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カルテット・サーガ  作者: カトリーヌ
第4章・移り変わる季節
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出産(4)

「……レオン様、黙っていて……本当に申し訳ありませんでした」

「いや……こんな事言えないだろう。言ったところで、私だってどうにもできない。だがあの紋章を使うと、そう言っておいてほしかったと言う気持ちはある」

「失敗するかもしれないから、言えなかったんだと思います。去年、馬上槍試合の後でエドリック様とグランマージ家の領地に行ってきましたが……エドリック様は魔力の源である大樹と、何時間も対話していました」

「……大樹と、対話?」

「はい。魔力の大樹は、不思議な木です。エドリック様が触れると、エドリック様の魔力に共鳴するように光って……魔力を通して、大樹と会話ができるそうです。大樹は何もかもを知っていると、エドリック様はそう仰っていました。その時に、この方法が使えるか……大樹に聞いていたそうです」

「……そうか。結果、エミリアは死ななかった。それで良しとしよう。エルバート卿は魔力を失ったという事だが……魔術師団にはエドリックがいる。国の運営も、なんとかなる」


 レオンは着替えを終えると、血で染まった衣服はアレクが持ってくれた。後で洗濯係に渡しておいてくれるだろう。部屋を出て、分娩に使っていた部屋の方へ戻る。ちょうどエミリアの処置は終わったと、産婆はそう言った。

 レオンはエミリアを抱き、寝室へと運ぶ。赤ん坊はアリアがそのまま抱いてくれていた。寝室に戻ってエミリアを寝かせ、レオンはその横に椅子を用意し腰かける。まだエミリアの顔色は悪いが、レオンが着替えている間にエドリックが回復を早めるための魔法をかけておいてくれたらしい。

 アリアが抱いていた赤ん坊を、レオンの腕にそっと乗せてくれる。先ほど抱いた時と同じように……小さいと、軽いと……改めてそう感じた。


「お兄様、赤ちゃんのお名前は考えていますか?」

「男の子だったら父の名を頂こうと思っていたが……この愛らしい顔に、父の名では少し勇ましすぎる。考え直すよ」

「そうですか。……いい名前を貰えると良いですね」


 アリアはそう微笑んで、赤ん坊の頬をツンツンとする。アリアは子供が好きだから、きっと可愛くて仕方がないのだろう。レオンも初めての自分の子に、思っていた何百倍も感動をしているのだ。

 自分が生まれた時も両親は同じように喜んでいたかもしれないと思えば、それもなんだか嬉しくなるものである。本当に、生命の誕生とは尊いと……


 エミリアが目を覚ましたのは、半日経って夜になってからだった。その間レオンは、エミリアに約束した通りエミリアのそばを片時も離れる事はない。赤ん坊は乳母に乳を貰ったりアリアが抱いたりもしていたが、ほとんどの時間をエミリアの隣ですやすや眠っていただろう。


「エミリア、起きたか」

「レオン……」

「顔色は随分良くなったな。気分はどうだ」

「なんだか、不思議な夢を見ていた気分……赤ちゃんは?」

「君の隣で寝ている。横を見てみろ」

「……本当だ。可愛い……」


 エミリアは横を見て、赤ん坊の姿を確認すると瞳に涙を浮かべながら微笑んだ。およそ九カ月の間その腹で子を育てていたのだから、この子の誕生を一番待ちわびていたのはエミリアに違いないだろう。

