レオンの依頼(1)
「ここがギルドです」
「ここが……」
アリアに連れられて、アレクはギルドの扉を開けた。中に入ると小さな空間の、その壁に何やら紙がびっしりと貼られている。
その壁に貼られた紙を見る男が数名と、奥の方にギルドの従業員……受付嬢と思われる女性の姿が見えた。女性は、見慣れないアレクとシスターの少女と言う組み合わせ見て、一体どう思っただろうか。
「いらっしゃい。ご依頼ですか?」
「いえ……あの、冒険者になりたくて、色々話を聞きたくて」
「冒険者に? とりあえず、どうぞ」
そこにあった椅子に座るよう案内され、ギルドと冒険者の仕組みについて、女性より説明を受ける。
壁にびっしりと貼られているのが、現在レクト王国のギルドで受け付けた依頼だ。依頼の内容、受け付けた日付、依頼者の名前……は、匿名の事もあるそうだ……報酬、それとギルドが独自に査定した難易度が書かれている。
見本として一枚机の上に出されるが、ここにきて問題があった。田舎育ちで今まで文字の読み書きを必要としなかったアレクは、文字が読めないのだ。
王都でも識字率は七割を超えるかどうかと言われている。まともな教育を受けていない庶民は文字は読めない。また、庶民であってもアリアのように教会育ちだと、逆に教会で教えられていて文字が読めたりする。
「俺、文字の読み書きができなくて……」
「じゃあ、冒険者になるにはせめて文字が読めないと話にならないですね。依頼書が読めなければ依頼は受けられませんから。とりあえず説明はしますが、これはこんなことが書いてます。依頼の内容は、王国を出た東の草原に生えている『ネデット』と言う木の実を100個採ってきてほしい。ここが依頼日で、この依頼は三日前に出されたものですね。依頼人は道具屋のハイネマンさん、報酬は1000ダルグ、難易度は★★」
「その★★ってどういう意味ですか?」
「ギルドではその依頼の内容によって、黒星と白星で区別しています。黒星は魔物と対峙する可能性があるもの、白星は『恐らく』ないもの。引っ越しの手伝いや、家出人の捜索なんかは白星ですね。そして、難しそうな依頼は星の数が多く最大で五つ、簡単そうな依頼なら少なくて最小は一つ」
「じゃあ、この依頼は……城下町から外に出る訳だから魔物と遭遇する可能性のある黒星、そう難しくない依頼だから★は二つって事ですね」
「そういう事です」
「なるほど、魔物に遭う可能性はあるにしても、木の実を100個採ってくるだけなら俺でもできそうだ」
「その木の実、ちょっと稀少だから100個集めるのは結構大変です。少なくとも1日2日じゃ集められないと思いますよ。だから★が二つなんです」
「うっ、そうなのか……」
とりあえず、今日は依頼を受けることまではせず冒険者として登録だけ済ませることにした。ギルドでの依頼引き受けは飛び込みでも可能ではあるが、登録をしておく方がギルド側で管理しやすいそうだ。
それと、先日の魔物退治の報酬を受け取った。どのギルドで請け負った依頼であっても、報酬はどこのギルドでも受け取れる。
依頼を正式に引き受けた場合には依頼の引受証を貰うのだが、魔物退治の場合は退治した証拠と引受証を合わせてギルドへ持っていくことで報酬が受け取れる仕組みだ。
エミリアから引受証と魔物の牙は預かっていたので、それを渡せば思っていた以上の金が出てきた。
「アレクさん、あちらの依頼を見て頂けますか」
「どれ? って言っても、俺は文字が読めないから、代読してくれると助かるんだけど……」
「これです」
アリアが壁一面に貼られた依頼書の中で、角の方に追いやられた依頼を指さす。今の段階でアレクに分かるのは、黒い星が五つ書かれている事だけ。
依頼書に書かれた★★★★★は、他の依頼書をさっと見ても見当たらない。先ほど換金したエミリアから預かった依頼書も、黒い星の数は四つだった。
「黒い星が五つ……」
「依頼を出された日付が約二年前、依頼人がエクスタード公爵……レオン様です」
「レオン様が? 依頼の内容は?」
「北方シルヴァール公国との関所にほど近い谷に取り残されている、エクスタード家の宝剣である『エルサフィ』を持ち帰ってきてほしい、と言う内容です」
