、一応救急車を呼ぼうと思いスマホを取り出す。

するとその時、俺の体が何者かによって弾き飛ばされた。

10m位飛んだ俺は顔を上げて勢いよくぶつかってきた何者かの姿を確認する。

そこにいたのは、あのロボットだった。

「ハカセ、ハカセ」

そう言いながら女の子の肩を両手でつかんで大きく体を揺らしている。

俺は、体を動かすことができずその様子を見ていることしかできない。

その中で思う、あの揺らし方は危なくないか……。

「おーい、揺らし方考えてー」

今出せる声を振り絞って叫んだのだが、どうやら届いて無いようで、止める気配がない。

俺がもう一度声を出そうと大きく息を吸う。

その直後。

ロボットの目が青白くひかり始めたのだ。

何が起きるのか、俺は吸った息を吐くこともできずにその様子を見守る。

そうして次の瞬間、ロボットの目から青いビームが出て、女の子と俺を包んだ。

あ、死んだな。

そう思ったが、体に異変はない。

それどころか、みるみる内に体の痛みが取れていく。

気付けば、俺の体はピンピンしていて、むしろ以前より軽くなった気がする。

そして女の子の方を見ると、ロボットに肩を両手でつかまれた状態で暴れていた。

それに気づいたロボットは、ゆっくりと女の子を地面に下ろした。

「よくやったひかりよ!」

そういいながら女の子がロボットの頭を背伸びして撫でている。

俺はそれをほっこりした表情で見つめるが、突如女の子がこっちを振り向いて指さして言った。

「そしてきさまはゆるさん!」

そういいながら女の子はロボットの制服を少しだけめくって、謎の赤いボタンを押した。

その瞬間。

ロボットの目が赤くなったかと思うと、俺の方へと赤色のビームが発射され、俺の体は宙へ浮いた。


それから数時間後。

俺が目を覚ますと、俺の体は壁にもたれかかっていて、隣にはロボットが座っていた。

「お! めをさましたかだいあくとう」

ロボットの方から先程の女の子の声が聞こえてきた。

「大悪党は言いすぎじゃない?」

俺がそう言い返すも、どうやらこちらの声は聞こえてないらしく、ただ一方的に喋られる。

「そのろぼっと、おぬしのいえにもってかえってくれんか」

はい?

俺の顔面は疑問符だらけだ。

「そのからだはほんたいじゃなくてただのあやつりにんぎょうなんだよ」

「はい」

「でね? あたらしいにんぎょうのめんてなんすがおわったから、あしたからはそれでいくから」

「うん」

「でもそのにんぎょうもじしんさくだったから」

「なるほど」

「もってかえってほかんしといてくれ」

「何でだよ!!」

俺が叫んで前を向くと、部活帰りの人たちがちらほら。

どうせ女の子にこちらの声は聞こえていない。

ここで何を言っても無駄だと思い、俺はロボットを無視して家へと向かう。

するとどういうことだろうか。

家に着くと、俺の後ろにロボットが……。

「何でだよ!!」

「マア、グウゼンデスネ」

「絶対偶然じゃないだろ!」

「ア、タマタマデスネ」

「たまたまでもないだろ」

俺がため息をついていると、急にロボットの光がなくなって俺の方に倒れてきた。

俺は態勢を崩しそうになったが何とか堪えて受け止める。

このまま玄関前にいるのも、ロボットをそこらへんに投げ捨てるのも気が引ける。

「はぁぁぁぁぁぁ」

俺はもう一度大きくため息をつき、家の中へ持って上がると、家族の人間にばれないように自分の部屋のクローゼットへと押し込んだのであった。



















2.ロボットのごはん事情

8:00翌朝。

昨日のこともありいつもより早めに起きた俺は、歯を磨いて顔を洗い、ゆっくりご飯を食べた後、身支度を整えて家を出る。

今日は天気も良く、良い一日になりそうだ。

そんなこんなで通学路を歩くこと数分。

学校が見えてきて、ちらほら同じ制服を着た人が見え始めるくらい。

その中に紛れて2人、目立つ人間が見えた。

それは、昨日の白衣を着た女の子と、その女の子に両手を持ってもらって、低めの姿勢で一歩一歩慎重に前に進んでいる女子生徒の姿だ。

周りの人も少し不審そうな目を向けているが、俺から見れば少し微笑ましいい姿ではあった。

あの女子生徒、昨日女の子が言っていた新しい人形だろうか。

一見、普通の女子生徒にしか見えないが……。

俺は話しかけようかどうか、数秒悩んだ末話しかけないことに決めた。

昨日殺されかけたし、正直あの2人組は得体が知れないから怖い。

俺は周りに紛れてその2人の横をスッと通ろうとする。

するとその瞬間。

俺の左足が急に重くなり、俺はバランスを崩してコケてしまった。

俺は周りに人がいる恥ずかしさで、すぐに体を起こしてその重さの正体を確かめる。

するとそこには、俺の太ももに抱きついて勝ち誇った顔をしている女の子がいた。

「おい、危ないだろ!」

「ふっふん」

誇らしげな顔をしている女の子を俺が少し大きい声で叱ると、女の子は俺の太ももから離れて立ち上がり、一つ咳払いして―――泣き始めた。

「うわぁあぁぁぁあぁぁあぁん」

「ちょ、おい」

俺が周りの視線を一身に受け、あたふたしていると女の子は続けた。

「このおじちゃんが、ふたりをいじめるのぉぉおぉぉ」

2人……?

するとその場の全員の視線が、支えを失って両足を地面につけて座る女子生徒の方へと向いた。

「ちょ、おい」

これはまずいことになった。

いや、これ以上泣かれると取り返しのつかないことになる……!

俺は女の子を脇に抱え、倒れている女子生徒の手を掴んで立ち上がらせた後、家の方角に向かって思いっきり走り出す。

とにかく大事になる前にあの場を抜けたかったからか、気付けば自分でもびっくりする程のスピードで走っていた。

「おーおー。はやーい」

左脇に抱えた女の子が呑気にそんなことを言っているがツッコむ気にもならない。

俺は通学路脇にある公園を見つけると、そこに人がいないことを確認して公園へ入り、女の子と女子生徒の左腕を……!?

俺は自分の右手に持っているものを見て立ち尽くす。

するとそんな俺を見て女の子が一言。

「ありゃりゃ、うでもげちゃったか」

その一言で俺は膝から崩れ落ちる。

そんな俺を追撃するかのように女の子が続けて話始める。

「じゃあかえるから。あのこのことよろしくたのむよ」

そう言い放った直後に女の子は俺の前から颯爽と居なくなってしまった。

というより、なんか足の裏から小さめの車輪みたいなの出てた気がするんだが……。

俺は少しの間だけ、何もかもがどうでもよくなってボーっとしていた。


10分後。

俺の中で色々と諦めがつき、こうなったらとことんあの2人に付き合う覚悟を決めて通学路に戻った。

とにかく今は片腕を無くしたロボットを見つけなければ。

俺は通学路を小走りで走る。

すると、さっき俺が2人を無理やり連れ去ろうとした現場付近で、一人の女子生徒が道端で座っているのを見つけた。

「はぁ……はぁ。すまん」

俺はそう言って右手に持っていた腕をその女子生徒に渡す。

するとその腕に気が付いたのか、女子生徒は顔を上げて俺を見つめる。

……。無言の時間が続く。

「ど、どうした? これお前の腕だろ」

俺がそう聞くと少し間を開けて小さく頷いて立ち上がった後、女子生徒は俺の右手に持っている腕を取り、自分の左肩関節に当てがった。

するとその箇所がひかりだし、目を開けた時には既に腕は元通り。

そしてその瞬間、力が抜けた様に俺の方へ倒れ込んできた。

「ど、どうしたんだ?」

その時俺は、朝見た光景を思い出す。

「お前、自分で歩けないのか……」

俺がそう聞くと、女子生徒は俺の肩を手で掴み支えにして自立して言った。

「うん……ごめん」

昨日とは打って変わって片言ではない喋りにびっくりして腰を抜かしそうになったが、今俺が倒れたら不味いので何とか耐える。

にしても、本当に人間そっくりにできてるな。

こんなこと言うとキモイかもしれないが、髪の感触、匂い、肌の質感も、全てが人間に近い。

そんなことを考えた俺は少しだけドキッとしたが、それを隠すように話始める。

「まぁ、なんだ……とりあえず学校行くか」

「うん」

俺はその返答を聞いてから、少しずつ、ゆっくり歩き始めた。

どうせ遅刻は確定だ。どうでもいい。

どの道中、少しだけお互いのことを話した。

正直、何でロボットが学校に? とかも聞きたかったが、そこは我慢した。

何か深い事情があったとして、俺にどうこうできる問題じゃ無いだろうし。

とにかく、分かったことはこの女子生徒の名前は芽柄 ひかりであるということだけ。

本名かどうかも分からない。

だが、どうしてか俺は少しだけ満足していた。


それからしばらくして、ようやく学校に到着した俺たちが教室に入ると既に1限目は終了し、休憩時間に入っていた。

俺は静かに教室の後ろ側から入り、陽を席に座らせる。

「ありがとう」

俺が自分の席に戻るとき、小さくそう聞こえた気がした。

俺がそれに満足して自分の席に着くと、山田が飛んできて話しかけてきた。

「おい優、お前今日も遅刻かよ。また寝坊か?」

「あぁ、そんなとこだよ」

「あんま遅刻しすぎると怖いぜ? 今日だって先生かなり怒ってたしな」

「マジか。でもまぁ大丈夫だろ、あの先生あんまり怖くないし」

「お前、すげぇな。昨日あれだけ怒られたのに」

「そうでもなくないか? 俺の後で陽が来てくれたおかげで、怒りもすぐどっかいってたっぽいし」

「う~ん、お前やっぱすげぇわ……って陽? 陽って芽柄さんのことか?」

何故か山田は目を細めてニヤニヤしながら俺の方を見ている。

「なんだよ気持ち悪いな」

「いや~、名前で呼び合う仲だったとはね~」

その言葉を聞いた瞬間、山田がなにを言いたいのか理解した。

「あのな、お前も昨日見ただろ? あいつロボットだぞ。それに名前で呼ぶのだって名前の方が呼びやすいからだ」

俺が少し早口目にそう喋ると、山田は少し引いて返した。

「ま、まぁでもよ……ロボットって言ったって中身は女の子だろ? しかもなんか昨日と違って人っぽい見た目になってるしよ、恋心が芽生えたって俺はおかしく無いと思うけどな」

山田のその言葉でさっきまでの陽の感覚を思い出す。

……いや、いかん。あいつはあくまでもロボットなんだ。

俺はほんの少しの胸の高鳴りを抑えて返した。

「女の子である以前にロボットだ。恋心なんて芽生えねぇよ」

「そうか……そんなもんか。ま、お前が恋愛してる様子なんて想像もつかねぇしな」

笑顔でそう言い残して自分の席に戻っていく山田。

時計を見ればもうすぐで2限目が始まる時間になっている。

俺は教科書等の勉強道具を机の上に出しながら考える。

ロボットって昼飯食べるのか?


4限目も終わり昼休み。

俺はいつも通り購買に足を急がせる。

この学校、ほとんどの生徒がお弁当を持参してくるのだが、一部の体育会系やまして教師陣までもが購買でこぞってパンを買っていくため急がないと売り切れてしまうのだ。

それに、陽がお昼に何を食べているかが気になって仕方がない。

俺が売店に着くと、そこには案の定フライング気味で出てきた教師陣がいたが、俺は近くにあるパンを適当に手に取り、教師の合間を縫って会計をし、自分の教室に急いだ。

最近走りすぎているなと、そこで初めて感じた。

教室に戻ると、皆それぞれにお弁当屋やパンを食べていた。

俺は自分の席に戻るまでに教室を見渡したが、そこに陽の姿はなく、そんな俺をからかいに来た山田いわく、俺が購買にダッシュしに行った直後、陽も教室を出て行ったらしい。

なんだ、残念。

俺は諦めて、いつもパンを食べる場所へと移動する。

そこは、体育館横にある通路奥の少し階段になっている部分である。

そこは風通しもよく、揺れる木々やきれいに整備された花壇を見ると凄く落ち着く。

俺はその階段の2段目に座ってパンを食べ始める。

まさか適当にとったパンがチョココロネとは思わなかった。

どうやって食べるのが正解なんだこの食べ物は。

そうして俺が悪戦苦闘しながらチョココロネを食べていると、近くから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「どう? おいしい?」

「いえ、味覚無いので」

「いや、おかしいみかくきのうはつけたはず……ちょっとくちみせて」

「はい」

俺はばれないように校舎に体を隠しながらその様子を見守る。

「あ、したつけわすれてるじゃん」

「え? 本当ですか?」

なんて会話を学校でしているんだ奴らは。

俺はそんな奴らを無視して、チョココロネと戦う覚悟を決め元居た場所に戻ろうとする。

その時。

「そこにいるのはだれ!」

俺に向けて言っているであろうその声の方向を向くと、何故か陽の首の一部が蓋に様にパカっと開いて、ボタンがいくつか見えた。

嫌な予感がする。

「ちょっと、待って! 俺だよ!」

俺は声を張り上げて知り合いであることを意思表示したのだがもう手遅れ。

バカ博士は首の赤いボタンを押し、それと同時に陽の両目が赤く光り次の瞬間。

俺の体は宙に浮いていた。


目を覚ますとそこは見覚えのある天井。

……また保健室だ。

「あ、起きた?」

声の方向を向くと、そこには小さい手のひらサイズのガソリン携行缶に、刺さったストローを咥えている陽が丸椅子に座っていた。

「ねぇ、それ何飲んでんの?」

「これ? 飲んでみる?」

そう言ってガソリン携行缶を俺に突き出してきた陽。

「いや、いいです」

俺は両手で陽の手を押した。

「そう……あ、そうだこれ」

そういいながら陽は、膝の上から食べかけのチョココロネを俺に渡してきた。

「え、なにこれ……」

「それ、貴方のでしょ? 気絶した貴方の体に落ちてたから持ってきたんだけど」

俺はそのチョココロネを見て頭を抱える。

俺は……チョココロネにすら負けるのか。

「ところで、今放課後なんだけど、帰るの手伝ってくれない?」

俺が一人で頭を抱えていると、陽はそう俺に言ってきた。

「まだ一人で歩けないの?」

「だいぶ慣れてはきたけど、家までは難しそうだから……ダメ?」

首をかしげて聞いてくる陽。

そんな目で見ないでくれ……!

