癒しの翼蛇と人喰の話
甘えたがりの蛇は、今日も王に絡み付く。それを視界の端に捕らえつつ、シスイは今日も見ないフリをして通り過ぎる。
「ちょちょちょ、シスイ。用があるから呼んだんだけど」
「呼びつけるのはソレの躾を終えてからにしろ」
氷点下の眼差しはこの熱砂の国にあってもよく肝を冷やす。
国を成立させるために拾ってきた蛇。王はそれをベタベタに甘やかす。最初は効率よく釣るためだった筈だが、釣った後も餌を与えすぎだ。
「守護獣は代えがないからね」
慈しんでいるというよりは憐れんでいるのだろう。
甘やかすだけ甘やかして、王はあっけなく死んだ。元々魚の寿命は短い。それを蛇は理解が出来ない。
「私護れなかった。一所懸命治癒かけたのに」
「寿命だ。仕方ない」
そんなに早いワケがない、何かできた筈だ、自分が力不足だったに違いない。蛇はずっと俯いていた。
「シェレスキア」
契約者に名を呼ばれ、蛇はビクッと顔を上げた。
「いい加減受け入れろ。おまえが駄々をこね続けると、周りも辛い」
そう諭すシスイの表情を見て、蛇は諸々を呑み込んだ。喉に詰まって涙目になったけれど、それも堪えて、この大きな大きな感情の塊を嚥下した。
魚は寿命が短い。何度も親しくなっては何度も別れを繰り返すのは、この蛇には辛かろう。
人間は神秘を忘れてしまう。特に自国の人間は他国よりその時が来るのが早いだろう。自分が認識されなくなっていくのは誰にだって辛かろう。
それでも守護獣は必要だった。だから彼はその契約者に魚でも人間でもない者を選んだ。
その為に自分は選ばれた。人を喰らう種族の身で人の国を護る存在になった。
シェレスキアの頭にポンと手を置く。
仕方がない。結局愛した方が負けなのだ。
「どうかした?シェレスキア」
自分を覗き込む青年に気が付いて、シェレスキアは頭を振った。
「ううん、なんでもない。ちょっと懐かしい夢を見たの」
消えかけていたシェレスキアも、今は契約者を得て少し力を取り戻している。
「そっか。どんな夢?」
「んー…優しい優しい、最初の主と一緒にいた頃の夢」
仮の主となってくれていたあの人喰種の男性と離れ難かったのは、なんとなく雰囲気が初代の主と似ていた所為かも知れない。同じ種族だったからというだけではないだろう。
同じ人を好きになって、同じように利用された。そして同じようにそれを甘受した。シェレスキアとシスイは結局似た者同士だった。
シェレスキアはゆっくりと現在の契約者に微笑みかけた。
「大好きよ、主」
護る事は出来なくて。癒す事しか出来ないけれど。きっとずっと見守り続けるだろう。王の遺したこの国を。主の遺したこどもたちを。ずっとずっと、蛇の生命が尽きる時まで。
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