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カルテット・サーガ  作者: カトリーヌ
第2章・怪物か、神の遣いか
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エドリック・グランマージ(5)

「……エドリック様は先ほど、レオン様の『呪い』については何も仰ってはくれませんでした。ですが、ここまで聞いた以上……どんな効果の紋章なのか、教えて頂けませんか」

「エミリアが死ぬような事があれば、自分が身代わりになって死ぬ代わりにエミリアは生き延びる。あいつに刻んだのはそういう……もはや魔法とは言えない『呪い』だよ」

「な……!?」

「馬鹿だろう? だが、自分がそばにいない以上エミリアを守る方法はそれしかないって、そう言って聞かなかった」

「エミリアさんは、レオン様が刻んだ紋章の正体を知っているんですか?」

「知る訳ないだろう。レオンがなんて言ってエミリアに紋章を刻んだのかは知らないが、そんな効果の紋章だと聞いていればエミリアだって受け入れているはずがない。だからこそ、エミリアに言えば書き換えられるだろうって事だ。何しろ、二人のどちらかでも紋章を書き換えなければ……来年、レオンは死んでしまう」

「……なんで、そんな……。それも、予知夢ですか」

「そうだ。出産って、命がけだって知ってるかい?」

「待ってください、じゃあエミリアさんは出産時に命を落とすって事ですか? だったら、紋章を書き換えれば今度はエミリアさんが……!」

「エミリアは妹だが……エミリアとレオンと、客観的に見て損失が大きいのはレオンの方だ。冷たいかもしれないが、どちらかが死ぬとわかっている以上取捨選択は必要になる」

「そんな……」

「五年前、エミリアが出て行く頃にはまだレオンの父上も存命だったし、私もまだ未熟だった。だが、今は……レオンを失う事がどれだけ皆の損失になるのか分かっている以上、レオンを死なせるわけにはいかない」


 エドリックも苦渋の決断だったと言うのは、アレクにもわかる。妹と親友、どちらかを選べだなんて酷な話だ。しかし、何もしなければどちらが死ぬか……結末は見えている。だからこそここまで、レオンを生かすための方法を探しに来たのだ。


「俺は二人とも死んでほしくありません! どうにか、どうにかして未来を変えられないんですか!?」

「私の予知夢は今まで、その未来が覆ったことはないが……実のところ、私が見た夢はエミリアが死ぬ直前までだ。だからどうにか、エミリアが持ちこたえてくれていれば……」

「そんな薄い望みに賭けなければいけないんですか……」

「そうだ。だからこそ、レオンの『呪い』を消す。エミリアは死なないかもしれないが、私はエミリアが死ぬと……今の時点ではそう考えている。私だって……二人とも無事なら、もちろんそれが良い」


 例えばだ。例えば、エドリックがこの予知夢の事を二人に話して、今回は子供を諦めるという選択はできないのだろうかと思う……

アレクは親になった経験がないから、その選択がどれほど辛い事なのかは想像でしかないが……レオンとエミリアの、どちらかを失うくらいならそうして欲しいと思うのも事実。

 だが、宗教的には堕胎と言えば禁忌でもある。どんな未来が待ち構えていようが、特に敬虔な信者である二人がその選択をすることはまずないだろう。


「アレク君、目的は果たした。長老に挨拶をして帰ろう」

「……はい」

「もちろんわかっていると思うけど、この予知夢の事は他言無用だ。君も辛いかもしれないけど、胸の内に秘めておいて欲しい」

「わかっています……」

「まだエミリアは懐妊したばかりだ。出産までは時間がある。私たちに何かできることがないか、それを考える時間もそれだけあるという事だ。私も、諦めているわけではない」


 エドリックは落ち着いてそう言っているが、彼は今まで……どれだけの辛い未来をその胸に秘めてきたのだろうか。

 きっと、誰にも口外していないだけで数々の予知夢を見てきたはずだ。人に言うべきこと、言わずにおくべきこと……その選択をしてきたからこそここまで落ち着いていられるのだろう。


 長老に挨拶をした後、イリーナに弓矢と剣を返してもらってから二人は森を出る。イリーナは森の出口の近くまで、二人を誘導してくれた。

 アレクは馬を馬車に繋ぎ、御者台へ座る。来た時と同じように、エドリックもその隣に座った。


「アレク君、もう日が沈みかけてる。夜は魔物が活発になるし、来た途中に立ち寄った街で一泊して、王都には明日戻ろう」

「……はい」

「連絡はしておいた方が良いな」


 エドリックが持っていた鞄から筆と紙を取り出し、さらさらと文字を綴る。それをどうやって王都へ届けるのかと思えば……パチンと指を鳴らすと、どこからともなく一羽の文書鳩が現れた。


「文書鳩!? どこから出てきたんですか!?」

「これも魔法だよ。本物の鳩じゃない。どんな形にもできるけど、この形が一番しっくりくるだろう?」

「た、確かに……」

「鳥の形なら空を飛べるし、便利なものだよ」


 エドリックは鳩の足に、先ほど文字を書いた紙を括りつけて飛ばす。意識を集中させて鳩の視線を共有し、思った通りの場所へ行けるそうだ。だだ、何かの身体を作って思い通りに動かすのは、かなり集中力を必要とする高度な術の一つであるらしい。

 エドリックはしばらく集中して無言のまま、その間魔物が現れたら対処するのはアレクだと周囲を警戒する。エドリックが言ったように魔物は深夜特に活発になる。既に日は沈みかけ、美しい黄昏空が広がっていた。


「よし、届いた。……エミリアが明日、君と一緒にエクスタード家に来いって言ってるな。なんか怒ってるように聞こえたけど、何かしたかな……」

「相手の声まで聞こえるんですか。魔法って、本当にすごいですね」

「君も魔法を使いたくなってきたかい?」

「いえ、難しそうなんで俺は……」

「レオンと同じことを言うね。レオンも昔色々聞いてきたからやってみればいいと言ったんだけど、頭で色々考えるよりも身体を動かす方が楽だって言われたよ」


 エドリックはそう言って笑った。アレクはしばらく東へ馬車を走らせ、街を探す。小一時間ほど走ったところで街を見つけ、その日はそこで一泊。翌朝街を出て、昼前には王都へと戻った。

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