和平交渉(4)
「お兄様、ご無事でなによりです」
「あぁ、アリア。心配させたな」
「アレク、あなたも無事でよかった」
「ありがとうございます、エミリアさん」
「……アレク、お前は先に戻っていろ」
「ですが」
「正規の兵ではないのだから、良いだろう。早く戻ってゆっくり休んでくれ」
「……わかりました。お気遣いありがとうございます」
「エミリア、私は恐らく今日は戻れない。寂しい思いをさせてしまうが、理解してほしい」
「えぇ、わかってるわ。レオン、無理しないでね」
レオンとエミリアはそう会話を交わし、名残惜しそうに別れを告げる。アレクはレオン達が城へ向かうその姿を見送り、それからエクスタード家に戻った。
……エクスタード家に戻れば、アレクはエミリアとアリアに『メルガス川の戦い』の事を聞かれたのでその話をするが、死者や行方不明者の話はやはりし辛い。
だが、言わねばいけないだろう。知った名前がそこにあるのだから。
「……馬上槍試合の時に、最後まで残ってレオン様と戦った騎士……アリアも覚えているだろうけど、ドルフリー家のヴィクトル様が戦死している」
「そんな、あのヴィクトル様が……!?」
「……私も彼の事は覚えているけれど、彼は年齢だってアレクと同じくらいよね? ……まだ若いのに、可哀想に」
「酷い最期でした……」
だが、一歩間違っていればそれは自分だったかもしれない。それを思い出せば、アレクは手が震えてくる。ゼグウスの兵が、自分に槍や剣を向けている残像がちらつくのだ。
そんなアレクを見て、アリアがその震える手を包んでくれた。彼女の小さい手が、アレクの手を優しく包む。
「アレクさん、無理しないでください。辛い経験をしてしまいましたよね。思い出させてしまってごめんなさい。……メルガス川から戻ってくるまでのこの数日間、きちんと眠れていないでしょう?」
「うん、実はあんまり……。目を閉じると、まだ戦場にいるみたいで……剣と剣がぶつかる音や、怪我を負った兵達のうめくような声が聞こえるような気がして」
「目の下、少しクマになっています。このお茶を飲んだら、休みましょう?」
「アリア……」
「悪い夢を見るようなら、私が手を握っていてさしあげますから安心してください。ね?」
彼女のその優しさと、すべてを包み込むような暖かさに救われた。アリアの事を好きになって良かったと、アレクは感動を覚えるほどに。
同席していたエミリアも、眉を下げ笑っている。きっと、恋人となった二人の雰囲気が甘いとでも言いたいのだろう。
だが、別に今はベタベタしている訳でも睦み合っているわけでもない。ただ純粋に、アリアはアレクの事を心配し助けになってくれようとしているだけ。
もしもこれが、恋人関係でなかったとしても……アリアはきっと、同じように言ってくれただろう。アリアはそう言う、優しい子だから。
「アレク。暫くの間、客間を使うと良いわ」
「え? でも……」
「あなたの部屋じゃ、アリアに近くに居てもらえないでしょう? アリアの部屋で寝てもらう訳にもいかないし」
「……そうですね。ありがとうございます」
アレクは家庭を持っていないので、部屋は同じように独身の使用人数名と共同で使っている。確かに、そんな部屋にアリアを呼ぶわけにもいかなければ、アリアの部屋で寝る訳にもいかない。
「でも変な事しちゃだめよ」
「ま、間違いは起こしません! 大丈夫です、レオン様とも約束していますし」
エミリアはくすくすと笑って席を立つ。使用人の一人に、客間を一つ使えるようにしてと頼んでくれて、部屋を用意してもらっている間に暖かいお茶を飲んだ。
きっと、レオンもアレクがあまり眠れていない事を知っていて先に屋敷に帰るように言ってくれたのだろうと思うと……本当に頭が上がらない。
アレクは先に自分の部屋へ戻ってから、着替えを持ってエミリアが用意してくれた客間へ向かう。アリアが先に部屋で待っていてくれたので、部屋に入った瞬間にまずは抱きしめた。
「アレクさん」
「ごめん、アリア。少しこのままでいたい」
「大丈夫ですよ。……アレクさんがいない間、私も寂しかったんです」
「……俺がいない間、アリアは何をしていたの?」
「アレクさん達の無事を祈っていました。あとはリューク様のお世話をお手伝いしたり、子供服を作ったり……」
「そう言えば、俺の服のボタンが外れそうになっていたんだ。もし良かったら、後で縫い直してもらっても良いかな」
「お安い御用です」
「ありがとう」
アリアに口づける。彼女を抱きしめ、口づけ、それでようやく……戦場から戻ってきたと、その実感ができたような気がした。
アレクは着替えて、寝台に入る。アリアが寝台の隣に椅子を置いて、手を握ってくれたおかげですぐに眠りに就く事が出来た。
数時間経って目が覚めた時にはアリアは机に向かって座っていて、アレクの服のボタンを縫い直してくれているのが見える。
こう言う何気ない日常の事を幸せと言うのだと、戦場を経験して……アレクは改めて思った。