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カルテット・サーガ  作者: カトリーヌ
第2章・怪物か、神の遣いか
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アリアの悩み(3)

 数日後、アレクはエミリアと共にギルドにいた。今日請け負う仕事は自分たちだけの仕事だが、アリアにも手伝ってもらう仕事も一緒に吟味している。

 魔物の討伐や、隣町までの護衛など……戦いになる依頼ばかりを受けてきただけあって、白い星の依頼書を見るのも新鮮だとエミリアは言っていた。


「亡くなった両親が住んでいた家が空き家になっているため、遺品整理と部屋掃除を手伝ってほしい」

「俺、掃除は苦手……」

「外出予定の日に、二歳になる息子を見ていて欲しい」

「三人がかりでやる仕事じゃないな」

「腰を痛めたため薪割をしてほしい」

「……間違いなく、エミリアさんやシスターには向かないね」

「平和な依頼って言うのも中々難しいわね」

「……薪割は俺一人でやるよ」

「あ、これはどうかしら」

「どんな依頼?」

「もうすぐ収穫期を迎える、野菜の収穫を手伝ってほしい。報酬はお金の他に収穫した野菜ももらえるって」

「……エミリアさんが野菜の収穫をしている姿が想像できません……」

「あら、それはちょっと失礼じゃない? 確かに、したことはないけど」


 むしろ、今やエクスタード公爵夫人と言う女性が野菜の収穫を手伝いに来ましたと農家を訪れたら、農家の方が恐縮してしまうだろう。

 だが、これならアレクでもアリアでもできる。よって、この依頼を受ける事にするが、この日エミリアは連れて行くべきではない。


「これにする。でも、エミリアさんは留守番で」

「えぇ、どうしてよ」

「……エクスタード公爵夫人に、こんな泥臭い仕事させられないよ。農家の人も、きっと同じことを言う」

「エクスタード公爵夫人なんて、そんなのただの肩書なのに」

「肩書でもなんでもいいけど、エミリアさんは自分が貴族なんだって事をもっと自覚してください!」

「いじわるね。私だって、お野菜収穫してみたいのに……」


 エミリアは少し拗ねたように言うが、これでいいだろう。今日の魔物退治の依頼と合わせ、この野菜収穫の依頼についても引受証を作ってもらう。

 今日の依頼に出る前に、先にその農家を訪ねた。日程はいつ頃がいいかの相談をしようと思ったためだ。

 王国城下町のはずれに、大きな農園が広がっている。多数の労働者を雇って作業をしているものの、収穫期はそれでも人手が足りないそうだ。

 アレクと共にやってきたエミリアの姿を見てやはり驚いていたが、当日は自分ともう一人別の子を連れてきますとアレクは説明した


「まさか、エクスタード公のご夫人がいらっしゃると思っておりませんでしたので、何のおもてなしもできず……」

「お構いなく。でも、一つだけいいですか?」

「はい、何でしょうか」

「……当日は来ないけど、私もお野菜収穫してみたくて……。今、何か収穫できるものはありません? その分は、買い上げますので」


 ニコリと笑いながら言うエミリアは、どうやら相当野菜の収穫をしてみたかったらしい。狩人ではあるが農村育ちのアレクにとって、野菜の収穫は全く特別なことではないのだが……お嬢様育ちのエミリアには、楽しそうな事なのだろう。


「それでしたら、大きく育った豆がありますが……夫人が収穫して持ち帰るという事は、もしかしてエクスタード公も召し上がりますか?」

「えぇ、きっとそうなります。私が収穫したと言えば、主人はきっと嬉しそうに口に運びますわ」

「それは光栄です! ささ、ぜひこちらへどうぞ。足元が悪いので、お気をつけてください」


 これから魔物退治に行くと言うのに、暢気なものだとアレクは思う……。農場の経営者についていき、アレクは小さなザルを持たされた。エミリアは鋏を持って楽しそうに豆を収穫し、アレクの持つザルに載せていく。


「夫人、もしよろしければあちらに茄子も」

「あら、良いんですか? ふふ、楽しい!」


 エミリアが楽しそうなら良いのだが……結局、あれもこれもと収穫したので最初はザルに乗る量がいつしか籠が必要な量になっていた。

 さすがにこのまま持ち帰れない。そもそも、この後は魔物の討伐に行くのだ。


「……エミリアさん、楽しいのは良かったんですが採りすぎです」

「そうね……ついうっかりしちゃったわ。ご主人、あとで家の者に取りに越させますので、預かって頂いていても良いかしら?」

「はい、夫人。本日はお楽しみ頂けたようで何よりです」

「ではご主人。五日後にまた来ますので、よろしくお願いします」

「こちらこそ、どうぞよろしく。夫人も、またいつでもいらしてください」

「はい、ぜひ」


 農場を出てそのまま城下外を抜け、今日の得物である魔物を探しに行くのだが……その道中、エミリアはアレクに尋ねる。


「ねぇ、アレク。五日後やっぱり私も行くわ」

「えぇ、だめですって」

「だって楽しかったんだもの。泥臭いのも、案外悪くないわね」

「……レオン様に言って、屋敷の敷地内に畑を作ってもらったらいいんじゃないですか、エミリアさん用の」

「あら、それは名案ね! 面白そうだわ!」


 お嬢様ゆえに、エミリアはわからないのだろう。野菜だって、ただ種を植えて水をやっていれば収穫できるようになるわけではない事を。そのあたりの事をアレクはよく知っているが、あえて何も言わない。

 エミリアは早速今夜レオンに相談しよう、と楽しそうにしている。まぁ、本人が楽しければいいのだが……実際に畑を始めたら、虫が出ただけで騒ぎそうだとアレクは思っている。

 魔物は魔法で一網打尽にするくせに、虫は怖いだの気持ち悪いだの言うのだ。その辺の感覚は、アレクにはよくわからない。

 その晩、エクスタード家の夕食には野菜のたっぷりと入ったスープが振舞われる。エミリアはレオンに今日の事を嬉しそうに話しているし、レオンもそれを愛しそうな顔で聞いていた。

 エミリアの中で五日後自分も依頼に行くのは確定事項らしく、アレクはため息を吐いた。

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