エイルニルスの実の話
エケルットの城内には、魔力増強作用がある実がつく樹が生えている。その実は眠気覚ましや精力剤として食される事が多いが、若き領主は魔力増強作用に目を着けた。精製すればより強大な作用が得られるのではと考え、精製方法を学ぶためゾランアルドを訪れた。ゾランアルドには魔術師が居る。ケテルでは珍しいその魔術師は、幸いなことに錬金術が得意だという。
「王族の方が錬金術に興味をお持ちとは、珍しいですね」
しかも自分で学ぼうというのだから、驚かれるのも当然だ。
「錬金術は魔術適性が低くても知識さえあればある程度扱えます。成分の抽出くらいならまず習得出来るでしょう」
そうして教えている内に魔術師は気が付いた。この若き領主には魔術が扱えない…どころか、効きもしないだろう事に。
「エケルット公は大変特殊な性質をお持ちのようですね」
表情の無い少年はそれでもそれなりに怪訝な顔で魔術師を見た。
魔術適性が低いのではなく、勿論無い訳でもなく、ただ少年の周囲では魔術反応が非常に起こりにくい。特殊な『力』が働きにくい状態だ。魔力のみならず、恐らく神力や煌力も同様だろう。
「静寂の精霊に愛されておられる」
「…魔力が無いワケではないのですか」
エケルットの領主ではあるが王子の身で彼は魔術師を教師として立てて接していた。奔放な王子と聞いていたので、それは魔術師には少し意外だった。
「寧ろ『ある』のではないかと。ゼクトゥーズの王族であるならば、それは本当に『魔力』かも知れません」
魔術師たちが言う『精霊を扱う力』たる魔力とは別の、今では稀な魔力持ち。この魔術師の見立てでは魔術協会の長も魔力持ちだ。
「無い、若しくは少ないと思いエイルニルスの実を精製しようとお考えなら、やめておいた方が宜しいかと」
「………」
領主の目が逸れる。図星のようだ。
「まあお教えすべき事はお教えしましたので、後はご自由に」
教え子としては大変優秀だった。記憶力が良く理解も早い。その特殊な性質さえなければ塔への入学を薦めた処だ。
「ああ、それと」
礼をして去ろうとする少年に、魔術師は薄い封書を手渡した。
「錬金術の設備を用意するのは大変でしょうから、もし本格的な作業がしたくなったら塔へ。それを見せれば、設備の使用許可くらい降りるでしょう」
「重ねて感謝します。ありがとうございます」
そうして、エケルット領主は暫し研究に没頭する。その後には──
宰相のお茶にエイルニルスの実を混ぜ、怒られ、研究を止められ、勢い余って城を飛び出しマルクトの果てで異邦人に出会う。そんな運命が待っている。
>『inS』,『Re:re:』,『inT』