雪原の愚者の話
マンガの文章化
「何処此処」
気が付けば見渡す限り真っ白な雪原に立っていた。
此処に至るまでの記憶はまったくない。しかし、見れば手には手袋、頭に毛糸の耳付き帽子。厚手のコートにファー付きのブーツも履いて、ヌクヌクのマフラーまで装備している。
(寒い処に行こうとして、着いてるんだよなぁ)
試してみるが、どちらの『穴』も開けない。
万全装備をしているとは言え、チラホラと雪の舞うこの場所はとにかく寒い。そしてKは雪が嫌いだった。フカフカと積もる雪は踏めばフワリと沈み込むが、いずれキシリと嫌な感触を伝えてくる。思わず眉を顰めるが、転移も出来ない以上此処から逃げ出すには歩くしかない。
マフラーの下で小さく溜め息を洩らし、諦めて顔を上げる。その視線の先に、不審者を発見した。
「やあ、こんな雪原に人間とは珍しいね。迷子?」
「………」
雪原に現れたひとりの男。赤いコートに長いマフラー。手荷物の類は見て取れない。怪しいが過ぎる。
警戒して無言を返したKだったが、考えてみれば自分も同じだと省みる。手ブラで雪原を独り歩きする女も、向こうから見れば怪しいの極みだろう。
「──はぁ。まあ、そうみたいです」
「実は僕もなんだ」
お揃いだね、なんて笑顔を向けられても、笑い返す気にはならない。雪原に手ブラの迷子がふたり。転移も通信も使えないなら、絶望しかない。
兎にも角にも歩くしかない。
ザク ザク ザク
雪を踏んで歩く感覚に、Kの顔面は苦渋に満ちていく。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃない。もう飛びたい!」
「飛び…?」
まだ出会った地点からそんなに進んでもいないが、足跡はほぼ消えている。依然景色は真っ白で、集落の気配も見えてこない。
「えーと… …あ!そうだ!」
辛そうなKを見てオロオロとしていた男は、何を閃いたのか「見て見て」と空手を掲げた。Kも興味を引かれてそれを見る。
ポン!と。
何も無かった筈の掌に、キレイにラッピングされた小箱が現れた。
「!!」
Kは目を瞬かせる。
「はい、プレゼントだよ」
「─────────な」
言葉が出るまでたっぷり掛かった。
「なんで貴方は召喚使えるんだよぅ!!」
差し出されていた小箱を引っ手繰るように受け取って、Kはそう噛み付いた。
「え、何?何?」
ただただ困惑する男に対し、Kはニ度ほど全身で深呼吸して肩を下げる。
「じゃあ歩くことないじゃん。近くの町まで転移しようよ」
「??転移?」
意を解さない男に目を向ける。
「え、召喚だけ?」
「? うん」
「…ぁー、」
そうか、と思い至る。転移はKたちの自力だった。タクリタンが与えてくれたのは、『穴』とその開閉の力のみ。この男は『穴』を移動手段としては用いていないのだろう。
(てことは、此処はセフィロートの何処かで、過去)
思考しながら転がしていた手元の箱に漸く意識がいく。掌サイズの小さな箱。まさにプレゼントといった面持ちのこの小箱は何なのか。
問えば、彼は「プレゼントだよ!」と笑った。
「僕プレゼント配るのが趣味なんだ。幸せになれるだろ?」
「サンタか!」
確かにカルキストは能力的にサンタに向くと思っていたKだが、実在するとは思わなかった。
何気なくポケットに手を入れたKは、そこに何かが入っているのに気付いた。取り出してみると、なんとバランス栄養食だ。
「ほいお返し」
「!」
不思議そうに受け取った彼に食べ物だと説明すると、早速外装を剥がしそれを頬張った。砕けていなかったようで何よりだ。
「おいしい。ありがとう」
「飲み物も出せれば良かったんだけどね」
「ううん。収入があるとすぐプレゼントに使っちゃうから、食物を貰えるのはすごくありがたいよ」
へへ、と照れ臭そうにしているが、Kは僅かに眉を顰めた。
「なんでそこまでして物を贈るの。それ喜ばれる?」
「喜ばれるかどうかは半々かなぁ」
「だろうな。知らない人から贈物とか怖い」
男は大きく目を開いた。
「えっ、そう?」
Kは頷きのみで返す。彼は何かを思い出すように、目を細めて胸に手を当てた。
「僕はね、嬉しかったんだ。だから」
「………」
Kは目を逸らす。暫しの逡巡後、彼の名を呼んだ。
「グレッゲル」
教えてもいない名を呼ばれ、男は再び目を見開く。
「貴方は『愛されたかった』と聞いたけど、それが本当なら…在り方を改めた方が良いよ」
「………」
そして彼は、にへらと表情を崩した。
「えぇぇ…なんで笑うかな」
真面目な警告のつもりだったが、伝わらなかっただろうか。
「タクリタンと同じこと言うんだ。あと、なんで僕の名前知ってるの?」
「それなりに有名みたいだよ、貴方は。でもそっか。やっぱり変えられないんだね」
それにひとつ肯いて、彼は目を伏せた。
「──そっか。安心したよ」
「?」
安心出来る要素など、今の会話に見付からない。Kは首を傾げて続きを待つ。
「最期まで、僕の在り方は変わらないんだね。君が知るなら」
「──そのようだね」
(本当に。愚か者だよ、セフィロートのサンタさんは)
諦めの溜め息を吐いて、Kは歩みを再開する。
「それにしたって町が見えてこないなぁ」
「そうね」
何処までも平で真っ白だ。偶にポツリポツリと木はあるが、あとはただただ雪原が広がるのみ。そもそも此処はセフィロートの何処なのだろう。
「ちょっとズルしようか」
そう言って、グレッゲルは悪戯な笑みを浮かべた。
「?」
「困った時の神頼み!タクリタンを呼んで助けてもらおう」
「えっ」
グレッゲルが空に向かってタクリタンの名を叫ぶ。
「あっ」
同時に、Kは身体が引っ張り延ばされるような感覚に襲われた。
フィン、とキレの良い涼やかな音がして、その神は現れた。
「どうした?」
「──あれ?」
既に、Kの姿はそこにはなかった。
「───……あぁもう」
ベッドの上。布団の中で目が覚めた。
(解ってるよ、タクちゃんに会えないことくらい)
もぞもぞと身体を動かし、伸びをする。
(──ああ、今日25日か。だからあんな夢…)
欠伸をしながら身を起こす。そして。
「 ──… 」
枕元に置かれた、掌サイズの小箱を見付けた。
「…サンタ来てたわぁ…」
「さっきまで居たんだよ、後輩が」
グレッゲルは隣に浮く鬼神にそう語り掛ける。
「本当にカルキストだったなら、私とは会えないんだろうな。少し残念だ」
淡い緑がかった長髪と柔らかな顔立ちの召喚の神。しかし、Kが知る姿より少し幼い造りをしている。
「俺このままじゃ愛して貰えないって、おまえと同じこと言ってたよ」
「…そうか」
それを満足気に言うグレッゲルに、タクリタンは言うべき言葉が見付からない。
「タクリタンがまだ居て、後輩は俺の事知ってて。…それって結構、幸せだよな?」
「………」
タクリタンは目を閉じる。
幸福は本人が感じ、決めるものだ。例え他人から『愚か者』と断じられたとしても。
「…どうだろうな」
人ならざる鬼神には、尚更答えることなど出来はしなかった。
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