「ぐぬぬ、はぁ。よし」

俺は諦めて立ち上がり、陽と並んで家へと帰り始めた。


陽に肩を貸しながら歩き続けることしばらく。

古風な一軒家の前で陽が歩みを止めたので、それに合わせて俺も止まる。

「ここか?」

「うん。ここが私の家……というより博士の家」

「へーあのバカ博士、大きい家に住んでるんだな」

俺がそう感想を漏らすと「バカって言うな」と頭を叩かれてしまう。

死ぬかと思った。

俺が頭を押さえてうずくまっていると、陽は1人で歩き出し玄関前で振り返って言った。

「上がってく?」

首をかしげてそう聞いてくる陽だが、当の俺は頭及び首が痛すぎて返事ができない。

そうしてしばらく俺が質問に答えられずにいると、陽の前の玄関がガチャリと開いた。

俺がその音に反応して顔を上げると、そこから出てきたのは、ハーフパンツとTシャツの上から白衣を身にまとい、煙草を口に咥えた20歳後半くらいのお姉さんだった。

「お、帰ってこれたのか偉いなぁ」

そんなお姉さんは俺に気づいていないのか、嬉しそうに顔をほころばせて陽をギュッと抱き締め始めた。

「い、いや違くて博士」

「ん? 何が違うんだ?」

「あそこ」

博士と、そう呼ばれていたお姉さんは陽が指をさした俺に気が付く。

「やべっ」

直後、何故か陽を放置して家の中へと戻っていってしまう博士。

一体どうしたのだろうか。

俺の顔がそんなに気持ち悪かったのだろうか。

まぁしかしそんなことは置いておいて、頭と首の痛みもだいぶ取れてきたので俺は立ち上がって陽に話しかける。

「じゃ、俺帰るから」

「いや、ちょっと待って」

俺が帰ろうとすると、何故か陽が止めてくる。

それに驚いて歩くのを止めた次の瞬間。

玄関から勢いよく例の小型博士が飛び出してきた。

「うおぉ!」

勢いそのままに俺を地面に叩きつけた後、とてつもない子供とは思えない腕力で俺を家へと連れ込んでいく。

地面に叩きつけられた反動で体が動かせなかった俺は、されるがままに家に連れ込まれたのであった。


家の中を引きずられて俺が連れてこられたのは、リビングの様な場所のソファの上だった。

途中、散らかった部屋や工具が投げ出された部屋が見えたが、リビングはそんなことはなく綺麗に整理されていた。

ソファに投げられた俺は、態勢を整えて改めて周りを見渡す。

テレビに木製のローテーブル、本棚に観葉植物etc.と古風な外見とは真反対におしゃれな洋風な内装。

そしてその中に不自然に佇んでいるメイド服の人……いや、ロボットだろうか。

俺はソファの上からそのメイド服のロボットを見つめる。

するとそのメイド服のロボットは、正面を向いていた顔を俺の方に向けて一言。

「いらっしゃいませ」

それだけ言って動かなくなってしまった。

しかし俺、は急に話しかけられたことと、ずっと見つめてくるメイド服のロボットに動揺してしまって声も出ない。

そうしてしばらくの間メイド服のロボットと見つめ合っていると、リビングの入口の扉が開いた。

俺がハッとしてその方向を見ると、そこにいたのは大きめのブラウン管テレビを抱えた小型博士だった。

そして俺がそれに気が付いた瞬間、ブラウン管が緑色に点滅し始め、しばらく点滅した後顔文字のような、にっこりした表情が映し出された。

そしてそのブラウン管テレビから俺に向けて言葉が発せられる。

「すまないね、手荒な歓迎で」

その声は落ち着いた低めの女性の声で一瞬誰だか分からなかったが、きっと玄関前で見たお姉さん博士だろう。

俺はその声にドキッとして言葉を返せずにいると、煙草を吸う音だろうか、ス~ッという音がしてしばらくした後、再びブラウン管テレビから声が発せられた。

「え、これ聞こえてる?」

その発言に少しクスッと笑ってリラックスできた俺は、返事をしようと息を吸う。

するとその瞬間、ブラウン管テレビとリビングの扉の外からガシャン、ボコンというとんでもなく大きい物音が聞こえてきた。

その音はしばらくしてから止んだが、何が起きたのかが気になった俺は、リビングの外に出ようとソファから立ち上がる。

直後、俺は後ろから何者かに抱き着かれて動きを拘束されてしまう。

「え、誰!?」

心底びっくりした俺が叫ぶと、後ろの何者かは俺の耳元で囁き始めた。

「私が行くので、お客様はここでお待ちください」

背中に当たる大きな膨らみと囁き声で完全にノックアウトされた俺は膝からソファに倒れこむ。

そして後ろにいた人物を確認しようと顔を上げると、そこにいたのは先程見つめあっていたメイド服のロボットだった。


メイド服のロボットがリビングを出て行ってしばらく、俺が下半身の疼きを抑えつつリビングの扉を見ていると、そこからひょっこりと顔を出す陽の姿が見えた。

「ねぇ、おなかすいた」

「知らねぇよ」

俺が冷たく返すと、陽は俺のそばまで来て目線を合わせてもう一度。

「おなかすいた」

「だから、知らねぇよ」

そのまま目を合わせて動かない陽。

俺にご飯でも作れというのだろうか。

直後、俺の脳裏を今日の昼の出来事がよぎる。

「え、俺に料理作ってほしいの?」

俺がそう聞くと小さく頷く陽。

「じゃあガソリン飲む?」

小さく頷いた陽に返すようにそう聞くと、陽は立ち上がり「飲むかぁ!」と言って俺の頭を手のひらで叩いた。

俺は薄れゆく意識を何とか保ちつつ、『あ、やっぱり中の人はガソリン飲まないんだ……』と思いながら、こいつの前でボケるのは辞めようと誓うのだった。

そんな中、リビングの扉の方から物音が聞こえたのでゆっくりと顔だけ上げて確認すると、そこにはメイド服のロボットとそれに担がれたボロボロなお姉さん博士だった。

そしてそのままメイド服のロボットは俺の寝転がっているソファに近づいてきて一言。

「邪魔ですお客様」

その剣幕に俺は恐怖を覚え、メイド服のロボットに逆らうのは辞めようと誓い、素早くソファから離れる。

その後、メイド服のロボットはお姉さん博士をソファにゆっくりと仰向けに寝かすと、そのままキッチンの方へ歩いて行って、氷嚢を用意してからお姉さん博士の額にのせて、床に膝立ちの状態でお姉さん博士を見守る。

続く沈黙。

俺はその様子を終始見届けた後、自分の家に帰る決意を固めて、ソロソロと気が付かれない様に扉の方へと歩き始める。

これ以上この家にいると、俺の体が持たないと判断したからだ。

するとしばらくして、意外と気付かれないもので扉目前まで来ることができた。

ここまでくればもう大丈夫だろう。

そう考えた俺は最後に3人の姿を見て帰ろうと思い立ち、振り返ってしまう。

するとそこには俺の方を向いた3人の姿があり、お姉さん博士は手にリモコンのような物を持っていた。

嫌な予感がした俺は颯爽とリビングを後にしようとしたが手遅れで、隣に居た停止していたはずの小型博士に服の襟を掴まれて床に倒れてしまった。

しばらくその状態で動けなかった俺が次に目を開けると、俺の顔を陽が覗き込むようにして見ていた。

「俺にも氷嚢を……」

俺がわざと掠れた声でそういうと、陽からは次のような言葉が出てきた。

「おなかすいた」


それから30分後、俺はキッチンに立ち料理を作っている。

といっても、簡単なものしか作れないため、冷蔵庫にあった卵とご飯、ウインナーとケチャップを使って作ったオムライスのみだ。

「すまないな、月島優」

そんな俺の背中に、本当に申し訳なさそうな声音で話しかけてくるお姉さん博士。

「いつもは私が作っているんだが……この体じゃ作れそうもない」

「大丈夫ですよ博士。工具が上から落ちてきたんじゃ仕方がないですよ。ね? お客様」

「何でお前が返事してんだよ!」

俺が返事をしようとするとメイド服のロボットが食い気味に返す。

それにツッコむ俺。

そんなことを30分も繰り返している。

そんな状況が嫌になった俺は自分から話しかけてみるという勇気の選択を試みる。

「あの、ところでメイド服のロボットは料理作れないんですか?」

しばらくの沈黙。

するとその沈黙を破るようにお姉さん博士が笑い始めた。

「あっはは」

何故笑うのか分からない俺は、お姉さん博士の方を向いて首をかしげる。

「あーおもしろ。そうだったね君はこの家のことを何にも知らないんだったね……ククッ」

この家に来てからトラブル続きなのに、何かを知れる分けがない。

俺は笑っているお姉さん博士を薄目で見る。

そんな俺の視界にメイド服のロボットが映りこんだので目を開けて少し目線を上げる。

するとメイド服のロボットは俺の手を持って自分の胸に押し付けて一言。

「私はロボットでは無く人間です。これで分かりますよね?」

もみもみ。

俺の手をもって無理やり旨を揉ませてくるメイドさん(?)

不本意ではなくもないし、ロボットじゃないわけでもなくもなくも……。

俺の貞操思考回路は完全にショートし、何も考えれなくなる。

するとその時、俺とメイドさんの手を、別人の手が話した。

その瞬間、俺の貞操思考回路は冷静さを取り戻し、俺は再び目を開いて前を向く。

するとそこには、メイドさんの前に陽が立っていた。

「はぁ、助けてくれてありがとう」

俺は盟友さながらの熱い握手を交わそうと手を伸ばす。

すると陽は何故か俺の手首を掴んで自分の胸に押し付けて一言。

「どう? あのビッチメイドとどっちが柔らかい?」

その直後、俺の貞操思考回路は完全にショートし、俺は意識を失ってしまった。


俺が目を覚ますと、俺はソファで横になっていた。

目の前ではダイニングテーブルで何か書き物をしているメイドさんと、肘をついてその様子を見守るお姉さん博士の姿があった。

静かなリビング、でも不思議と今はその環境が一番落ち着いた。

俺はしばらくその様子を見ていたのだが、ふとお姉さん博士と目が合ってしまう。

その瞬間、お姉さん博士は体をビクッとさせて椅子の後ろに隠れてしまった。

丸見えなのは置いておいて、玄関前でも俺から逃げるようにしたのはどうしてだろうか。

やっぱり俺の顔が気持ち悪いのかな……。

俺が静かに肩を落としていると、メイドさんが口を開いた。

「安心してください。別にお客様のお顔が気持ち悪くて吐き気がするから隠れているわけではありませんよ」

それを聞いて俺も体をビクッとさせてソファの後ろに隠れる。

こえぇよ、あのメイドさん。

だって俺の考えを読むどころか1言余計な悪口混ざってたもん。

俺はソファから顔を少しだけ覗かせてお姉さん博士とメイドさんのちょうど間位の場所を見つめる。

すると、お姉さん博士は、ばつが悪くなったのか椅子に座りなおし、俺の方を向いて話始めた。

「すまないね。君は悪くないのに、避けてしまって……」

そんなことを言うお姉さん博士の暗い表情を見て、俺は過去に何かあったのだろうかと考えてしまうが、すぐにそんな考えを振り払って返した。

「いえ、気にしないでください。避けられるのは慣れてますから!」

俺は、出せる精一杯の笑顔で返した。

そんな俺を見て、お姉さん博士は小さく笑い、メイドさんはプルプルと声を我慢して笑っていた。

あのメイド、人が傷つく方法を熟知してやがる……。

俺のメイド恐怖症はさらに重くなったが、笑ってくれたならそれでいい。

俺は改めてソファに座りなおす。

「あ、そういえば君が作ってくれたオムライス、頂いたよ」

そういえばそんなものを作っていた記憶がある気がする。

「いえ、途中から作ってませんし」

確か、卵をフライパンにのせて気絶した気がするが、丸焦げになってなかっただろうか。

「ほら、君の分だよ」

そう言われてから俺は、ダイニングテーブルに置いてあるオムライスに気が付く。

俺はソファから立ち上がり、オムライスを確認する。

そこにあったのは、オムライスではなくラップに包まれたダークマターだった。

下の赤いご飯も相まって宇宙の誕生を感じさせるッ……。

俺はそのオムライスを涙を流しながら受け取り、ソファで食べ進める。

味はあまり感じなかったが、別に食べれない程のものではなかったので、数分後無事完食することができた。

「おー、よく食べきれたね」

俺が食べきって満足していると、お姉さん博士がそう感想を漏らした。

「え?」

俺はその感想を聞いてキョトンとしてしまう。

俺が作ったんだから完食するのは当然だろうと思うのだが……。

「あのオムライス作ったの、君じゃなくて朱里ちゃんだから」

それを聞いた俺は、左に傾けていた首を右へと傾けて考える。

朱里……? 誰……?

