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カルテット・サーガ  作者: カトリーヌ
第4章・移り変わる季節
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和平交渉(3)

 その日は、今朝まで滞在していた村へ戻る事はせずその場で野宿となる。レオンが生存者と死者の数を数え、エドリックが捕虜にした敵を数え監視していた。

 チェリック家の私兵の約二割、騎士団は約一割の死者。後方の魔術師団に死者はでていない。怪我人は数えられない程多い。皆が大小様々ではあるがどこかしらに重軽傷の怪我を負っていると考えた方が良いだろうと言うくらいであった。

 それはアレクも例外ではなく……と、言ってもアレクは戦闘で負った怪我でなく、川で仲間の遺体を探していた腕と足が冷えて凍傷を起こしていたものであるが。ぬるま湯に手と足をつけ、身体を暖める事に専念しろと言われた。


「アレク、大丈夫か」

「レオン様……」


 レオンはいつものように優しくアレクに声をかけてくれたが、アレクは先ほどのレオンの姿が目に焼き付いたまま。鬼神の如く戦場を駆け剣を振るう姿は、いつものレオンとは百八十度違って見えていた。

 以前サムエルが言っていた事を思い出す。

『レオン様は普段温厚なお方ですからとてもそうは見えないでしょうが、一度剣を抜けばまさに鬼神の如く』

 サムエルの言った通り鬼神の如く敵を斬り捨てる姿を見て、少なからずアレクの中にはレオンに対する恐怖もあった。人が人を殺める事などあってはいけないと言っていたレオンが……戦場ではその言葉を忘れたかのように人を斬り捨て、そして何事もなかったかのようにいつものように振舞っている。


「どうしてレオン様は、人を斬って平気でいられるのですか」

「お前には、私が普段と変わらぬように見えるのだろうが……平気な訳があるか。だが、私が普段通り振る舞わねば、皆はどう思う。私が今のお前のように参っていたら、騎士たちはどう思う?」

「……そうですね。失礼しました。レオン様はお強いです。俺には到底真似できません」

「アレクはアレクのままで居てくれ。私のように心を殺して生きる必要はない。私は昔から感情をあまり表に出すなと言われて育ったから、そうやって喜怒哀楽をはっきりと出せるお前が羨ましいよ」

「レオン様……」

「敵を斬るのは、戦になってしまえばそれは騎士の……私の仕事だ。心を殺さなければ、こんな事やっていられるものか」


 レオンはその手に、エミリアが作ったと言う襟巻を持っていた。国を出る前は真っ白だったそれは、敵の返り血で真っ赤に染まっている。もう色が染みてしまったのだろう、きっと洗っても元通り真っ白に戻る事はない。

 それはレオン自身の心を表しているようだった。今までは多少の諍いはあれど、人間相手に命のやりとりを行うような事件はそうなかったはず。それが戦争が始まってしまえば、騎士の仕事は敵を斬って国を守り勝利に導く事……


「ゼグウスの大臣や騎士団の司令官は捕虜にしたんです。彼らを国に帰してやる事を条件に、和平に持ち込めないのでしょうか」

「それは向こう次第だろう、『ゼグウスの魔女』がどう出るか」

「魔女……」

「先ほどエドリックが言っていたが、彼女が先王妃を殺したのは間違いなさそうだ」

「……見えたんですね」

「あぁ。捕虜にした大臣も絡んでいたようで、大臣の記憶から見えたと。王妃が就寝前に日課として飲んでいた茶に、毎日少量の毒を入れて……真綿で首を絞めるように、じわじわと死に至らしめたらしい」

「……なぜそんな事ができるのでしょう」

「そうだな……私には到底理解できないし、理解したくもない」


 レオンはそう言って、アレクの隣に座る。そして懐から、一枚の紙を取り出した。その紙は、先日画家を呼んで描かせたものだとアレクも知っている。レオンは画家に、リュークを抱くエミリアの肖像画を描かせていた。


「……私には守るべき者がいる。だが、それは敵も同じだ。今日死んだ者達にだって、皆家族がいる。死んでしまった者の家族には、会わせる顔がない」

「レオン様……」

「アレク、川は冷たかっただろう。この冷たい川に、彼らを残していく事にならなくて良かった。礼を言う」

「いえ……俺も、せめて遺体だけでも家族の元に帰してやりたいって思って……暗くなって捜索はもう終わりにしろと、そう言われるまで川の冷たさも感じないくらいに必死でした」

