アレックス・ダンドール(3)
そうしてしばらく、日が傾きかけた頃……二人を乗せた馬車は王都にたどり着く。それはもう、アレクが想像していた以上の大都会。建物も人も、多すぎる。人々の身なりだって、アレクの着ているような草臥れたものではない。
エミリアに導かれるまま歩みを進めるが、キョロキョロと辺りを見回している姿は田舎者丸出しだっただろう。
「冒険者になるにしてもならないにしても、今日は宿に泊まった方が良いわ。あなたが家に帰るにしたってあの村へ戻る馬車はもうないだろうし。だから、まずは宿をとりましょう」
「うん……」
「私も、もうじき夜になるから家に行くのは明日にするわ。ギルドも……明日の昼間の方が良いんじゃないかしら。ちょっとお腹も空いたし、宿をとったらご飯にしましょうか」
「あぁ……」
「ちょっと、聞いてる?」
「うん……」
「……口開けたまんまキョロキョロして、完全に上の空ね」
もうじき夜になるのに、どうしてこんなにも活気に満ち溢れているのか。集落では日が傾いてきたら皆家に戻って、こんな時間ならば外を歩く人もほとんどいない。唯一の例外が祭りの日だが、今日がその祭りの日なのかと思ってしまうほどである。
だが、王都ではこんな賑わいは日常茶飯事なのだろう。改めて、自分が世界を知らなかった事を知った。同時に、世界の色んなものを見てみたいと……冒険者への憧れが増すばかり。
ひとまずエミリアに言われるまま宿に行って、二部屋用意してもらう。アレクは部屋に弓矢と胸当て、それに外套を置きまたエミリアと合流する。
「夕飯は何を?」
「アレクはもしかしたら食べた事がないような料理かもね。私、昔すごく大好きだったお店があるの」
先導するエミリアの足取りは軽く、楽しそうで。五年ぶりに故郷へ帰ってきたと言うのだから、やはり嬉しいのだろう。レンガ造りの街並みを、エミリアは迷うことなく歩いている。
アレクはすでに方角すらわからない。エミリアが居なければ、宿へ戻る事すら困難だろう。宿で町の地図をもらったものの、一体今がどこでどっちへ向かっているのか……
「あ、あのお店よ。よかった、明かりがついてるからまだやってるわ」
「なんかすごく、どこの店もお洒落すぎて……高そうだけど大丈夫かな」
「うーん、ここに食べにくる時って、いくら払ってたのかしら? 確かにちょっとお高いと思うわ、貴族御用達のお店だし……。明日ギルドに行けばアイツを仕留めた報酬をもらえるし、パーっとやっちゃいましょ!」
「と、とりあえず立て替えておいてもらっていいですか……」
ここに来るまでの馬車賃と、それに宿代で財布の中が寂しい事になっている。情けない話だが、高級店での食事代なんて払えそうにない。
「良いわよ。アイツを仕留めた報酬、もらう権利はあなたにあるって言ったでしょう?」
そう言いながら、エミリアは店の扉に手をかけようとするが……エミリアが触れる前に、扉が開いた。
アレクはその扉の先に、整った顔に綺麗な金色の髪の……そして長身で、品のある衣服をまとった男の姿を確認する。その彼の後ろには、アレクの妹と同じ年頃だろう、一人の少女が控えていた。
「……レオン?」
「……エミリア!?」
アレクと、そしてレオンと呼ばれた男性の後ろにいた少女は二人とも同じ表情をした。『知り合い?』と。そして昼間、エミリアの身の上話を聞いていたアレクは直感で悟る。
『この男が、エミリアの婚約者だった男なのだろう』と。そして後ろの少女は、まだ幼く見えるが彼の夫人なのだろうかと……
彼の方から見れば、婚約者だったエミリアが男連れで王都に戻ってきたように思うかもしれない。いきなり修羅場になるのかと、アレクは冷や汗をかいていた。