告白(2)
芝居を見終えて、二人はエクスタード家の私邸に戻る。レオンたちはまだ戻って来ていないようだ。アリア用に用意された部屋に、使用人がお茶とお菓子を持ってきてくれた。
「アリアはさっきの芝居の話、知っていたんだろう?」
「はい。知っていても感動してしまいました。演劇ってすごいですね」
「あぁ。俺は……二人は結ばれないと思って見ていたけど、最後の最後に結ばれることができて本当に良かったって思って」
「そうですね。……アレクさんが彼の立場なら、アレクさんはどうしますか?」
「国を捨てるのは辛いだろうけど、きっと俺も彼女を選ぶ」
そう言って、アリアを見る。もしかしたら、今がアリアに想いを告げる絶好の機会なのではと……アレクは思った。
アレクはアリアに向き合って、彼女の手を取る。アリアは何事かと驚いた顔を見せたが、アレクは真剣な顔で口を開いた。
「アリア、俺……」
「アレクさん……だ、だめです!」
アレクが何を言うのか察したのかもしれない。アリアはアレクの言葉を遮って、その手を振り払う。その顔は今にも泣きそうな顔をしていて、彼女を困らせてしまったとアレクも察した。
アレクはレオンに、身分の違いなど気にするなとお墨付きを貰っているがアリアはそうではない。だから自分とアレクの立場を考えて、これ以上先には進まないようにしたいのだろうという事はアレクにも想像できた。
「……こうして側に居られるだけで、一緒に居られるだけで良かったんです……」
「アリア、俺はそれじゃ嫌だ。俺は君の事が」
「聞きたくありません! お願いです、その先は言わないでください……」
「アリア!」
アリアは席を立ち、扉の方へ駆けだす。その瞳には涙が溢れていた。アレクがアリアを追えば、彼女はすぐに捕まえることができた。後ろから、抱きしめる。強く、強く……逃がさないと、そう言うように。
「アレクさん、だめです。だめなんです」
「聞いてくれ、アリア。だめじゃない。俺は君が好きだ。君を他の誰にも渡したくない」
「アレクさん……」
「……君も、同じように思ってくれているんだろう? だからそうやって、俺から逃げようとするんだ」
「だって、だって私は……私たちは」
「レオン様なら許して下さる。先に言えば良かったね。そうすれば、こんな風に君を泣かせたりしなかった。レオン様は以前、俺に言ってくださったよ。貴族だから貴族と結婚する時代は過去の事にしたいと、君に望まない結婚はさせたくないと……本当に想う相手と結ばれて欲しいと」
「アレクさん」
「好きだよ、アリア。君の気持ちも聞かせて欲しい」
「……好きです。私、アレクさんの事が好きです……!」
アレクの言葉を聞いて、アリアは泣きながら言った。やっと想いを伝えられた今の二人は、きっと世界中の誰よりも幸せだろう。アリアの気持ちもわかっていたが、アリアの口からその言葉が出てきたことが、アレクは踊り出したいくらいに嬉しい。
アリアの涙が、彼女を抱きしめているアレクの服の袖を濡らす。アレクはさらに強くアリアを抱きしめた。その腕に、アリアの手が添えられぎゅっと掴む。
アレクはアリアの涙をその手で拭って、涙の筋が残った頬に口づけた。アリアは照れながらも嬉しそうに笑う。そうしてアレクの方を向いて、アレクに強く抱き着いてきた。
「ずっと、こうしたいと思っていました」
「俺もだよ。何度君を抱きしめようと思って、その気持ちを飲み込んできたか」
そして、アレクはアリアの頬に手を添える。アリアに上を向かせ、ゆっくりと顔を近づければお互い瞳を閉じ……唇と唇が触れたのは、本の僅かな時間だった。アレクはもう一度、今度は正面から強くアリアを抱きしめる。
もう決して離さないと……そう言うように。アリアもアレクの背に腕を回して、アレクの胸の顔を埋めていた。
レオン達が戻ってきたのは、二人がそうやってしっかりと抱きしめ合っている時だった。急に部屋の扉が叩かれ、ハッとした二人は即座に離れアリアはすぐにお茶菓子の置かれた机へと戻った。
赤い顔のまま『どうぞ』とアリアが言えば、レオンが戻ったことを伝えに来た使用人が不思議な顔をしていた。
戻ってきたレオン達と共に王都への道を再び向かうが、アレクは少しばかり浮かれていた。アリアと出会ってすぐに気づけば彼女の事を目で追うようになっていたアレクは、半年ほどずっとアリアを想い続けていたのだ。やっと想いが通じ、嬉しくないはずがない。
レオンにも、早めに報告すべきだろう。だから王都に戻ったら、すぐに言おうと……そう思いながら寒空の下馬車を走らせる。時に魔物と対峙し、運転を他の人間と交代しながら王都へ。王都にたどり着いた頃はもう夕方だった。
「公爵、奥様、アリア様。おかえりなさいませ」
「うむ、出迎えご苦労」
戻ってきたエクスタード家の私邸。レオンが一番に前を歩けばエミリアとアリアが続く。馬車を降りた時にアリアと目が合えば、アリアは少し照れ臭そうな顔をして頬を赤くしていた。可愛いと、そう思わずにはいられない。
今まではただ、アリアの仕草を可愛いと思ってもそれだけだった。だが、もう違う。あまりに可愛くて抱きしめたいと思えば、抱きしめたって良い。勿論、時と場所は選ぶが……もう抑えなくて良いと、アレクはその事実がたまらなく嬉しかった。
「レオン様、三年振りの領地は如何でしたか」
「叔父上やフランツ達に変わりがないようで安心した。現地の領民とも話ができたし、行けて良かったよ」
「それは良かった」
「こちらに変わりはないか」
「えぇ」
執事長のレオナルドと、レオンがそう話しているのを聞きながらアレクは馬車に積んだ荷物を下ろす。
今日が今年最後の日。レオンが戻ってくるのに合わせ、屋敷の中では今年を締めくくるための豪華な食事が準備されているのだろう。屋敷の外まで、いい匂いがしていた。
「アレクさん」
「アリア、どうしたの?」
「お夕飯の後、お話しできますか」
「あぁ、良いよ」
「では、また後で」
アリアはそう言って笑って、屋敷の中へ入っていく。アレクはその愛しい後姿が見えなくなるのをじっと見ていれば、共に領地へ行った私兵に手が止まっていると怒られた。
「アレク、お前アリア様と何かあったのか?」
「え? いや、そんな事は……」
「本当か?」
エクスタード家の私兵や使用人たちが、アリアとアレクの仲が良い事は既に周知の事実ではあっただろう。その私兵もまた、少しばかりニヤニヤとしながらアレクに探りを入れる。
もちろん皆、身分の差がある以上……いくら二人の仲が良くても、それだけだとそう思っていただろう。アリアはアリアで様々な家の男と会うようにレオンに言われている事を皆知っているし、まさかレオンが平民の男と妹の恋を許すわけがないとそう思っていたに違いない。