エクスタード家の娘(1)
アリアがレオンの妹であると知らされた後、教会はひどい大騒ぎになっていた。何しろエクスタード家はレクト王国きっての名門貴族である。共に過ごしていたアリアがそんな名門貴族の血を引いていると、一体誰が思っていたか。
レオンがアリアをエミリアの代わりにしていたのではないかなどと言っていた少女たちも、流石に反省せざるを得ないだろう。
アリアはそこまで私物も多くなく、教会に居れば周囲に気を遣われることを知ってすぐに荷物をまとめた。生まれ育った教会を離れるのは寂しくもあったが、どちらにしても後二年で離れるつもりだったのだ。
その時期が早まっただけだと自分に言い聞かせ、エミリアが用意してくれたという服に袖を通す……。鏡の前で確認してみるが、慣れない自分の姿はとても恥ずかしかった。
アリアは鞄に少ない私物を詰め込み、新たな門出を迎える。教会の神父やシスター、そして共に育った孤児の少年少女たち皆がアリアを見送ってくれた、
「アリア、行ってしまうのですね」
「シスター、今までお世話になりました。神父様、父のいない私にとって神父様が父でした。本当に、ここまで育てて頂いて感謝してもしきれません」
「エクスタード家に行っても、いつも笑顔でいるんだよ。お前のその笑顔は、皆を元気にしてくれる」
「はい」
既にレオンがアリアを迎えに来て、出入り口に程近いところで見守ってくれている。あまり長く待たせるのも申し訳ないが、レオンは何分でも待つと言ってくれた。
それに、アリアにとっては教会を出ると言っても住むところが変わるだけだ。エクスタード家の毎朝の礼拝も、きっとこれからも聖ヴェーリュック教会で続くだろう。だからアリアも毎日また来るつもりである。
それでもこんなに名残惜しいのは……ここがアリアの『家』だからに違いない。
「お兄様、お待たせいたしました」
「もう挨拶はいいのか?」
「はい。今生の別れと言う訳ではありません。大丈夫です」
アリアは瞳に涙を溜めながら、そう言う。アレクが教会の扉を開き、先導してくれた。アリアは皆の方へ向かって一礼し、レオンとアレクの後を追う。教会のすぐ目の前に馬車が止まっていたが、レオンがアリアに先に乗るよう促してくれた。
……エクスタード家まではそう遠いわけではない。馬車に乗って、ほんの数分の距離だろう。ゆっくりと変わる景色を窓から眺めながら、アリアはこの十五年の事を想って感傷に浸っていた。
「教会を離れるのが寂しいか」
「はい、とても……」
「そうだろうな。だが、心配はいらない。いつでも遊びに行けば良い」
「はい」
そう言っている間に、エクスタード家に着いたのはあっという間だった。御者のアレクが馬車の扉を開いてくれて、まず先にレオンが馬車を降りる。レオンがアリアに手を差し出し、アリアはその手を取って馬車を降りる……
いつもは門の外からしか見たことがなかったエクスタード家。その庭に、多数の使用人と思われる人間がずらりと整列していた。少し先に見える、玄関の横にはエミリアが立っている。
「レオン様、おかえりなさいませ」
「皆、今日はわざわざ出迎えのために集まってもらって悪かったな。このために仕事の手を止めた者もいるだろうが、今日はその分手を抜いてくれて構わない。この子が私の妹のアリアだ、覚えておくように」
「アリア様、私は執事長のレオナルドと申します。以後、お見知りおきを」
「は、はい……。よろしくお願いいたします、アリアです……」
初老の男性がアリアに挨拶をするが、アリアは圧倒されている。レオンの言葉をそのまま受け取るならば、仕事を中断させてまで屋敷の使用人をこの出迎えのためだけに集めたとそういう事なのだろう。
レオンがゆっくりと玄関の方へ歩みを進めるのでアリアもそれについてゆく。左右に並んだ使用人たちが、皆口を揃えて『レオン様、アリア様、おかえりなさいませ』と言って順に頭を下げて行った。
「お帰りなさい、レオン。そして、ようこそアリア」
「あぁ、ただいまエミリア」
「エミリア様、この服はエミリア様が用意してくださったと聞きました。ありがとうございます」