そんな感じで俺が、朱里という名前の人物を、脳内人物メモリーから必死に引っ張り出そうと思慮していると、突如お姉さん博士の笑い声が聞こえてきた。

「っはっはは、そうか、君はまだこの家に住んでいる人間のことを何も知らないんだったか」

「確かに!」

それは俺も盲点だった。

言われてみれば、お姉さん博士の名前も、メイドの名前も何にも知らないや!

今日1日で結構ひどい目に合っているから、俺自身少し馴染んでしまっていたのも要因の一つかもしれない。

お姉さん博士がコホンと小さく咳払いしたので、それに合わせて俺はソファに再び腰を掛ける。

「えーっと、じゃあまず私とこのメイドの自己紹介から始めようか」

「はい、お願いします」

俺の相槌の後、お姉さん博士とメイドは椅子から立ち上がって、ソファに座る俺の前へと出て来てそれぞれが何故か、1周回った後振付を入れながら自己紹介を始める。

「機械にシーケンサ、人工知能にプログラム、何でもござれの天才エンジニアとは私のこと、その名も! 葉月 彩乃」

「清楚可憐な美少女メイド、その名も花桜 猫」

「だ!」「だにゃん」

それぞれの決めポーズのまま静止する2人を前に、俺は拍手をせざるを得なかった。

未だかつて、自己紹介にこんなにも全力にも慣れた大人がいただろうか。

俺は感動のあまり目頭に滲んできた涙を、親指と人差し指で押さえて俯く。

すると、そんな俺を見て少し恥ずかしくなったのか、彩乃さんが俺の頭を「おい」と言いながら優しくペシッと叩いた後に続ける。

「そしてもう一人、うちの2階で引きこもってるのが南雲 朱里っていう女の子だ」

優しい声音になった彩乃さんはリビングの扉の方を見る。

それに合わせるように、俺も視線を扉の方に向けると、何か黒い影が少し見えただけですぐにどこかに行ってしまった。

「なるほど……もしかしてですけど、その朱里っていう女の子が陽を操っているんですか?」

「お、察しがいいね」

「まぁ、前に1度そんな風なことを小さい博士が言っていたので」

「そう、そして何を隠そう私こそが、その小さい博士を操っていた張本人なのです!」

胸をドンと張って威張るように言い放つ彩乃さん。

「まぁ、それに関しては大体察しは付いてましたけどね」

分身にまで白衣を着させていたら嫌にでも分かる。

それを聞いた彩乃さんは「えぇ」と言って膝から崩れ落ちてしまった。

「小さい女の子をこんな大の大人が操ってたら、ギャップで分からないと思ったのに……」

「服装見たら大体わかりますよ……」

「そうか、盲点だった」

まじかこの人。

「だから言ったじゃないですか博士、小さい女の子にはメイド服ですって」

崩れ落ちた彩乃さんの肩に手をのせて花桜さんはそう言う。

「いや、それお前の趣味全開だろ」

「そうですよ?」

「そうなのかよ」

流れでツッコんでしまった俺を花桜さんは睨んで口を開いた。

「じゃあお客様はどんな服が女の子に似合うと思うんですか?」

花桜さんのその質問に呼応するように、彩乃さんは姿勢を整えて合わせてくる。

「確かに、現役の男の子に聞くのは1番参考になるな!」

鼻息荒く俺の答えを待つ彩乃さん。

というか、確かにこの人たちからしたら男の子かもしれないが、俺だってまぁまぁいい歳だ。

仮に小さい博士に発情したら即OUTなんだが。

しかし、まぁ何故か期待されているのでまじめに考える。

しばらく考えた末、俺の限られた服の知識の中から一番好きなものを選んで答えることにした。

「ワ、ワンピースとかですかね」

俺の答えを聞いて、2人はキョトンとした表情になる。

「へ、へー君はワンピースが1番好きなのか……」

「意外と清楚系が好きなんですね」

「意外とってなんだよ」

俺がそう言い返すと、花桜さんは優しく俺の頭をペシッと叩いた。

どうやら俺にツッコまれるのが嫌らしい。

猫みたいな人だ。

というか俺、どんな趣味してると思われてたの?

「ま、まぁそんなことは置いておいて。オムライスの話に戻るが……」

「あぁ、確かそんな話してましたね」

変に脱線して忘れるところだった。

「本当によく食べれたねあのオムライス」

「う~ん、別にそんなに食べられないくらいひどい味じゃなかったんですけどね」

「そうか、じゃあ朱里ちゃんがオムライスに色々入れてた話はよした方がよさそうだな……じゃあ今後の話をしていきたいんだが―――」

「―――いやいやいや、気になるじゃないですか! 一体何が入ってたんですか!」

俺がそう聞くと、二2人は思い出したのかウゲェと、苦虫をかみ潰したような表情になる。

そんなヤバイものが入っていたのか……!?

そんな2人を見た俺は、次第に中に入っていたものを聞くのが怖くなり「もういいです……続けてください」と話の続きを促した。

もう胃の中にある物の心配をしても手遅れだしな。

「じゃ、じゃあ続けていくがいいか?」

彩乃さんは一度唾を飲み込んでから話の続きを始めた。

「実は君に頼みがあるんだ」

? 一体なんだろうか、全く見当もつかない。

俺は彩乃さんに目線だけで続きを促すと、彩乃さんは続ける。

「君には今日から、朱里ちゃんが外に出られる様に手伝いをしてほしいんだ」

「……というと?」

「私はこの通り研究が忙しく、朱里ちゃんの世話を見れないことも多い、陽ちゃんが学校に行くのに半年かかったのも、研究と陽ちゃんの制作を同時進行していたからなんだ」

「は、はぁ。それはなんとなく分かりましたけど、何で朱―――南雲さんが外に出る必要があるんですか? 陽として外に出れるなら問題ないと思うんですけど」

「まぁ、そうなんだが……私もいつまでも面倒を見れるわけじゃないし、それに学校を卒業して社会に出た時も、やっぱり不自由があるだろう? だから今のうちにでも努力はするべきだと思うんだ。私たちも、勿論朱里ちゃんも」

……難しい。

外に出るも出ないも南雲さんが自分で決めることだ。

何が原因でそうなったかは分からないが、結局全てはそこにあると思う。

果たして俺に何かできることがあるのだろうか。

「う~ん」

「頼む! 勿論猫ちゃんも協力するから!」

そう言いながら頭を下げる彩乃さん。

そしてその隣で嫌そうな顔で俺を見る花桜メイド長。

そんなに嫌か俺と組むのが。

「分かりましたよ、顔上げてください。俺にできる限りのことはやってみますよ」

「ほ、本当か? 助かるよ!」

そういいながら俺の両手を彩乃さんの両手が包み込む。

「あれ、男に触れるじゃないですか」

俺がそう言うと、彩乃さんはハッとした様な顔をして頬を朱に染めて言う。

「君だから触れるのかもな」

「なんですかそれ……っぷ」

 そんなことを正面から言われた俺は恥ずかしくなって小さく笑ってしまう。

それで堰が切れたのか、彩乃さんが大きく笑い始めた。

それに合わせて俺も笑いが込み上げてくる。

「「ははははは」」

馬鹿笑いする二人と、それを遠目で引きつった笑いで見つめるメイド。

そして、リビングの扉から姿を現した陽……ん?

俺は陽に気が付いて笑いながらその方向を見る。

目が合う。

そして気が付く。

目が赤く光り始めているのだ。

俺はとっさに笑うのを辞めて回避行動に移る。

しかし時すでに遅し、馬鹿笑いする彩乃さんと緊急回避中の俺を、赤い光が包んだのだった。

2.ロボットの遊び事情

翌朝。

目を覚まして体を起こすと、そこは見慣れない部屋の中。

俺の隣では彩乃さんが変な態勢で倒れている。

はぁ~。

俺はため息を吐きながら、痛む頭を抑えて昨日のことを思い返す。

「……またビームか」

しかし今回受けたビームは体が吹き飛ばされるわけでもなく、周りの家具等も傷ついている形跡はない。

今回のはただ気絶させるだけ……なのか?

一体何種類のビームがあるのだろうか。

なんて考えてもしょうがない、俺はとりあえず隣で気絶している彩乃さんの肩を揺らして目を覚まさせようとする。

「起きてください、彩乃さん」

しかしどれだけ肩を揺らしても彩乃さんは目を覚ます様子はない。

それどころか、さっきまでしていなかったいびきをかき始めて、深い眠りに入ってしまったようだ。

俺はそんな彩乃さんを見て起こすのを諦めて、とりあえずソファに移動させようと試みる。

しかし情けないことに、俺一人の力じゃ無理だと早々に諦めをつけ、そういえばメイドが居たことを思い出し部屋中を探し回る。

が、テレビの裏にも本棚の上にも、キッチン上の戸棚にもどこにも居る様子がない。

う~ん。

俺は顎に手をやって考える。

猫の生きそうな場所……。

そうやって猫が生きそうな場所を考えていると、俺の頭に柔らかい何かが当たる。

モフッ。

俺はそれを手で受け止めて確認すると、いい匂いのする枕だった。

一体誰が、と思った俺が枕の飛んできた方向を見てみると、そこには鋭い眼光で俺をにらむ、頬を膨らませた花桜さんが立っていた。

「一体どこを探しているんですか? 私、猫じゃないんですけど」

猫か描いてある可愛いパジャマ姿の花桜さんは、昨日のメイド服の時と違って全然怖く感じない。

俺はそんな姿を見て、ニヤニヤしてしまう。

口角を上げてニヤニヤする俺はさぞ気持ち悪い顔をしているだろう。

すると、そんな俺を見た花桜さんは、近づいてきて俺の左頬をつねって言った。

「いいですか? 今度私を猫扱いしたら許しませんからね」

グギギと、聞いたことのない音が俺の左頬から発せられる。

「ちょ、痛い、分かった、辞めるから!」

俺がそう言っても声が届いてないのか、無視しているだけなのか、花桜さんは続けて喋る。

「あと、貴方と私は朱里お嬢様をお外に出れるようにするチームになったんです。今日から貴方には私の手となり足となり人形となり動いてもらいますからね!」

その発言で、昨日嫌がっていた俺とのチームを受け入れていることを知り、俺は痛いはずなのに、先程のニヤニヤしていた時よりモ表情がドロッとなる。

「っ、この変態!」

その直後、花桜さんは俺の左頬をつねるのを止めて一歩距離を取ったかと思うと、俺の股間に蹴りを入れてきた。

そのあまりの衝撃と激痛に、俺は股間を押さえて膝から崩れ落ちる。

声も出せないほどの激痛でうずくまっていると、そんな俺を見下ろして花桜さんは、ため息を吐いてから話始める。

「いいですか、今日はせっかくの土曜日、休日です。貴方には朱里お嬢様―――陽さんと一緒に遊びに行ってもらいます」

そんなとんでもない提案にも俺は反論することができない。

俺はせめてもの抵抗で花桜さんの左足首を右手で掴もうとする。

するとその右手に気が付いた花桜さんは左足で払いのけて続ける。

「どこに行くかは決めていないので、貴方がこれから決めてください。あと、一応私も尾行はしますがトラブルでも起きない限り手は貸さないので、居ないものと思ってくださいね」

それを言い終わった後、「では」とだけ言い残して枕を拾い上げどこかへ行ってしまった。

そんな花桜さんの背中を見ながら、俺は声を捻りだして言う。

「きょ、狂猫にゃんめ……」

そんな俺の小さい罵倒もどうやら耳に届いていたらしく、止めの枕が飛んできて顔面に直撃する。

その反動でひっくり返った俺は、壁に掛けてあった時計に気づく。

時間は7:45。

非常に目覚めのいい朝だった。


あの後しばらく放心していた俺だったが、そこにメイド服に着替えた花桜さんが現れて、俺を無理やり風呂に突っ込んだり、どこから持ってきたのか私服に着替えさせたり、髪を整えられたりした後に自分で歯を磨いたりして今日の身支度を整えた。

その後、朝ご飯を食べていったん落ち着いた俺たちは、ダイニングテーブルに座って話をする。

「で、今日俺はどこに行けばいいんですか?」

「それはさっきも言った通り貴方が考えてください? 現代っ子ならデート場所くらい抑えていて当然でしょう?」

当たり前に様に言い切る花桜さん。

アンタも現代っ子だろ……もしかして三十路くらいなのだろうか、そうは見えないけど。

俺は引きつった表情になる。

そんな俺の表情を見て何かを察したのかハッとなる花桜さん。

「そういえば、お金の面は気にしなくて大丈夫ですからね。博士が負担するので」

そう言いながらソファで爆睡中の彩乃さんを見る花桜さん。

それに合わせて俺も彩乃さんを見ると、右手の親指を立てて腕を上げていた。

「あれ、ホントに寝てるんですか?」

「まぁどっちにしても許可は取れたので大丈夫でしょう」

許可、取れたのか……?