「そうか。……あと八名、見つかっていない。明日の朝、その八名を探してやりたいところだな」

「……はい」

「身体が温まったら早めに休め。眠れないかもしれないが……」

「レオン様も、早めにお休みください」

「あぁ」


 そう言ってレオンは、アレクのいた天幕から出て行く。レオンはきっと、騎士達にもこうやって一人一人に声をかけているのだろうという事が想像できた。

 皆多かれ少なかれ、心と身体に傷を負っている。レオンはそんな彼らに寄り添うように、例え一言でも二言でも皆と話すのだろう。本当は誰よりも深く心に傷を抱えているのはレオンだと言うのに、それでも騎士達の事を考えている。

 いや、騎士達と話すことでレオンもまた……平常心を保っているのかもしれない。アレクはレオンの後姿に、そんな事を思った。


 翌日、遺体の見つかっていなかった八人のうち五人は川底から見つけてやる事が出来た。だが、もうそれ以上の捜索は困難だと……皆重い鎧を身に着けているはずだからそう簡単に下流には流されないだろうが、それでも流されてしまっているのかもしれないと諦めざるを得なかった。

 捕虜を拘束していた光の輪は、夕べのうちに全て縄に置き換えられている。流石にエドリックも、眠っている時までは彼らを拘束する魔法を維持できないと言うのがその理由であった。

 ゼグウスの大臣や騎士団の司令官など、捕虜として価値のある身分の高いものと怪我のひどい者は馬車に乗せ、その他の大多数は外を歩かせ王都への道を戻る。

 レオンは騎士のうち軽症の数名をチェリック公の護衛に着かせ、行軍に時間のかかる本隊よりも先に国へ戻らせる。この度の和平交渉が失敗に終わったこと、大臣をはじめ多数の捕虜を取ったことは先に王へも報告が必要だろう。

 途中立ち寄った街で馬車を調達し、捕虜も極力馬車へ収容しながら王都への帰路を辿る事三日。アレクは無事に王都へと戻ってくる。

 騎士団と魔術師団がそろそろ帰ってくると言う話は国民達の間にも広まっていたのだろう。王都の門を潜ってすぐのところで、エミリアとアリアが出迎えてくれていた。

 他の騎士の妻や子、恋人も彼らの身を案じていたのだろう。門の周辺にはかなりの人数が集まっていた。レオンは軍を止め、兵達へ声をかける。


「皆、城へ戻る前に少しだけ時間を取る。出迎えの人間と話したらすぐに戻るように」


 そう言って、レオンもエミリアの元へ。アレクもアリアの元へ向かい、彼女の前で馬から降りた。アリアは心配そうな顔をしていたが、アレクの顔を確認するとその瞳に涙を溜める。アレクが『ただいま』とそう言うのに合わせて、その涙がすっと零れた。

 本当は抱きしめてその涙を拭ってやりたいところだったが、二人の関係が公ではない以上それはできない。この後一度城に戻って、それからエクスタード家に戻って初めて抱きしめる事ができるだろう。アレクはアリアに向かって微笑む。


「メルガス川はとても寒かった。でも、君が作ってくれたこの襟巻のお陰で随分暖かかったよ。ありがとう、アリア。……泣かないで」

「アレクさん、私……怖かったんです。先に戻って来ていた宰相が、和平交渉は失敗して戦になったって……アレクさんが無事かどうか、その情報はなかったから。お怪我はありませんか?」

「あぁ、大丈夫。俺は確かに戦場にはいたし、敵に剣を向けられたりはしたけれど……怪我はしていない」

「良かった……」


 隣では、レオンがエミリアを抱きしめている。エミリアも、レオンの無事を喜び泣いているようだ。流石にレオンの無事はチェリック公が伝えていたであろうが、その目で確かめるまで安心できなかったのかもしれない。

 生後間もないリュークは、乳母に任せて屋敷に置いてきているらしい。確かにまだ肌寒い中で、赤ん坊を外には連れだせないだろう。

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