虫歯の話
「らひー、まらー?」
愛息子の口をこじ開けて中を覗き込んでいたラツィーは、奥歯を蝕む黒い影を確認して溜め息と共に手を離した。
「虫歯だな」
途端、ライナーはビクッと肩を揺らし顔を歪めた。
「…ツァドキにみてもらう」
「こんなもんイチイチ頼めるか。来い、治療すんぞ」
「やだ!ツァドキにみてもらう!」
暴れるライナーの首根っこを捕まえて、ズルズルと連行する。
周囲は何事かと二人を遠巻きに眺めている。
「やだやだやだ!ラツィーいたいもん!ゆびふといからくちもつらいもん!」
「あーもービミョーに人聞きがわりー」
一部の部下がとんでもない目でラツィーを見ている。息子だと公言していないのが祟っている。
「ツァドキがいい〜〜っ!!」
喚き続けるライナーを治療室に放り込む。
「安心しろ、治療すんのはおれさまじゃねー」
「!」
何も遠く離れた友に頼まなくても、領域内にだって治療師はいる。最近はツァドキからの教えも受けて、領域内の医療も発展させつつあるのだ。
というわけで治療室に待機させているのは留学を終えた部下たちだ。
「右下奥に虫歯がある。治療してやってくれ」
「あらぁ大変ですねぇ」
治療師のひとりがライナーの肩に手を掛ける。ライナーは一気に瞳を曇らせた。
「やだぁーー!!ラツィーでいい〜〜ッ!!」
「はあ?おとなしく治療して貰え。痛くて辛くて嫌なんだろ?」
訳が解らないとラツィーは眉を顰める。嫌味にしか聞こえないが、本人にそのつもりはない。
「やぁだあぁぁあぁぁ!!」
号泣する幼子を前に、治療師は困り果ててライナーとラツィーに交互に目を向けている。
「何にせよこれじゃあ無理ですね。一旦落ち着けましょう?」
別の治療師が言外に「黙らせろ」とラツィーに圧を掛けてくる。
「おー、わりーな」
ラツィーはライナーを摘み上げると、抱き抱えてあやし始めた。
「落ち着け、なんだ。治療はおれさまでいーのか?」
「やだけど、やだけど、しらないひとはもっとやだっ」
「あー。戻ってきたばっかだが、『知らない人』じゃねー。コイツも『家族』だな」
「でもでも、まだしらないもん…やだもんこわいもん」
「んーじゃおれさまでいーか?コイツよりゃ下手だぞ?」
「………」
ライナーは黙り込んでしまう。ラツィーがこの治療師を自分より上だと言ったのだ。それを理解してしまえば、葛藤は大きくなった。
「ライナーさん」
そこへ、治療師が声を掛ける。元々穏やかな性質の彼は、更に優しく意識してライナーに語り掛ける。
「私はデモトラタスクといいます。デムとお呼びください」
「…でむ」
「はい。ツァドキさまの下で医療を学んで参りました。歯の治療も、上手ですよ」
目を細めて、安心させるように微笑む。ライナーはまるで悔しがっているような顔をして黙り込む。
「……ラツィー」
シワになるほど強くラツィーのローブを握り締め、覚悟を決めて口を開いた。
「ちりょーちゅう、てぇにぎってて。……でむにおねがい、するから…」
「おーし、いーこだ」
頭を撫でてライナーを降ろした。
覚悟を決めて大人しくしていたライナーの治療は一瞬だった。「終わりましたよ」の台詞にライナーは幾度も瞬きを返した。
「ラツィー!でむすごいぞ!」
「だから言ったろ」
「うん!でむ!ありがとー!!」
「どういたしまして」
ライナーはデムに頭を下げると、ラツィーの裾を引っ張った。
「これでもうむしばこわくないな!」
「そーきたか。次があったらおれさまが治療してやるからな」
「やだ!つぎもでむにたのむもん!」