俺が疑問符を顔に浮かべていると、花桜さんは「あ、それと」と続ける。

「私、15歳なので別に敬語じゃなくても大丈夫ですよ?」

!?

「年下!?」

身長は俺よりちょっと低いくらいで、ロングヘアの凛と顔つきの……年下!?

「先程現代っ子と私が言ったときに変な顔をしていたので一応」

俺は衝撃のあまり椅子から転げ落ちそうになるが態勢を立て直して考える。

15歳にしてこの落ち着きっぷりは必ず大物になるッ……。

「いえ、これからも敬語で行きます!」

俺が大きい声でそういうと、花桜さんは凄く引きつった笑いを浮かべて返す。

「はぁ、意味わかんないですけど。別に敬語でもいいです」

そういった後、コホンと小さく咳払いをして続けた。

「じゃあまぁとにかく、まずは朱里お嬢様を起こしてきてください」

沈黙。

「ん? 俺が?」

「はい、いつもは私が起こしてるんですけど、今日は貴方にお願いしたいんです。その間に陽さんの身支度の方を済ませておくので」

……。

ジトーと俺を見る花桜さん。

断れない、将来大物になる人には……。

「はい。行ってきます」

俺は諦めて席を立つ。

「あ、部屋の場所は2階に上がってすぐ左にある部屋なので。では、お願いします」

そう言って花桜さんも席を立つと、そそくさとどこかへ行ってしまった。

俺はそれを見届けてから、2階へと向かうのだった。


2階への階段を登りきると、右と左に通路が伸びていた。

俺は花桜さんに言われた通り、左にある部屋の前に立つ。

部屋の扉には『南雲』とかかれた木製のプレートが提げてあり、この部屋だと確信した俺は、扉を3回ノックする。

しかしその後しばらく待ってみても返事がない。

「おーい、朝だぞー」

……。

扉越しに声をかけてみるが、それでも返事はない。

どうしよう……勝手に部屋に入るわけにはいかないしな……。

俺は顎に手を当てて考える。

が、どうも声をかける以外に起こす方法がない。

「おーい。起きてくれー」

今度は扉をノックしながら声をかける。

しかしそれでも返事はなく、それに少しピキっときた俺は、今度は大声で叫んでやろうと、体を反りながら大きく息を吸う。

すぅ~。

そして俺は、俺史上最大の声を出そうと、扉に手をついて体を預けようとした次の瞬間。

急に扉が開いて南雲が出てきたのだ。

それに驚いた俺は、声を出せずに口内に息を溜めて両頬を膨らませる。

そして体を預けるはずだった扉もなくなったので、必然俺は前方向に顔から床に倒れる。

幸いなことに扉は引き戸だったため、南雲は俺が倒れるよりも奥の方に立っていたのでぶつかることはなかった。

俺は床に倒れた衝撃で口内の息をすべて吐き出してしまう。

しかも倒れた衝撃で息もできない。

このままじゃ死ぬ。

そう本能で感じ取った俺は、勢いよく体を起こして鼻から思いっきり息を吸う。

するとどうだろうか、今まで吸ったことのないいい匂いが鼻腔をくすぐった。

「はっ、これが女の子の匂いか……」

どうしてか、脳に酸素が足りていなかったのか、心の中に留まらずそう口だしてしまっていた。

そんな俺の顔面を南雲の右足裏が蹴とばした。

俺は部屋の外に追い出され、目の前で思いっきり扉を閉められてしまった。

……。

しかし、まぁ何とか起こすことはできた。

もし仮に起こせなかったら、花桜さんに何言われるか分からないからな。

俺は呼吸を整えてから、扉越しにまだ起きているであろう南雲に話しかける。

「目覚めの悪い朝で申し訳ないけど、今日これから俺と遊びに行かないか?」

俺がそう声をかけても、返事は返ってこない。

まさか、あまりの俺の気持ち悪さに、2度寝したりしてないよな……。

俺は少し不安になりながら続ける。

「まぁ、行くにしろ行かないにしろ、陽の姿でいいから会いに来てくれないか?」

……。

やはり返事は返ってこない。

俺は諦めて「じゃあ1階のリビングで待ってるから」とだけ言い残して階段を降りるのだった。


1階のリビングに戻ると、花桜さんも、寝ていたはずの彩乃さんも居なくなってガランとしていた。

俺はソファに座って天井を眺めて考える。

そういえば、どこに行くか全く決めてないな……。

俺は天井を眺めながら、手探りでポケットからスマホを取り出し、顔の前に持ってくる。

そして某検索サイトのテキストボックスに『友達と遊びに行くおすすめスポット』と打ち込んで、右にある虫眼鏡のボタンを押す。

すると色々なサイトが出てきて、俺はその中の1番上のサイトを開いてみる。

……。

サーと人差し指で流し読みして、スポット名だけを頭に入れて、どこがいいかをまとめて考えてみる。

『ショッピングセンター』『ゲームセンター』『カラオケ』『映画館』『水族館』『動物園』がいいかもしれない。

他にもいろいろ『遊園地』や『某屋内型複合レジャー施設』等あったが土曜日は人が多そうだし何より動きたくないからやめた。

プラネタリウムは俺には似合わないし、外の楽しさを感じるのに不向きだから論外だ。

そうしてしばらく他のサイトを見たりして時間をつぶしていると、扉の奥の方から会話が聞こえてきた。

何かあったのだろうかと、耳を澄まして会話の内容を聞き取ろうとしてみる。

「見ろ猫ちゃん! この素晴らしいおっぱいを!」

「おぉ、凄いですね博士。特にこの薄いピンク色のちく―――」

―――ガタン!

俺は、鼻の頭にスマホを落として我に返る。

危ない危ない、というかそんな会話大きい声でするなよ……。

俺は痛む鼻を押さえながら、会話を聞かないようにリビングの扉を閉めてから、もう一度ソファに座りなおし、今度は前屈みでスマホを触るのだった。

数十分後。

扉が開いたので俺が顔ごと扉の方を向くと、そこから出てきたのは何故か執事の格好をした彩乃さんだった。

髪は短くまとめてあって、すらっとした体によく似合っていた。

「やぁ月島君おはよう」

わざとなのか、少し低めの声で喋る彩乃さん。

「お、おはようございます……何してるんですか」

「いやぁ、お嬢様を紹介するのにあんな不細工な恰好じゃ、ダメだろう?」

凄くノリノリな彩乃さんに、俺は声を出せないでいると、しばらくしてからもう1人扉の奥からリビングへと入ってきた。

それは、白のワンピースに茶色の短めのカーディガンを羽織り、右の肩にひもの長いショルダーバックを掛けた陽だった。

その姿に俺はソファの上で後ずさりをする。

そんな俺にお構いなしに陽は俺の目の前まで歩いてきて話始める。

「気付いたらこんな格好に着替えさせられてたんだけど」

「お、おう……そうか。似合ってるぞ」

俺は声に出せているのかどうか分からなくなるくらい尻すぼみで返し、目線を陽から床へと移す。

俺はそんな動揺を隠すように、少し陽からは目線をそらしながら続けて返す。

「そ、それでさっきの話だけど、どうする? 行きたくなかったら断ってくれていいんだぞ」

俺がそう聞くと、陽は屈んで、わざわざ俺と目線を合わせながら答える。

「ううん。こんな格好してるし、行く」

そんな仕草に、俺はさらに心臓を撃たれる。

そんな中、陽は上目遣いで俺を見ながら「でも」と続ける。

「迷惑かけちゃうかも知れない……それでもいいの?」

その仕草で心臓に追撃を食らった俺はソファごと後ろに倒れてしまう。

そんな俺を、立ち上がった陽がジト目で見てくる。

こいつ、これ素でやってんのか……!?

俺は自覚なし男キラーに怯え、後ずさりをする。

すると、そんな俺達のやり取りを遠目で見ていた彩乃さんが陽に近づいて話しかけた。

「お嬢様、そんなこと気にしないでください。この男なら全部受け止めてくれますよ!」

右手の親指を立ててグッとしながら左目でウィンクする彩乃さん。

そんな彩乃さんのおかげで、俺は後ずさりを止めて声を出すことができた。

「ちょ、勝手に言わないでくださいよ」

しかし、俺がようやく声を出して反論した次の瞬間、リビングの扉から足音が近づいてきて、3人共その方向に注目する。

すると、そこに姿を現したのは探偵の格好をして首から望遠鏡を掛け、左手に虫眼鏡を持ったどう考えても不自然な花桜さんだった。

完全に尾行する気満々なのが伝わってくる。

そんな花桜さんを見て俺と彩乃さんは絶句していたがそんな中、陽だけは花桜さんに声をかけた。

「猫、どうしたの? そんな格好して」

その声で花桜さんはようやく陽の存在を認識したようで、顔に絶望の2文字を浮かべながら俺の方を見てくる。

いや、知らねぇよ。

俺が首を横に振ると、花桜さんは絶望の顔から怒りの顔に変わる。

こわぁ。

俺は花桜さんから視線を外す。

すると、花桜さんは諦めたのか、ふぅとため息にも近い息を吐いてから言い訳を始めた。

「お嬢様これはですね? コスプレというやつですよ。ほら、そこの博士も執事のコスプレをしているでしょう?」

早口で言い切る花桜さんに少し引いたが、陽はそんなことないようで、手をポンと打ってから「なるほど」と言って納得した様子だ。

そして陽は続けて言う。

「博士も猫ちゃんも似合ってるね」

満面の笑顔だ……眩しすぎる。

そんな太陽のような笑顔の陽に、彩乃さんと花桜さんはハハ~と土下座をしていた。

そんな2人を無視して陽は俺の方を向いて話しかけてくる。

「じゃ、行こうか?」

そんな陽を見て俺は思う。

一昨日と昨日はおとなしい人なんだろうと思っていたが、意外と天然なだけのサディスティックなんだ……! と。


あの後、執事姿の彩乃さんと探偵姿の花桜さんに見届けられて、俺と陽は2人で家を出た。

まぁ、5秒もしない内に花桜さんが玄関から出てくるのが見えたが、陽は気付いていない様子だった。

今、俺達は家から1番近い駅へと向かって歩いている。

歩いて大体10分くらいの距離にあるので、そんなに遠くないはずなのだが、今日は日が照っていて気温が高いのか、体力を凄く消耗する。

そんな中俺は思う。

厚着の探偵姿なんて着ている花桜さんは大丈夫なのだろうかと。

俺は立ち止まらず、陽に気が付かれないように少しだけ後ろを向いて、花桜さんの様子を確認する。

すると、俺から見て左側の電柱で、隠れながらペットボトルの水をがぶ飲みしている花桜さんが居た。

……大丈夫なのか?