 そっと手を伸ばして、赤ん坊の頬に触れる。愛しい女性の母親の顔に、レオンにもこみあげてくるものがあった。


「ねぇレオン、なんだか不思議ね」

「何がだ?」

「赤ちゃんってどこからやってくるのかしら」

「それは、子種を……」

「もう、そう言う話じゃなくって。……どうやって人の形になって、命が宿るんだろうって。生命の神秘ね」

「そうだな」

「もう名前は考えてくれた?」

「男児だったら父の名を頂くつもりだったが、父の名ではこの子には勇ましすぎると考え直した」

「そうなの?」

「あぁ。名はリュークにしようと思うのだが、どうだろうか」

「リューク……素敵な名前ね」

「我が家の三代目の当主の名を頂いた。誰からも好かれる親しみやすい人物だったそうだが、騎士としても優秀で王の信頼も厚かったと記録されている」

「ふふ、あなたのような人だったのね。……リューク、お父様のように立派な人に育ってね」


 エミリアはそう言いながら頬を細め、息子・リュークの頭を撫でる。リュークはすやすやと眠っていて、レオンはその光景があまりにも幸せで……思わず目頭が熱くなる。


「レオン?」

「いや……君を失っていたかもしれないと思うと、この光景が夢のようで……。本当に、良かった」

「……レオン、ぎゅって抱きしめて」


 エミリアはそう言いながら身体を起こした。まだ寝ていなければ駄目だろうと言いたかったが、それよりも……エミリアの身体を、強く抱きしめる。エミリアもレオンの背に腕を回して、強く強く抱きしめてくれる。


「……大丈夫、私は生きてるわ。お父様の魔力が、私を蘇らせてくれたのでしょう? 薄れゆく意識の中で、兄様とお父様の声が聞こえていたわ」

「あぁ、そうだ。君を死なせないため、蘇生させるため……君の父上は、その魔力を捨てた」

「お父様の魔力で生かされたからかしら、私……実は今、魔力が溢れているのを感じているの。今までの自分とは、比にならないくらい……」

「そうなのか」

「えぇ。だから、なんだか不思議な気分……」


 エミリアはそう言うと、レオンの胸にすり寄る様にした。レオンはエミリアの額に軽く口づけると、エミリアはレオンの方を向く。彼女の唇に、自分の唇を重ね……軽く触れるだけの口づけの後、名残惜しさを感じながら離れてエミリアを再び寝台へ寝かせた。


 それから10日ほどの間、エミリアは絶対安静としてほとんどの時間を寝台の上で過ごさせる。医者にも診せ、医者がもう動いて良いと言うまでは絶対安静だったが、エミリア自身は数日程で本調子に戻ったので早く寝台から出たかったそうだ。

 レオンはリュークが生まれてから三日は休暇を取ったが、それ以上は流石に休めなかった。何しろ、ゼグウスとの和平交渉の日も刻一刻と近づいている。

 和平交渉の場となるメルガス川は、レクト王国の最南東。道中の道も険しく、到着までに二日ほどはかかる。万が一の事があって遅れる訳にはいかない事から、会談の日の五日前には出る事になっていた。

 レオンの思っていた通り、会談へ向かうのはチェリック家の私兵だけではなく騎士団と魔術師団も同行する事になっている。そして騎士団と魔術師団は、それぞれ団長が出る事は既に決定事項だ。

 魔術師団の団長はまだエルバートであるが、会談に向け出発するまでの間にエドリックが団長となるだろう。

 騎士団も……向かわせる騎士たちは、騎士団の中でも特に精鋭と呼んで差し支えないだろう者たちをレオン自らが選んだ。普段なら遠征を渋るような貴族の子息たちも、歴史的な瞬間に立ち会えると言う名誉に皆快く遠征に応じてくれた。


「ではエミリア、行ってくる」

「えぇ。……気を付けてね」

「あぁ。大丈夫だ、心配する必要はない」


 リュークを抱くエミリアが、出発前のレオンを見送る。レオンの従者としてアレクも同行させるが、アリアもまた……遠征へと向かう恋人の身を案じているようだった。

 レオンはお守り代わりに、エミリアが作ってくれた白い襟巻を巻いて出発する。暖かくなってきたとはいえ、まだまだ寒い。特に会談場所となるメルガス川は、谷底となっていて冷たい風がピュウピュウと吹き込む場所でもある。

 アレクもアリアに別れの挨拶を済ませ、共に馬で城へ向かう。アレクもまた、アリアが作ったと言う真新しい襟巻を首に巻いていた。


 その出発から八日……エミリアが作ったレオンの白い襟巻は、血で染まり真っ赤になって戻ってきた。

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