「宝剣……そんな大切なものが、どうして谷に取り残されているんだろう」
「……北方の関所の近くにある谷は、飛竜が棲む谷です。そこは、二年前レオン様のお父様が命を落とされた場所なんです……」
「そうか……」
アレクはレオンの話は少しだけ聞いただけで、詳しい事は知らない。だが、若くして公爵となり騎士団長となった背景には、彼の父が遠征中に魔物と対峙し亡くなったと言うその事情は聞いている。
レオンがどれだけの猛者なのかは知らないが、相当な実力者ではあるのだろう。その彼が自ら赴けないのは多忙故なのか、それとも死の危険が伴うからなのか……どちらにせよ、相当危険な……難しい依頼であることは間違いないのだろう。
依頼書を眺めていると、先のほどの受付嬢が隣に来て声をかけてきた。
「その依頼は、最初は★★★で出してたんです。確かにその谷は飛竜が多くて危ない場所だけど、前エクスタード公が殉死した時の遠征で、ほとんどの飛竜は排除できていましたから」
「それが、どうして★★★★★に?」
「確かに無差別に人を襲ってくるような、危ない個体を含めほとんどの飛竜はもう排除されています。でも、近づくと襲ってくる個体がまだ一頭残っているみたいで。そしてそいつが、また偉い強いみたいで……報酬の金額も、何度も修正してる形跡があるでしょう? 報酬は破格だけど、挑んだ冒険者の八割方が帰ってこないんですよ」
「残りの二割は……」
「ひどい怪我をして、命からがら逃げ帰ってきたって感じですね。手足を食いちぎられて、もう冒険者としてはやっていけないような重症の人も何人も見てきました」
「恐ろしい……」
受付嬢の言葉に、アリアが青ざめながら呟く。アレクは飛竜と対峙したことはないが、今までに獰猛な魔物は何頭か狩った経験はある。報酬が破格と言うのはともかく、レオンの力になれないかとも思うのだが……
いかんせん、受付嬢の言葉からすると谷に巣食う飛竜に挑む勇気はない。特に自分の得物は弓矢であって、もちろん飛竜の翼を貫けば有効な攻撃ではあるだろうが、懐に飛び込まれてしまえば対応できない。
「エクスタード公には悪いですが、命が大事ならその依頼だけはお勧めしません」
「……ところで、前エクスタード公の時には騎士団が飛竜を討伐に出たって事ですよね?」
「はい、二年前に」
「どうして、騎士団は再び飛竜討伐に出ないんですか?」
「さっきも言いましたが、無差別に人を襲うような個体はもういないんです。そうなると騎士団は出られません。彼らは実害が出てからじゃないと動けないんです。谷の周囲に見回りなんか出してはしていますが、それは事故を未然に防ぐためで……あえて危険を冒して、現状実害の無い飛竜を討ちには行けないんです」
「レオン様、以前仰っていました。今は、レオン様の王都からの外出を国王様が許可してくれないんだそうです。王様としてもレオン様を遠征させて、何かあっては困ると……」
「なるほど……」
「本当は、エクスタード公は自分自身で飛竜を討って宝剣を取り返しに行きたいと思っているんじゃないかと思います。その『現状実害のない、近寄らない限りは襲ってこない飛竜』は、前公爵の仇だと言う話ですから」
受付嬢の言葉を聞けば、アレクも同感だ。本当は、レオンは自分自身の手で親の仇を討ちたいだろう。だが国王より王都から出る許可も出なければ、無差別に人を襲ってくるような飛竜ではない以上騎士団で討伐に動く事も出来ない。
だから冒険者を頼るしかないのかと……。もしも、もしもだ。この依頼を冒険者であるエミリアが見つけたら……彼女はどうするのだろうか。
「……危険すぎる。エミリアさんには言わないでおこう……」
彼女とは昨日知り合ったばかりだが、想像できるような気がする。きっと、彼女は飛竜を倒して宝剣と取り返しに行くと言うに違いない。飛竜なら、昨日の魔物と違いエミリアの魔法攻撃との相性も良さそうである。
「シスター、そろそろ行こうか」
「もう大丈夫ですか?」
「あぁ。とりあえず今日は、冒険者の登録ができたから。どの依頼を受けるかとか、そういうのは改めてエミリアさんに相談してみるよ」
「わかりました。では、どこに行きましょうか?」
「君に任せるよ。俺は王都の事は何もわからないから」