俺は視線を戻して、心配事がまた1つ増えたことに心の中で溜息を漏らす。

すると、そうこうしている内に駅前の横断歩道に着いたことに気が付いた。

ちょうど赤信号になったため、俺たちは歩くのを止めて隣に並ぶ。

「ねぇ、いまどこに向かってるの?」

そんな時、ふと陽がそんなことを言った。

そういえば今からどこに行くか陽に話してなかったな。

俺は右に並ぶ陽の方を見て、今から俺たちが向かう場所について話す。

「今から行くのは『束荷つかりアウトレット』っていうショッピングセンターだよ」

「へー、何か欲しいものとかあるの?」

陽は、何でそんなところに行くんだろうという目で俺を見ている。

「たまたま俺の妹の誕生日が近いから、プレゼント選びを陽に手伝ってもらおうと思って」

俺がそう言うと、陽は不思議そうに首を90度に曲げて返す。

「? 何で私に?」

「女の子にあげるプレゼントだから、女の子の気持ちが分かる人に聞いた方が、喜んでもらえるプレゼントが買えそうだなーと思って」

俺がそう答えると、陽は逆方向に首を90度曲げてもう一度返してくる。

「? お兄ちゃんから貰ったプレゼントって、基本何で喜んでくれるんじゃないの?」

陽にそう返されて、俺は過去のプレゼントを思い返してみる。

手紙に絵にガンプラにゲーム等々……不思議と全部微妙な顔をされたのを覚えている。

顎に手をやって思い返し、微妙な顔をして空を見る俺に気が付いたのか、陽は小さく「なるほど」と言って続けた。

「私で良かったら協力する。けど、私もあまり女の子の気持ちって分からないかもしれない」

不安そうな顔で俺を見る陽。

人の妹へのプレゼントに対してどれだけ気負うのだろうか。

俺は少しだけ申し訳なくなって、なるべく優しく返す。

「いや、協力してくれるだけで助かるよ。ありがとう」

それを聞いて陽は少し安心したのか、ホッとした顔になって前を向きなおす。

気付けば横断歩道の信号の赤の点が残り1つになっている。

そしてしばらくの沈黙の後信号は青になり、2人揃って再び駅へと歩き出す。

するとその時、陽が話しかけてくる。

「そういえば、過去に何かプレゼントしたことあるの?」

人混みの中、不思議としっかりと俺の耳に届いた質問に、俺は少し大きめの声で返す。

「言いたくない」

俺がそう返すと、陽はムスッとして頬を少し膨らませて前を向く。

2人になって知ったが、陽は表情豊かで分かりやすい。

そんな陽に合わせるように、俺も前を向いて少し加速した陽に合わせて歩くのだった。


その後、電車に乗って数駅通り過ぎた場所で降りた俺たちは、目的の場所まで歩いていくことにした。

少々距離はあるが、さっき歩いた時とは違って雲が太陽を隠しており、少し涼しかったのでなんてことはなかった。

数十分後。

目的地に着いた俺たちは、いったん休憩するため、ショッピングセンターの真ん中にある大きな木の下のベンチに座って休憩する。

俺は自販機で買ったお茶を飲み、俺の右では陽が燃料をちゅうちゅうストローで飲んでいる。

なんとも不思議な光景だ。

そんな不思議な光景も、人混みの中では誰も気にしない。

俺はそんな陽を見つめるが、飲むのに集中していて俺に気付く気配はない。

そんな中、俺の視界の端で、下は探偵のズボンで上はシャツ1枚だが腰に探偵の上着を巻いている不審な人物が映った。

俺は見る対象を陽からその不審な人物へと移す。

よく見ると、右手には飲み物、左手には買い物袋が提げてあり、満喫している様子だ。

……飲み歩きダメだろ。

俺はなるべく関わらないようにしようと誓い、視線を正面のお店へと移す。

そのお店はDIY等の日曜大工に使う工具や資材を売ってある場所らしく、中には執事姿の……あれ彩乃さんだろ。

俺はその人物を薄目で前のめりになりながら注視する。

髪は短く後ろで結んであり、何よりスタイルがいい。

顔を見なくてもその人物は彩乃さんであることが分かる。

結局、皆来るのかよ。

俺は、俺が来た必要性を感じず、一人で肩を落とす。

するとそんな中、飲み終わったのか陽が俺の肩をトントンと叩いて「行く?」と言う。

俺はそれに頷いて、なるべく例の2人から離れた位置のお店へと、早足で向かうのだった。


その後、2階端のお店に着いた俺たちが色々なお店を見て回ること数店目。

ようやく妹へのプレゼント選びに向いてそうなお店を発見した。

道中。

「なんでこういう所って、枕とか服とかブランドが多いんだろうな」

枕が21万円するのを見た時は目玉が飛び出るかと思った。

「まぁ色んな層の人が来るからね」

「20万円以上の枕がほしい層ってどんな層だよ……」

「う~ん……おじいちゃんとか?」

「おじいちゃんってそんな良い枕で寝てたんだな」

と、そんなことはさておいて、俺たちが足を止めたお店は、女性用の化粧品やアクセサリーからペンやマスキングテープ等小物まで取り揃えてあるお店だ。

俺たちは揃ってそのお店に入り、2人で並んでどれがプレゼントに向いているかを考える。

「まずは化粧品だが……」

「最近の女の子って化粧するの?」

俺が化粧品コーナーの前で悩んでいると、陽がそう話しかけてきた。

何で女の子のお前が分かってないんだよ、と言いそうになったがそういえば中身は引きこもりだったなと思い出し口に出すのを辞める。

「あ、あぁ。最近の女の子って普通に化粧とかしてるぞ」

ほら。と言って俺は周りにいる女の子に目をやる。

すると、それに合わせて陽も周りの女の子を見渡して「すごっ」と小さくそう言う。

「私、化粧ってしたことないから分からないけど……そういえば妹さんって何歳?」

あ、そういえば言ってなかったか。

「今中学2年生の14歳だよ」

「14歳で化粧……!?」

それを聞いて陽は分かりやすく絶句する。

「そうか、化粧したことないんだな」

俺がそう聞くと、陽は少し恥ずかしそうに「うん」と言って俯いてしまう。

そんな陽に、俺は1つ提案を持ちかけてみる。

「じゃあさ……買ってあげるから、今度彩乃さんにでも教えてもらったどうだ?」

俺がそう言うと、陽はキョトンとした顔で俺を見上げて言う。

「でも私、外に出ないし、やっても意味ないんじゃ……」

凄く悲しいことを当然のように言ってのける陽に俺は少し驚いてしまったが、きっかけは大事だと考え続ける。

「少なくとも俺は、自分と会うときに化粧をしてくる女の子が居たら、凄く嬉しいけどな」

だからなんだ、と言われそうだが本心だからかサラッと口にすることができる。

するとどうしてか陽は「ふ~ん」と言いながら化粧品を見初め、少し興味を持ち始めた様子だ。

何の心境の変化化は分からないが、興味を持つのは良いことだ。

しばらく俺は、ジーっと集中して化粧品を眺めている陽を黙って見て思う。

やっぱり女の子なんだな~、と。

そんな中、長くなりそうだなと考えた俺は、その場そっと離れて文房具のコーナーへと足を踏み入れる。

するとそこは魔法の国のようにキラキラして眩しく、前を見て歩けない……というわけもなく、意外と無地のものや、普通にお洒落で便利そうなテープやカレンダー式メモ手帳などがおいてあり、完全な女の子向けというよりは、女性もターゲットにしていそうなものが多く並んでいた。

俺は、中学生の妹が学校でも使いやすそうな物を探す。

意外とお洒落なものの方が良かったりするのか……?

と、そんな感じでしばらく唸りながらプレゼントを探していると、誰かが囁くように俺に話しかけてきた。

「調子はどうですか」

急に囁かれたことに驚いて少しビクッとした俺だったが、声色から直ぐに花桜さんであることを察して、質問に答える。

「良くはないけど、悪くもないと思うよ」

俺が答えながら視線だけ花桜さんの方に向けると、そこには両頬を膨らませた花桜さんが俺を睨んで見てきていた。

「どういう意味ですかそれ。というか、何で陽さんと一緒に居ないんですか?」

「陽は今化粧品見てて、暇だからこっちに……」

俺がそう言うと、花桜さんは呆れたかのように溜息を吐いて返してきた。

「それじゃ意味ないじゃないですか!」

俺は言葉の意味が分からず首をかしげる。

「一緒に見て、悩むから楽しいんじゃないですか!」

店内で大きい声を出せないからか、顔を近づけてきてそう言う花桜さんだったが、どうしても意味が分からない。

「何も知らない俺がいると邪魔になると思うんだけど」

花桜さんは近づけていた顔を戻して、もう一度溜息を吐いて一言。

「いいから戻ってください」

と言ってどこかへ行ってしまった。

分からない……女の子は難しいことが多すぎる。

俺はそう思いつつも、確かに今回の目的からは逸れたことをしていたことに気が付き、反省して化粧品コーナーへと戻った。

化粧品コーナーへ戻ると遠目で、陽が店員の人だろうか、女の人に化粧品の詳しい話を饒舌に話されて、目を回しているのが見えた。

多分だが、悩んでいるところに店員の人が親切に話しかけてくれたんだろう。

目を回しても、途中で止めたりしないあたり、陽の性格の良さが見えた。

俺はそんな陽の元まで行って、店員の人に気づいてないかのように話しかける。

「どうだ? 決まったか?」

すると、店員の人は俺に気が付いたのか「あっ」と言って下にいる陽の方を向き、陽が目を回しているのに気が付いたのか「すみません」と謝罪した。

「い、いえ……せつめい、ありがとう、ございました……」

「……お詫びと言っては何ですが……おすすめのお化粧品をお選びいたしましょうか……?」

店員さんはそう陽に言ったが、どうやら声は届いていない様子だ。

そんな状態の陽に、どうしようとわたわたしている店員さんを見て、俺が質問に答えることにする。

「すみません、俺たち化粧品のこと何も知らないので、陽におすすめのやつ、選んでもらっても良いですか?」

俺がそう返すと、店員さんは目をキラキラと輝かせて、鼻歌交じりに化粧品を選び始めた。

やっぱ好きなんだな~と感心した俺は、陽に「大丈夫か?」と話しかける。

が、やっぱり声が届いていない様子で、目をくるくるとまわして……ってよく見ると、目の奥が少し発光し始めているのが見えた。

俺は嫌な予感がして陽を担ぎ、真っすぐにショッピングセンターの外を目指して走る。

すると少しして、俺の予感通り背中越しでも分かるくらい陽の目が発光していた。

しかし、まだショッピングセンターの外に出れていない。

何なら最初に休憩したショッピングセンター真ん中の木の近くだ。

ここでビームでも出された日には色んな無関係の人が巻き込まれてしまう。

しかし、無慈悲なことに、目の光は今まで俺が見てきた、ビームを発射する時の光と同じくらいの発光していた。

俺はショッピングセンターの外に出るのを諦め、陽を下した後に立たせ、陽の顔が俺の胸の位置に来るように前から抱きしめる。

ショッピングセンターの真ん中近くということもあり、人の目は多いが気にしてはいられない。

次の瞬間。

俺の体は後ろに吹き飛び、陽もまた後ろの方に飛ばされてしまう。

今までにない威力に俺は気を失いそうになるが、空中で何とか意識を保つ。

だが、床に叩きつけられたら間違いなく気を失うだろう。

しかし態勢を立て直せるとも思えない。

俺はなすがままに床に叩きつけられそうになった次の瞬間。

「おっと、危なかったね」

俺の頭は柔らかい何かに包まれ、体ごと支えられる。

俺はゆっくり目を開けると、そこにあったのは大きい膨らみから顔を覗かせる彩乃さんの顔だった。

「う~ん、カッコよかったね~、今の君」

彩乃さんは満足そうにそう言うが、俺は衝撃で声を出すことができないので、ツッコむこともできない。

彩乃さんもそんな俺に気が付いたのか、周りの目も気にせずに俺をお姫様抱っこして、最初のベンチに俺を座らせた。

「じゃ、私は見つかる前に帰るから。後は頑張って!」

そう言いながら、奥に置いてあったとんでもない量の荷物を抱えて、彩乃さんはどこかへ去って行ってしまった。

そんな彩乃さんの後姿をボーっと見ていると、俺の横でドサッといおう音がしたので、その方向を見る。

するとそこには、ふぅと額の汗を拭う花桜さんと、すぅと寝息を立てて寝ている陽が居た。

「ね? これに懲りたらもう陽さんから離れないでくださいね」

俺はまだ声が出せそうにないので、コクコクと首だけで頷く。

するとそんな俺を見て花桜さんは満足したのか、最後に陽の肩を人差し指で軽く俺の方に押して、足早にどこかに行ってしまった。

あまりの速さに見失ってしまった俺が花桜さん探そうときょろきょろしていると、俺の右肩に陽の頭がドサッと乗っかった。

その直後、俺は花桜さんを呪い、陽が目を覚ますまでは動くことが出来ないと、自分の未来を悟るのだった。


それからしばらく。

ショッピングセンターの真ん中のベンチでこんな状態だと、人にジロジロと見られるものだと思っていたが、意外とそうでもなく、というよりもよく見ると周りがカップルや家族連れが多く、誰も俺たちのことなんて見ていなかった。

それに気が付いてからは気軽に陽が目を覚ますのを待っていたが、今日は天気も良く気温も高い。

すなわち、体温が上がってきて熱中症になる可能性があるのだ。

陽はロボットなのでいいが、俺はそうもいかない。

せめて手元に飲み物でもあれば良いのだが……。

俺はめまいのする頭を手で押さえ、何とか耐える。

陽をベンチで1人寝かせて飲み物を買いに行くのが良いのだろうが、さっきのこともある。

誰かが陽に声をかけて、ビームでも打たれた日には大迷惑をかけてしまう。

俺は陽の肩を叩いて目を覚まさせようとするが、どうももうしばらくは起きる気配がない。

あ、もう駄目かもしれない。

俺の体は大きく揺れ、今にも倒れそうになった次の瞬間。

「ちょっと、大丈夫ですか!?」

その声は聞き覚えのある声で……そうだ、化粧品のコーナーで出会った店員さんだ。

俺は薄れゆく意識の中、屈んで心配そうに声をかけてくれている店員さんの肩を掴んで一言。

「み……水を」

直後、俺の意識はなくなった。


……。

ゆっくり目を開けると、そこは見知らぬ天井だった。

俺は上半身を起こして周りを確認する。

「……どこ?」

俺の横で、すーという寝息を立てて寝ている陽以外見たことのない景色。

するとその時、奥にある扉から誰かが入って来た。

「あ、大丈夫ですか?」

少し小走りで近づいてくるのは、先程の店員さんだった。

よく見ると名札を首からぶら下げていて、そこには『楓』と書かれていた。

「大丈夫です……ありがとうございます」

俺は頭を下げてお礼を言う。

その時ふと思う。

ここがどこかは分からないが、1人で俺たちを運んできたのか?