「良いのよ、とってもよく似合っていいて可愛いわ。ね、レオン?」
「あぁ、そうだな」
「そ、そうですか? 着慣れないので、ちょっと恥ずかしいです……」
「そのうち慣れるわよ。それと、私の事は義姉と呼んでくれると嬉しいわ」
「……はい、お義姉様!」
エミリアの侍女だろう女性が、エクスタード家の扉を開いてくれる。アリアはエクスタード家の中に入るのは初めてで、とてもドキドキする。貴族の家の中がどうなっているかなんて、想像の世界でしかない。
玄関を開けてすぐは、綺麗な大広間。その広間の奥に大きな階段が見える。落ち着いた色合いの調度品に、綺麗なシャンデリアが眩しい。
「まずはアリアの部屋へ案内しよう」
「はっ、はい」
レオンにそう言われ、彼の後をついていく。外の使用人達も皆ぞろぞろと屋敷の中に戻って来て、それぞれ仕事に戻るようだ。
階段を上って二階へ。そして二階の通路には何枚かの肖像画が飾ってある。アリアはその中の一枚……ある肖像画の前で足を止めた。
「……お菓子のおじさん?」
「どうした、アリア」
「お兄様、私……この人知ってます」
「それは私たちの父だ。父が亡くなった時アリアはまだ幼かったが、騎士団長でもあったし父の顔くらいは知っていても……」
「違うんです。私、お父様のお顔は……失礼ながら知りませんでした。でも、この方は知ってるのです。いつも帽子を被っていたし、眼鏡をかけていたし、服が違うから印象は随分違いますが……」
「……どこで会ったんだ?」
「私が小さい頃から、毎月初めの日に教会に来ていました。でも、教会の中まで入っていた事は見たことがありません。私たち子供が教会の外で遊んでいたら、いつもみんなにお菓子を持ってきてくれたんです。シスターや神父様には内緒だよって……だから私たちは『お菓子のおじさん』って、そう呼んでいました」
「……そうか。では、父は……君の事を知っていたんだな。だが、自分が父親と名乗り出ることはせず、ただ君の成長をその目で確かめていたのか……。子供たち皆にお菓子を持っていくことで、君だけを特別扱いして怪しまれないようにしていたのだろう」
「ある月を境にパッタリといらっしゃらなくなったから、何かあったのかと……みんな、心配していたんです。思い返せば姿を見なくなったのは、お兄様と知り合ってからだと……」
「……葬儀の後の月から、か……」
「あぁ、あなたがお父様だったのですね……! 一度でもお父様と……そう、お呼びしたかった……!」
目頭が熱い。アリアが生まれる前に死んだと聞かされていた父は、アリアの知らないところで自分の事を見守ってくれていた。聞かされていなかったのだから当然知りえないにしても、何も知らなかった自分が悔しい。
知っていれば、お父様とそう呼ぶ事ができたのにと……
「きっと、こうしてエクスタード家に来てくれたあなたの姿を見られて、お義父様は嬉しいでしょうね。今日この肖像画をここに飾ろうって、レオンがそう言ったの。きっとお義父様も、アリアの姿を見たいだろうからって」
「お父様は、喜んでくれているでしょうか?」
「えぇ、きっと喜んでいるわ。今のアリアみたいに、泣いてるかも」
「お父様……」
ポロポロと、涙がこぼれる。それを見ていたレオンとエミリアが優しく微笑みながら……エミリアがハンカチをそっと差し出してくれた。レオンも頭を撫でてくれる。
肖像画の父の姿は、きりりと勇ましい顔。肖像画の中の父も記憶の中の父もレオンとはあまり似ていないが、記憶の中の彼の姿は……優しく微笑んだ姿は、確かにどこかレオンに似た雰囲気があったかもしれない。
アリアの涙が止まるまで、レオンもエミリアも待っていてくれた。涙が止まって、改めて肖像画を見る。
「もう大丈夫か?」
「はい、お兄様。お待たせしてしまって、すみません」
「時間はいっぱいあるから大丈夫よ」
もう少し歩いて、アリアの部屋だと言う部屋に通された。一人部屋と言うものに憧れもあったが、今まで自分が使っていた教会の部屋よりもかなり広くて落ち着かないかもしれない。
綺麗に整った寝台に、机と椅子、化粧台もある。アリアは部屋に入って、ついキョロキョロとしてしまった。




