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カルテット・サーガ  作者: カトリーヌ
第2章・怪物か、神の遣いか
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エドリック・グランマージ(1)

 話は少し遡り、レオンが継母にアリアを迎え入れるために家を出るよう話をしてから数日……それを了承した継母が引っ越すための準備で、エクスタード家は大変慌ただしい日々を送っていた。

 まだアリアの事を公にしていない以上、表向きはレオンからの打診ではなく、継母自ら領地へ戻ると言ったことになっている。アレクはレオンの継母と直接の関わりはないが、エクスタード家に仕える事になって早々汚いものを見るような目で見られた事は忘れてはいない。

 そんな慌ただしい日を送る中、レオンは事務仕事のために王宮内の騎士団長室に籠っていた。アレクはあの資料を取ってくれ、この資料はあっちに置いてきてくれと、レオンの雑用係としてそばに控えていたのだが……コンコンと、扉が叩かれる。

 アレクが来客を確認しようと扉の方へ向かう前に、不躾にも扉は開く。一体誰だと思ったが、その人物の顔に見覚えはあった。

 レオンとエミリアの結婚式の時に、グランマージ家の参列者として見たはずだ。エミリアの兄であり、魔術師団の副団長……エドリック・グランマージである。

 彼はレオンと同い年の幼馴染であり親友でもあれば、レオンがエミリアと結婚した今となっては義兄弟の関係。遠慮する必要はないと言う事なのだろうか。


「レオン、少しいいかい?」

「エドか。どうした」

「今度領地へ行きたいんだ。君のところの私兵を護衛に借りたいんだけど」

「……護衛なら、冒険者に頼めば良いだろう。腕のいい奴はゴロゴロいるぞ」

「身元もわからない奴を金で雇いたくないんだよ。それに彼らは、振る舞いが粗暴じゃないか。偏見かもしれないけど」


 話す二人の姿を、アレクは少し遠目で見ていた。エドリックの事は、エミリアから聞いた事がある。エミリア曰く彼は『怪物』で、エミリアは彼の事を畏怖しているらしい。

 身体つきは一般的な平均男性と言う感じだし、レオンやアレクのように身体を鍛えている訳ではないだろうからそう強そうには見えない。切れ長の目をしているが優しそうには見える。

 彼は魔術の父と呼ばれた祖父・エルヴィスや、賢者と呼ばれる父・エルバートを凌ぐ稀代の大魔術師らしいが……とてもそうは見えなかった。


「では、そこにいるアレクはどうだ。お前にも以前話したが、彼がエミリアを二度も助けてくれた恩人だ。剣はまだまだだが、弓は上手いぞ。エクスタード家に勤めてはいるが、冒険者としての依頼も週に二、三度許可している」

「え? お、俺ですか?」

「ふむ。君がアレク君か。レオンと一緒に、飛竜退治に行ったと噂のね。うん、うん……なるほど」


 エドリックは、アレクを上から下まで見定めるように……。レオンと共に王宮へ出向くのに変な格好をしてきたつもりはないが、ジロジロ見られているとなんだか良い気分はしない。

 エミリアに聞いていた『怪物』と言う先入観のせいだろうか。なんだか怖いと……アレクはそう思った。


「……取って食いはしないから安心して」

「え?」

「だって今、私の事を怖いと思っただろう?」

「い、いえ……そんな事は!」

「……アレク、無駄だ。エドに嘘は通用しない。全て『見えて』いる」

「み、見えて……?」

「君の事は全部わかったよ。アレックス・ダンドール君。サンレーム地方の山間の集落の出身で、家は代々狩人だ。両親は幼いうちに亡くしているが、妹がいるのか。妹がいるのは、私と一緒だね」

「……! ど、どうしてそれを? エミリアさんにはそんな話もしましたが……」

「エミリアから、わざわざ君の個人情報を聞くほど野暮じゃないよ。そもそも私と君は今日、初対面だ。正確にはレオンとエミリアの結婚式の同じ場所にはいたが、こうやって話すのは初めてだね」