実は怪力娘なのかもしれない。

人は見かけに寄らないなぁ、と1人で感心していると、奥の扉が開いてもう1人部屋に入ってきた。

「お、起きたかボーイ!」

声も体も大きくいい感じに焼けた肌色をしている、『楓』さんと同じ服を身にまとったマッチョ。

名札を見ると『ゴリ』とカタカナで書いてあった。

「あ、どうも……」

近くまで寄って来たマッチョに怯えて小さい声になってしまう。

「ちょっとゴリさん! 暑苦しいんで少し離れてください!」

「あ、すまんすまん」

女性店員に怒られ後ろに下がるマッチョ。

心なしか、少し小さく見え始めた。

「ごめんなさい、初めて見るとゴリさんって怖いでしょ?」

そう言われてから改めて後ろで小さくなっているマッチョを見ると、小さく見えるどころか少し可愛く見えてくる。

そんな俺を見て、女性店員は小さく「ふふ」と笑って続ける。

「でもね、ゴリさんって意外と乙女で可愛いんですよ?」

「乙女……ですか」

「ちょっと楓ちゃん、俺のどこが乙女なんだ!」

そう言いながら、後ろの方でマッスルポーズを取るマッチョ。

そんなマッチョに俺は再び怯える。

「ま、あの人このお店の店長なので、乙女じゃなきゃやってけませんからね」

「店長!?」

女性や女の子が買うような物を売っているあのお店を、このマッチョが任されているのか……!?

あぁ、マッチョ怖い、マッチョ怖い。

人は見かけによらないものだと、俺は改めて認識したのだった。

「ま、そんなことは置いといて、せっかくなので自己紹介でもしましょうか」

手を叩いて、そう言いだす女性店員。

切り替えはや!

まだ後ろの方で、色々なマッスルポーズを取っているマッチョを無視して、女性店員は自己紹介を始める。

「私の名前は今谷 楓で、このお店『マッスルコスメティック』の店員の1人です」

……『マッスルコスメティック』!?

そんな名前だったのかあのお店……。

俺が勝手に別のところで驚いていると「あとは~」と続ける。

「16歳の高校2年生やってます。部活は入ってなくて、趣味は絵を描くことで~あとは……」

と、言いながら俺の耳元まで来て囁く。

「私、彼氏いないんですよ」

その声に俺の心臓はキュッとなったが、なんとか俺は極めて冷静に返す。

「そうですか」

俺がそう返すと、また小さく「ふふ」と笑って俺から離れて続ける。

「な~んて、嘘ですよ。お客さんには彼女さんが居ますもんね」

そう言いながら口を手で隠し、ニヤニヤする楓さん。

「陽は友達ですよ」

俺がそう言うと、楓さんはさらにニヤニヤし始めた。

「ふ~ん。そうなんだ……照れちゃって可愛い」

最後の方はよく聞き取れなかったが、どうも信じてないらしい。

「ちょっと、止めなよ楓ちゃん! 若いころの恋愛っていうのはどうしても複雑なんだよッ!」

そう言うマッチョを見ると、なんと筋トレを始めていた。

「ちょっとゴリさん! 私もちゃんと若いんですけど!」

「じゃあ彼氏の1人くらい作ったらどうだいッ!」

さっきの反撃と言わんばかりに、恋愛のことになると饒舌になるマッチョ。

そんなマッチョに何も言い返せなくて、頬を膨らませて睨みつける楓さん。

しかしマッチョはそんな楓さんを無視して、俺に自己紹介を始める。

「ボーイ、俺の名前は五里 マッチョ。因みに本名だから間違えるなよッ!」

本名って……てことは、生まれた時からマッチョになる宿命を受けてたってのか……!?

俺は目に涙を浮かべて、ゴリさんの辛い過去を勝手に想像する。

そんな俺を見てゴリさんも涙を浮かべて言う。

「あぁ、分かってくれるかいボーイ、俺の辛い過去を」

勝手に想像していたのが気付かれたのか、と俺はまた勝手に怯えていると、ゴリさんは続ける。

「小学校、中学校、高校、大学。その学校生活中、俺は重労働を課せられてきたんだッ。あれは辛かったッ!」

そうダンベルを上下させながら号泣し始めるゴリさん。

それを鬼の形相で睨む楓さん。

あぁ、マッチョ怖い、マッチョ怖い。

それに怯える俺。

そんなカオスな状況を変えたのは、さっきまで寝ていたはずの陽だった。

「ん? これはどういう状況なの?」

俺の服の裾を引っ張って聞いてくる陽のおかげで俺はハッと、脳をマッチョから現実へと切り替えることができた。

「この人たちは、俺たちを助けてくれた人だよ」

俺がそういうと、陽は「ふーん」と言って俺の後ろに隠れてしまう。

そんな俺たち2人に気が付いたのか、ゴリさんと楓さんの視線は陽に集まる。

ダメッ! あんまり見ないであげて!

そんな俺の不安をよそに、楓さんはゴリさんを奥の方に引っ込ませ、陽の近くまで来ると、屈んで目線を合わせてから話しかける。

「もしかして、あなたの名前って芽柄 陽さん?」

え? 何で知ってるんだ? 

と俺と陽は目を合わせて驚く。

「で、君が月島 優君でしょ?」

しかも何故か俺の名前まで知っているらしい。

……しばらくの困惑。

しかし黙っていてもしょうがないので、俺は楓さんの問いかけに答える。

「はい、そうですよ。俺が月島で、こっちが陽です……何で知ってるんですか?」

「あ、それなんですけど」

俺がそう聞き返すと、楓さんはポケットをもぞもぞと漁って、何か紙切れのような物を取り出して「これです」と言い、そこに何か書いてあるのか、片言で読み始める。

「『店員さんへ、下にある木の下のベンチ付近で困ってる人がいます。名前を、月島 優、芽柄 陽と言うそうです。助けてあげて!! PS:陽ちゃんはマッチョ恐怖症です。 謎の名探偵より』」

謎の名探偵で、俺たちの名前を知っている人物が一人しか頭に浮かんでこない。

花桜さんか……。

あの時お店でどっかに行ったのは、この事態を察してのことだったのか。

こんな回りくどいことをするなら、最初からどこかのお店に陽を運んでくれれば……なんて思ったが、助けてもらった手前何も言えない。

「これがレジの前に置いてあったのを発見したんですよ。それで、物凄い勢いでお店を出て行った2人を思い出して、もしかしたらって思って行ってみたら、ビンゴだったってわけですね!」

親指を立ててグっ! とする楓さん。

「ホント、助かりました。ありがとうございます」

俺が頭を下げると、それに合わせて陽も「ありがとうございました」と言って頭を下げる。

そんな俺たちを見て、楓さんはまた「ふふ」と小さく笑った。

それを聞いた俺が顔を上げると、楓さんが「はい」と言って何か袋を手渡してきた。

「これ、あげます」

それを見て俺は? マークを浮かべる。

「さっき言ってた、おすすめのお化粧品ですよ。また来た時にでもと思っていたんですが、また会えたので、どうぞ!」

俺はそれを受け取り、陽に手渡しする。

すると陽は俺の後ろから出てきて、楓さんの目を見ながら「ありがとうございます」とペコっと頭を下げた。

「いえいえ、良いんですよ! 私が気を遣えてなかのが悪いので!」

俺はそんな2人をよそに、ポケットから財布を取りだす。

「因みに何円くらいですか?」

そう俺が楓さんに質問すると、楓さんは手を前に出してフリフリ横に振って言う。

「いやいや、お金なんていいですよ! 私の不手際なんですから!」

「そういうわけにはいかないですよ。俺たちも助けてもらったんですから、お相子です」

まぁ、彩乃さんのお金なわけだけど……。

「じゃぁ、頂きます……」

楓さんは申し訳なさそうに金額を呟くので、聞き取りにくかったが、意地で俺はお金を手渡す。

楓さんはそんなお金を握り締め、申し訳なさそうな顔をしている。

ホントに気にしなくていいのに……心配性なのかな。

そんな楓さんに、どう声をかけようか俺が悩んでいると、横の陽が楓さんに声をかけた。

「じゃあ今度、メイク、教えてほしいです!」

必死に絞り出したのか、声が少し裏返っていた。

そう言われて少し驚いた様子の楓さん。

だったのだが、次の瞬間さっきまでの顔が嘘のようにパッと笑顔になって、陽の手を両手で包んで喋り始めた。

「勿論ですよ! そんなことでいいんですか?」

そんな楓さんの勢いに押され、少し困惑している陽は何も言えないでいる。

「というか私、女の子にお化粧するの大好きなので! むしろご褒美なんですけど! 本当に良いんですか!」

俺も驚くほどに勢いが凄いが、俺は他に気になることがあるので、楓さんに気付かれないよう、陽に小さく囁く。

「おい、お前、他人を自分の部屋に入れたことないんだろ? 大丈夫か?」

俺がそう聞くと、陽は大粒の汗を流しながら分かりやすく焦り始める。

やっぱりそうか……自分本体と陽を同一人物だと思い込んでの発言だったようだ。

「あの……やっぱり……」

「やったぁぁ!」

消え入りそうな声で言っても今の楓さんには声が届きそうもない。

俺は助けてやりたかったが、これもいい経験かもしれない。

そう思い「諦めろ」と陽に囁くのだった。


それから数分後、妹へのプレゼントもあのお店『マッスルコスメティック』で買い直した俺たちは、しばらくショッピングセンターを回って、陽にはばれないよう、今日お世話になった彩乃さんと花桜さんの分のお土産も買って、ショッピングセンターを後にする。

今日凄い量の買い物をしていた彩乃さんと花桜さんだが、お土産が被ってなきゃ良いけど。

ていうか、彩乃さんのお金なんだけどね!

外はすっかり夕方。

気絶等のアクシデントのせいで相当ショッピングセンターで時間を食ってしまった。

他の施設には行けそうにもないと諦め、元々夜に向かう予定だった場所へと陽を連れて歩く。

その道中、俺は1つどうしても気になることがあったので聞いてみる。

「そういえば1つ聞いていいか?」

「ん? なに?」

「教室に初めて来た日、凄いクラスメイトに囲まれてただろ?」

「うん」

「あの時はビーム出なかったけど、大丈夫だったのか?」

「あー、あの時は……ね」

陽は思い出したくないのか、苦い顔をして斜め下を向く。

「どうした? 言いたくなかったら別にいいんだけど」

「ううん、大丈夫。実はあの時ね、私限界だったから操るのやめてふて寝してたの」

「え? そうなのか? でも結構話してた記憶があるんだけどな」

思い返してみても、クラスメイト達はまだロボットの姿の陽を囲って騒いでいた。

「あれ、実は操ってたの博士だったんだ……」

「えぇ!? そうだったのか」

よかったー話しかけなくて。

「実は私もそれに気づいたの2日目に学校に来た時で、みんな私のこと面白い人だと思ってたみたいで……うぅ」

陽は少し涙ぐんでしまっている。

そりゃそうだろうなぁ、転校してきてすぐに面白い人認定されたらなぁ、過ごしにくいよなぁ……。

それ以上喋らなくなった陽に同情し、俺は学校生活で陽が困っていたら絶対に助けてあげようと誓い、目的地へと歩く。

それからしばらく歩くと、海が見えてくる。

太陽も落ちかけ。

海沿いの道路は沿道に設置された色々な色のライトでライトアップされている。

「綺麗」

俺の横で漏らすように、小さい声で陽がそう言った。

俺はそんな陽の横顔を見る。

瞳には反射したライトが映っていて、顔も強張った様子もなく、むしろ口を少し開いて嬉しそうだ。

本人は自覚していないのだろうが、今日1日陽は人混みで緊張していたのか、ずっと強張った表情をしていた。

……いや、俺といるときもそうだったから、人と接するのが苦手なのかもしれないな。

しかし今、今日初めて陽の嬉しそうな顔が見れて、俺はホッと胸をなでおろす。

陽の中の、南雲さんを外に出す云々よりも、今日1日楽しかったと思ってもらいたい。

俺は何故か、ショッピングセンターに着いた時くらいからそんなことを思い始めていた。

「綺麗だろ、それと……ほら、見えてきた」

俺たちが歩いていた道を逸れ、少し丘を登るとその先に開けた場所がある。

そこから見えるのは、ライトアップされた道路と重なる、光り輝く観覧車だった。

「わぁ、凄い」

それを見た陽は、感嘆の声を漏らす。

「ここはな、俺が小学校低学年くらいの時に着た場所でな、その日以降、何かあったり悩んだりしたときはここに来てるんだ」

「へぇ~……綺麗な景色が見える良い場所だね……確かに、悩みとかも吹き飛びそう」

陽は「それに」と言いながら、観覧車を指さして続ける。

「あれ、乗れたりするの?」

「なんだ? 乗ったことないのか、観覧車」

「観覧車……」

陽は俺の前の方に出て景色を眺めているので、俺は陽の後ろ姿を眺める状態にある。

逆光のせいで、陽の背中は黒く見え、真っ暗な海と同化して何だか遠くにいるように見える。

俺はそれが嫌に感じ、陽の横顔が見える位置まで歩いて前に出て陽に話しかける。

「乗ってみたいか? 観覧車」

俺がそう言いながら陽の方を見ると、陽は顔に思いっきりの笑顔を浮かべて頷いていた。

「じゃあ行ってみるか」

「うん、行こう」

俺たちは元いた道路まで戻り、観覧車の方に向かって再び歩き出す。

少しスキップ気味に、俺の少し前を歩く陽は、まるで子供のように見える。

俺は、そんな陽に置いて行かれないように、少し早歩きでついて行くのだった。


それから数十分もしない内に、先程上から眺めていたライトアップされた道路に出てくる。

近くで見ると、ライトが鮮明に見えて、上から見た時とは別の美しさがある。

そんなところで、陽はさらにテンションが上がったのか、歩くスピードを上げた。

それに置いて行かれないように俺もスピードを上げて道沿いを小走りで歩く。

すると、少しの曲道。

前が見えなくなっているのに気付くのが遅れ、陽の背中にドンとぶつかってしまう。

「うぉ! ごめん」

俺は持ち前の反射神経を生かし、即座に謝罪して抱き着いた状態から離れる。

その間僅か0.2秒ほどであったという。

俺は、何故陽が立ち止まったのか気になり、陽が見ている方と同じ方を見上げる。

するとそこにあったのは、青色のネオンで光り輝いている観覧車だった。

下から見ると観覧車はやっぱり、凄く壮大で綺麗だ。

俺はそんな景色に見とれて、口をぽっかり空けて立ち止まる陽に話しかける。

「行こうか」

「うん」

俺が少し前に出て言うと、陽は俺の横まで来て、今度は俺のスピードに合わせて歩く。

そうして観覧車の下まで来ると、俺は近くのベンチに座る。

するとそれに気が付いた陽も、観覧車を見上げていた顔をこっちに向けて小走りでベンチに座る。

「……どうした? 乗って来いよ」

俺は不思議に思って陽にそう伝える。

「乗り方がわからない」

そう言う陽だが、観覧車の下に明らかな券売機があり、そこに従業員の人も立っている。

子供でも分かるようになっている筈だが……。

俺は陽に目をやる。

すると、キラキラした目で俺のことを見てきていた。

俺は、そういう目に弱いんだ。

「……分かった。行こうか」

「うん」

2人、目を合わせ互いに頷いてから立ち上がり、券売機に向かって歩く。

「でもさ」

「ん?」

「お前、この前会ったばっかりの男と2人で乗って大丈夫か?」

券売機のボタンを押す手を、手前で止めて陽に問う。

するとその手を、陽の手が上から押して、必然的にボタンが押される。

「あ」

「いいの。1人だと……ちょっと乗り降り怖そうだし」

どうやらそれが本音らしい。

従業員の人がいるから大丈夫たと思うが……確かに降りるのちょっと怖いな。

「そうか、ならいいんだ」

俺はそう返し、2人で回るゴンドラの前に来る。

すると、従業員の女の人は笑顔で俺たち2人を見る。

「どうぞごゆっくり~」

そう言いながらゴンドラの扉を開け、俺たち2人が入ったのを確認してから手早く扉を閉める女の人。

俺がその様子を見ていると、女の人はニヤニヤしながらこっちを見てきていた。

カップルとでも思ったのだろう。

確かに、この時間に男女で来てたら誰でもカップルだと疑うだろう。

でも、1つ思うのだが、カップル以外で男女2人で観覧車乗ることって無いの?

彼女いたことないから知らんけど。

俺が景色を見ながら、内心バックバクな心臓を抑えるためにそんなことを考えていると、椅子に膝立ちになって、景色を眺める陽が話しかけてきた。

「ねぇ、あれって私たちがさっきいたショッピングセンターかな」

そう言われて、俺は陽と同じ方を向いて遠くを眺める。

そこにあったのは、間違いなくさっき俺たちのいたショッピングセンターだが、さっきと違って赤や黄色、青や緑色のライトが点滅して光っていた。

「あぁ、そうだな」

「凄く綺麗」

「上から見ると、街ってこんなに綺麗なんだな」

「……うん、知らなかった」

陽はショッピングセンターの他にも、光り輝いている街を見渡してそう言った。

すると、陽は何かに気が付いたようで「あ」と言って俺に質問してくる。

「あれってなに?」

そう陽が指さした先にあったのは、青白くライトアップされて凄く大きな橋だった。

「あれか? あれはこの海を渡るための橋だよ」

「ううん、それじゃなくて……それも凄いんだけど」

「んん? どれのことだよ」

俺は目を凝らして、指の先をじ~っと見つめる。

すると、何か豆粒のような何かが、こちらに近づいてきているのが見えた。

それは次第に大きくなって、鮮明に見えてくる。

「……あれ、博士だ」

「えぇ? 博士ぇ?」

言われて目を凝らしてみると、確かに白い物体が見える。

博士ってことは彩乃さんだろうか……あの時帰ったと思ってたんだけどな。

「でも、なんか早い気がする」

確かに、200kmくらいは出てそうな勢いでこちらに向かってきている。

俺はどうしたんだろうかと思い、少し身を乗り出して確認しようとした次の瞬間。

白い物体はとてつもないジャンプ力で、俺たちの乗っているゴンドラの窓ガラスを砕いて、中に入ってきた。

「うおぉお! あぶねぇ!」

俺は何とか砕けたガラスを避け、ゴンドラの隅っこから、白衣に包まった物体の様子を見る。

「博士、大丈夫ですか?」

そんな物体を揺らしながら、陽はそう声をかける。

するとその瞬間、白衣の中から出てきたのは小さい博士だった。

「おい! 陽ちゃん! 早くこっちに戻てくるんだ!」

凄く焦っている様子の小さい博士は、素の彩乃さんの口調で続ける。

「家が! 燃えてるから!」

その直後にブツンという音と共に小さい博士の体は脱力して床に倒れてしまう。

「……大丈夫か?」

「ちょっと行ってくるね」

そう言って陽もまた、ブツンという音と共に脱力してしまった。

……火事ってことだよな……大丈夫なのか?

結局、観覧車の残りの半分は何の景色も楽しむことなく、とにかく陽と小さい博士だけをどうやってゴンドラの外に出そうか、ということを考えて終わった。

そうしてゴンドラを女の人に開けてもらい、2人を抱えて出てきた俺を女の人は「えっ?」と言うような顔で見てきていた。

当然の反応だろうが、今はとにかく帰りたかったので、無視してほしい所。

しかしやはり当然そうもいかず、女の人が「救急車呼びましょうか!」とか「何があったんですか!?」とか聞いてきたので、俺は今出せる力全部使って全力で逃げた。

そうして走ること数十分。

駅まで無事到着した俺は、次の帰りの電車が来るまでホームで待つ。

駅員の人たちは、寝た女の子を抱えている風にしか見えなかったのか、微笑ましい物を見る目で俺のことを見てくれていた。

そこで、ふぅとため息交じりに体を伸ばす。

ようやく休めると思った俺は、缶コーヒーを買おうと少し離れて自販機の前に立つと、その直後に電車が来てしまった。

しかも丁度帰宅ラッシュに被ってしまったのか、凄い量の人たちが電車内から降りてくる。

俺は自販機に入れたお金を諦め、急いで陽と小さい博士元へ行き、担いで電車内へ入る。

すると、さっきのでほとんどの人が電車を降りたのか、電車内はガランとしていて、2人を座席に座らせることができた。

俺はその隣に座り、改めて一息吐いて思う。

あぁ、自販機に入れたお金、勿体ねぇ。

にしても……家が火事って、何があったんだろうか。

俺は、電車の外の流れる景色を眺めて考える。

全員無事だといいんだが……。

数駅後、無事駅を抜けた俺が、陽と小さい博士を家まで運んでくると、そこには一室を除いて、真っ黒になっている家があった。

「え、場所間違えてないよなこれ」

俺が小さくそう呟いて自分を疑っていると、家の中から消防士の人たちと一緒に彩乃さんと花桜さんが出てくる。

消防士の人は俺とすれ違う時に会釈をして、すぐどこかに行ってしまった。

が、彩乃さんと花桜さんは玄関を出るなり、四つん這いになって泣き始めてしまった。

「つぎじまぐっぅぅぅん」

「つぎじまざぁあぁぁん」

「「ずむどごろなぐなっちぁっだぁぁ」」

涙でもう何を言ってるか分からないが、俺はその場で屈んで、2人に事情を聞いた。

そうして数分後、泣き止んだ2人と俺は向き合う。

「……要するに、料理をしたことのない花桜さんが料理しようとした時に着火して、その現場に金属粉を使っていた彩乃さんが駆けつけてきて爆発したと……そういうことなんですね?」

「あい、ぞうでず」

「まぁなんにせよ、2人が無事でよかったですよ……そういえば南雲さんは無事なんですか?」

「はい、朱里お嬢様の部屋だけは死守しましたから」

ケロンとした顔で言う花桜さん。

さっきまでの涙はどこへ行ってしまったのだろうか、切り替えが早い。

「ということで、私たちの住む場所がなくなってしまったので……月島さんのお家をお借りしたいのですが」

「えぇ……」

あまりにも急なお願いに俺はたじろいでしまう。

「頼む! 当分住む家が無くなってしまうんだ! この通り!」

そう言いながら俺に土下座をしてくる彩乃さん。

そんな彩乃さんを俺は即座に起こそうとしながら返す。

「住むのは構いませんから! 顔を上げてください!」

「本当か!」

急に顔を上げる彩乃さんの後頭部に、俺は顎から弾き飛ばされる。

「え、えぇ構いませんよ……只、ルールが2つだけ」

「あぁ、何でも言ってくれ!」

俺は体を起こしてルールを説明する。

「1つ目は花桜さんは料理しないこと。2つ目は彩乃さんは実験等を俺の家でしないこと」

俺が右手で1を人差し指でと2中指で作りながら説明すると、2人は分かり易く嫌な顔をする。

「ま、まぁ私はこの燃えた家で実験はできるし構わないよ。むしろそれで住まわせてくれるんならありがたい」

彩乃さんは引きつった笑いを浮かべながらお辞儀をして言い。

「私も……料理教えてもらっていいですか、お願いします」

花桜さんは面倒くさいお願いを俺にしながらお辞儀をして言う。

う~ん。大丈夫だろうか。

俺も家族から家を任されている身なので、少し心配だが……今日お世話になったしな。

「まぁこの2つが守れるなら問題ないですよ……でも1つ気になることが」

「ん? なんだ」

彩乃さんは顔を上げて俺の質問を聞く態勢を取る。

「南雲さんはどうするんですか? 外に出れないんですよね」

俺がそう聞くと、彩乃さんはポンと手を打って答える。

「それなら心配はいらないよ、朱里ちゃんはこの家に住むから」

その発言に俺は「えぇ!」と驚く。

そんな俺を見て、花桜さんが「あ」と言って返す。

「セキュリティ面なら問題ないですよ、玄関等は頑丈に作られていて燃えていませんから」

「でも、生活できる物は揃ってるんですか? キッチンとか、お風呂とか、トイレとか」

「あぁそれも問題ありませんよ。家の地下にライフラインは全て備えてありますので」

この家、地下とかあったのか……。

「まぁ、そういうことだ。朱里ちゃんの心配ならいらないよ。大丈夫だ」

「でも、今日みたいなことがありますから、連絡くらいは取れるようにしておいた方がいいんじゃないですか?」

「それは大丈夫だよ。今日はたまたま陽ちゃんが携帯電話を忘れてしまっただけだからね」

「電話かけたら隣でなるんですもん、あの時はびっくりしましたねー」

「「あはははは」」と笑う2人。

俺は頭痛がして頭を抑える。

「まぁ、それが分かって安心しました……じゃあ、陽と小さい博士の人形はどうしますか?」

俺が聞くと、小さい博士を彩乃さんが、陽を花桜さんが担いで俺に言った。

「大丈夫、この子達はこの家に置いていくから、先に家に帰っていて貰って構わないよ」

「え、家の場所分かるんですか?」

「はい、というか。ねぇ、博士」

彩乃さんと花桜さんは見つめあって不敵な笑みを浮かべ始める。

「君の個人情報はほとんど知っているよ。まぁ悪用はしないから安心したまえ」

そう言い残して2人は颯爽と家の中へと入っていった。

「え? どういうことですか?」という俺の声も届いてないだろう。

俺はもう、この家のことにとことん付き合っていこうと誓ったので、全てのことを諦めて自分の家へと向かう。

はぁ、大変なことになってしまった。

高校生活半年のうち、間違いなく濃い3日を過ごした俺だった。


家に着くと、やはりいつも通りガランとしていた。

ようやく落ち着ける場所に帰ってきた。

俺は直ぐにお風呂に入り着替え、軽食を済ませて自室のベッドで横になる。

本当に色々なことが起こった3日だったな……。

俺は右腕で目を隠して、この3日のことを振り返る。

まず陽にビームで撃たれ気絶し、秘密を知り巻き込まれ、家に行き中身の濃い家の事情を知り、そんな住人の1人の引きこもって家から出られない南雲さんを、家から出すために遊びに行ってみたり。