「エド、それくらいにしてやってくれ。アレクも戸惑っている」


 思わず鳥肌が立つ。一体、彼は何だと言うのか。レオンは『見えて』いると言ったが、エドリックのその目には一体何が見えているのか……


「じゃあ、もう一つだけ。……最近好きな子ができたね?」

「や、そ、それは」

「それは初耳だな。私も知っているか?」

「レオン様まで! や、やめてくださいよ!」


 からかうように言われ、場は僅かながらに和んだが……アレクは顔を耳まで赤くしながら声を張り上げる。

 エドリックはふふっと笑っていた。彼は人の心が読めるのだろうか……それにしたって、別に今アリアや家族の事を考えていたわけでもない。

 心が読めると言うよりは、レオンが言った通り『見えて』いるのだろう。アレクが今までどう生きてきたのか、何を考えているのか……その全てが。


「うん、彼なら良いか」

「いつ行くんだ?」

「三日後の予定」

「アレク、すまないがこの通りだ。三日後にエドの護衛として、グランマージ家の領地まで行ってくれないか」

「アレク君、君は馬の扱いにも慣れていそうだね。どうせだから御者兼護衛でお願いしても良いかな。できればあまり、多くの人間を領地に連れて行きたくなくてね」

「は、はい……」


 呆気に取られて、返事をしてしまった。とはいえ、そもそも拒否権はないのだろう。グランマージ家の領地……アレクはその場所がどのあたりにあるのかも、どんな場所なのかもわからない。

 何か美味しい名産品でもあれば、ちょっと食べさせてもらうくらいはいいだろうと……暢気にそんな事は考えたのだが。


「そうだレオン、もう一つ」

「なんだ?」

「今朝、夢を見たんだ。だからそれを伝えようと思ったんだけど……一歩遅かったみたいだ。君はもう知っているようだから」

「一応聞くが……どんな夢だ?」

「おめでとう、レオン。エミリアに子供ができたんだろう?」


 きっとエドリックに悪気はなかった。だがアレクは初耳だったし、レオンも驚いた顔をしている。エミリアの懐妊をレオン自身は知っていたようだが、はぁと大きなため息をついた。


「……礼は言う。だが、エミリアにもまだ……皆には言わないでくれと言われていた。そこにいるアレクにも、まだ言ってなかったんだが」

「あぁ、そうだったんだ? それは失言だったね。アレク君、すまないけどこの話は聞かなかったって事で」

「は、はい……」

「エミリアは、子供が無事生まれてくれるかわからないから、まだ誰にも言うなって言ってるんだろう? 大丈夫、子供は無事生まれてくると私が言っていたと伝えてくれ」

「あぁ、お前が言うならそうなんだろう」

「性別は? 聞きたいかい?」

「いや、生まれるまでの楽しみにしておく」

「……あ、あの。エドリック様は、予知夢を見るのですか?」


 レオンとエドリックはさも当たり前のように、いつもの事だとでも言うように話をしていたが……アレクには疑問だった。エドリックは夢を見たと言った。子供が無事に生まれる事、そして性別までわかるというのならば……夢の中でエミリアは無事に出産したという事なのだろう。

 そして、それが事実になるならば……それは予知夢という事だ。きっと、過去にも何度も夢が現実になってきた。だからレオンも、夢の話だと馬鹿にしたりしないのだ。


「そうだよ。まぁ、初対面の人に言っても信じられないかもしれないけどね」

「いえ、そういう訳では……ただ、疑問に思っただけで」

「じゃあ、アレク君。君にはレオンとエミリアの子が、どちらが生まれてくるのかを教えておこう。答え合わせは、エミリアが出産した時だ」


 エドリックはそう言って、アレクに耳打ちする。

 そうしてエドリックは、用件は以上だと言って部屋を出ていく。アレクは、張り詰めていた緊張からほどけて気が抜けた。


「なんだか、エミリアさんのお兄さん……すごい人ですね」

「そうだな。子供の頃は『神童』なんて呼ばれていたか……。エドは本当にすごい奴だ。私とは大違いでな。私やエミリアは己を磨くための努力を怠ったことはないが、あいつは努力の『ど』の字もした事がない。はじめて魔法を使ったのも、五歳の時だと言う」

「五歳!? ……エミリアさんが『怪物』だって言っていましたが、その意味が分かったような気がします」

「いや、まだわかっていないぞ」

「えぇ……」

「三日後、きっと嫌でもわかる。悪い奴ではないから、まぁよしなにやってくれ」


 三日後が途端に不安になる……。その日、エクスタード家に戻った後でエミリアにエドリックに会ったと、三日後に彼の護衛する事になったと言う話をすれば、エミリアは憐れむような眼でアレクを見ていた。

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