最後の南雲さん外出させよう作戦は進行中だし、なんなら南雲さんが引きこもってる原因も、3人の関わりとかもまるで知らないのだが、今の俺は、もう考えるのも面倒くさいと思ってしまっていた。

多分きっと、いずれ分かることだろう。

なんかそんな予感がする。

俺は右手を目の上からベッドの上へとバタンと倒して、今度は瞼で目を閉じる。

……駄目だ寝れない。

例のマチョゴリさんが脳内をよぎっていくからだ。

……。

しばらく瞼を閉じて、横になってみたり仰向けになったりしてみても、どうしてもマチョゴリさんが脳内をよぎる。

こういう時は、真逆のものを連想すると良いらしいということを思い出し、可愛いものを思い浮かべてみることにした。

……猫、犬、鳥、魚、うさぎ、レッサーパンダ……よし、いいぞいい感じだ。

……ハムスター、ペンギン、カワウソ、ヒカリ、ゴリラ……あぁ駄目だ。

どうしてもマチョゴリが出てくる。

しかも何故か陽まで連想してしまう始末。。

もう末期だ。

とそんなことをぐるぐる考えていると、次第に眠気がマチョゴリに勝ってきて、気が付くと俺は眠っていた。

……ちなみに俺は夢の中で、マチョゴリに追いかけれられたのは、また別のお話。

3.ロボットたちとシェアハウス

翌朝、目が覚めると体が窮屈に感じたので、上半身を起こしてベットドの上を確認する。

するとどういうことだろうか、彩乃さんが左、花桜さんが右で、俺を挟むようにして寝ているのである。

「なんじゃこりゃぁ!」

俺はその2人を確認した瞬間、眠気もでどこかに吹き飛び、勢い良くベッドから飛び起きる。

すると、その声で目を覚ましたのか、彩乃さんは目をこすりながら上半身を起こした。

「おはよう、月島君」

「おはようじゃないですよ! 何で俺のベッドで寝てるんですか!」

俺がそう聞くと、彩乃さんは「あぁ」と言って、ベッドの壁の方に体重を預けだるそうに喋る。

「昨日の夜中にこの家に着いて、猫ちゃんと一緒に探索してたんだけどね、勝手に人の部屋で寝るの倫理的にどうだろうかってなってね、そんな中、寝ている君を発見したから……つい」

「つい、じゃないですよ! 他にも寝れる所なんていっぱいあったでしょ!」

「そんなこと言われても……寝ている君が悪いんだろう?」

「何でですか!」

と、そんな言い合いをしていると、その声がうるさかったのか、彩乃さんの隣で寝ていた花桜さんも目を覚まして、体を起こしながら喋る。

「ちょっと、うるさいですよ」

寝起きだからか、少し掠れた声で言う花桜さんは、ベッドから立ち上がってから続ける。

「いいでしょう、そんなあなた達には私の料理を振舞ってあげましょう」

そう言いながら部屋を出ようとする花桜さんを、俺は前から肩を手で抑えて止める。

「ちょいちょい、昨日言ったこと忘れたんですか! この家で花桜さんに料理させるわけには行かないんですよ!」

「はぁ、月島さんはまだ昨日のことを引っ張ってくるんですね。ホント、小さい男ですね」

「だが猫ちゃん、月島君の言うことも一理あるぞ? この家が燃えると、いよいよ私たちの住む家がなくなってしまう」

「あぁ、確かに」

「そこじゃないでしょ!」

勝手に頷いて納得している2人に俺はツッコむ。

駄目だ、この人たちに付き合ってたら朝から疲れてしまう。

俺は一度はぁと溜息を小さく吐き、2人の方を見て話す。

「良いですか、俺が今日中に2人の部屋を用意しておくので、今日一日だけは大人しく待っておいてください」

俺が冷静を装って言うと、2人は俺の方を向いて口々に話す。

「よろしく頼むよ。今日私は、朱里ちゃんの様子を見た後、セキュリティ面の再チェックをしてくるから」

「私は暇なので月島さんのお手伝いでもしてあげます」

俺は疲れてそんな2人の発言に「よろしくお願いします」としか言い返せなかった。

花桜さんのお手伝いって……心配だ。

「じゃぁひとまず、朝ご飯でも食べましょうか」

俺がそう言うと、彩乃さんもベッドから降りて体ごと俺の方を見て言う。

「よし行こう、直ぐ行こう」

その直後、彩乃さんのお腹からぎゅるぎゅると言う音が聞こえてきた。

どれだけお腹がすいていたのだろうか。

と考えてみると、そう言えば昨日の夜ごはん食べれて無かったのか。

それどころか家が燃えたのだ、相当疲れているだろう。

「あ、今のは屁だぞ、気にするな」

明らかな嘘に俺は少し笑って返す。

「屁の方が恥ずかしいでしょ」

俺はそれだけ言うと、部屋を出て1階への階段を降りる。

その時ふと、少しだけ開いたクローゼットが見えたが、俺は気にせず歩く。

すると、後ろから2人分の足音がドタドタと着いて来ているのが聞こえる。

ホント、忙しい朝だ。

俺はなぜだか、少し心が温かくなっていた……いや、体が熱いだけかもしれない。


結局そのあと、なんやかんやあって朝ご飯を食べ終えた俺たちは、各々自由に行動し始める。

彩乃さんはさっき俺の部屋で言っていた通り、自分の家に帰っていき、花桜さんは俺の家事が終わるまでリビングのソファで横になって寝ている。

叩き起こそうかとも思ったが、寝顔が可愛くてそんなこと出来るはずもなかった。

そうしてしばらく家事をこなし、少し余裕が出てきた時。

俺がリビングで一息ついていると、玄関のチャイムが鳴った。

普段来客なんて来たことがないので、不審に思いながら玄関を開けると、そこにいたのはなんと陽だった。

「おはよう」

俺が驚いて何も言えないでいると、陽の方からそう話かけてきた。

その声でハッとなった俺は、何とか声をひねり出す。

「お、おはよう……どうした?」

「博士が、月島君を手伝ってあげてって言うから来たんだけど……今から何をするの?」

そうか、彩乃さんが気を使って陽を派遣してくれたのか。

確かに、花桜さんだけだと不安ではあったのだが……陽も怖いんだよなぁ。

俺は少し不安になりながらも、気持ちを無下には出来ないので、正直に「ありがとう」と言って陽を家に上げる。

そうしてリビングまで陽を案内した後、俺は残りの家事を済ますため脱衣所へと向かう。

「まだ家事が少し残ってるから、適当に寛いでてくれ」

「うん。わかった」

俺はそれだけ言って脱衣所に入ると、そこにはしっかりと昨日彩乃さんの着ていた燕尾服と花桜さんが着ていた探偵服が置いてあった。

俺はそれを仕方なく手に取り、取り扱い表記を確認する。

するとそこには見たこのもないようなマークが書いてあり、どう洗っていいか分からない。

1つ確実なのは、洗濯洗いは駄目だということだ。

俺は今度クリーニングにでも出そうと考え、それらを綺麗にたたんで洗濯籠の隣に置く。

するとその時、ふと見たくないものが視界に映りこんだので、咄嗟に上を向いて目を瞑る。

うわぁぁ、やっぱり下着もあるよなぁぁああ。

俺は両手で頭を抱えて考える。

どうしよう。

俺の服といっしょに洗ってしまっていいのか……?

俺はしばらく悩んだ末、籠ごと持ち上げて勢いよく中身を洗濯機の中にぶち込んだ。

色移りでもしたら弁償すればいい。

俺は洗濯機を回して、ふぅと一仕事終わった様に額の汗を左腕で拭う。

するとその時、脱衣所の扉があけられて誰かが入ってきた。

「うぉぉ!」

それに驚いた俺は、後ずさりして洗面台に腰を思いっきりぶつけてしまう。

「大丈夫?」

腰を押さえ四つん這いになる俺に合わせ、屈んで声をかけてきたのは陽だった。

「あ、あぁ。どうした?」

俺は痛みを我慢して、何とか体を起こして陽と目を合わせる。

「これ、私の服なんだけど……これもお願いしていい?」

「あ、あぁ別に構わないぞ」

俺は起き上がり、さっき回したばかりの洗濯機を止めて蓋を開け、陽から受け取った服を入れる。

だが、不思議なことに受け取った服の量は明らかに1人分の量ではなかった。

「これ、1人分か?」

「あ、その中に私の分の服も入ってるから」

私ってことは……陽と南雲さんの分ってことか。

「だからいつもと少し匂いが違ったんだな」

俺は声が漏れていたのか、淡々とそう口にしてしまった。

……。

言い終わってしばらく無言の時間が続き、俺は自分のしでかしたことに気が付いて、ハッとして陽の方を見る。

すると陽は顔を真っ赤にして俺を睨んできていた。

「じょ、冗談だよ、冗談」

俺は弁解しようとするが既に遅く、俺のお腹に陽のドロップキックが飛んできた。

ビームじゃないだけ良かったと思うべきか。

俺は後ろにあったお風呂場のドアに体を撃ち、お尻から床に崩れ落ちる。

陽はそんな俺を見て満足したのか、両手を腰に当てて、真っ赤な頬を膨らませて、顔を斜め上に向け、ふん、と鼻息を荒くしていた。

だが残念、俺はこんなことくらいじゃ倒れたりしない。

が、起き上がるのも面倒くさく感じたので、俺は座ったまま陽に話しかける。

「まぁ、これで家事は全部終わったから」

俺がそう話しかけると、陽は1度小さく溜息を吐いてから俺の方に近づいてきて、手を差し伸べて来た。

俺はしばらくしてからその手を握って、立ち上がり、陽の顔を見る。

すると、陽は少し申し訳なさそうな顔をして言った。

「ごめんなさい。私やりすぎちゃう癖があって」

何を今更言っているのだろうか、むしろ陽のおかげで多少のことじゃ痛いと思わなくなったので有難い。

この前も小指をぶつけても何も思わなかったくらいだ。

俺はそんな申し訳なさそうな顔をしている陽が元気になるように、胸をドンっと叩いて威勢良く叫ぶ。

「何言ってんだよ。どんとこいや!」

俺がそう言うと、しばらくの沈黙が続く。

俺は不安になって視線だけを下に向けて陽の方を見る。

すると陽がポカンという顔から、少し口の端を綻ばせて笑うのが見えた。

するとその時、脱衣所の扉があけられてもう1人入ってくる。

「うるさいですよ、何かあったんですか?」

眠い目を擦りながらそう言うのは花桜さんだ。

家事も終わって、今から花桜さんを起こそうと思っていたところなので、丁度いい。

俺はコホンと1度咳をしてから、これからのことを2人に話し、それぞれの作業に移るのだった。

と言っても、俺は力仕事の母の部屋の片付けをして、2人には寝具を買って来てもらうという単純な作業分担である。

俺は久しぶりに自分以外の部屋に入り、懐かしさを感じて涙ぐむが、そんな暇はないと気付き、すぐに切り替えて掃除、片付けを始めるのであった。

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