悪夢の始まり(3)
「……なんで笑ってるの?」
「いや……母親と言うのは強いのだと思っただけだ。俺は君を失うのが怖くて、二人目はまだ考えられなかった」
「だって……あなたが言ってたんじゃない、子供はたくさん欲しいって」
「そうだな。……もう少し落ち着いたら、二人目を作ろう。次は女の子が良い」
「性別は生まれてくるまでわからないわよ。ふふ、でも女の子ならお揃いの髪留めを使ったり、同じ生地で服を作ったりしたいわ」
エミリアはそう言って笑う。その笑顔を見て、レオンは決意した。エミリアを魔術師団には入れないと。だが、そうなれば民間人への被害は避けられない。どうしたら良いのかと……レオンは思考を巡らせた。
そして、レオンはある事を思いつく。エミリアが眠るのを待ってから寝台を出て、ロウソクに火を灯し机に向かった。急いで筆を走らせ、書いたものを封筒に入れた後は蝋を垂らしてエクスタード家の紋で封をする。
そうして寝台へ戻り、再びエミリアを抱きしめながら眠りに就いた。この日も朝方になってうなされ目を覚ましたが、不思議と今までのような身体が重たい感じはしない。
眠り直すのも微妙な時間だったため、そのまま起きる事にするが……使用人達の一部は既に仕事を始めているようで、レオンは感心する。いつも朝早くから動いてくれて有難いと、改めて思った。
レオンは執事長のレオナルドを見つけると、彼に声をかける。
「レオナルド、これをモンブールに送ってくれないか」
「はい、かしこまりました。しかし、モンブールですか……?」
「あぁ。あそこは領地の中でも王都に近いからな。それと、これはプラムニッツの叔父上に。こちらは、プラムニッツとモンブール以外の街へ」
「また随分と手紙を書かれたものですね。何かあったのですか」
「あぁ。詳細はおいおい話すが……少しばかり急を要するものでな」
レオンはいくつもの封筒を執事長のレオナルドへ託す。レオンが一斉に、領地内の各都市へ手紙を出した事など今までにないだろう。
手紙の中身は……まずモンブールの街へは、王都の人々を受け入れるための準備をするように。急ぎ街を拡大し、集合住宅を建てるように命じた。更に街を要塞化するための準備を別で行う事を添えてある。
プラムニッツの叔父へはこれからゼグウスが攻めてきて王都で戦が起こるだろう事、そのために王都の民間人を避難させるべくモンブールの街を拡大し、更に要塞化させるための準備を他の街と協力して進めて欲しい事。
その他の都市には、モンブールの集合住宅建築と要塞化に必要な資材や人手の協力を頼みたい事。
工事にかかる費用の事は気にせずとにかく最優先で対応するようにと、レオンはそう手紙に書いた。
そう、市街戦になる事がわかっているのだから、民間人は先に王都から退避させればいい。王都に近い街であることからモンブール自体が魔物に襲われる可能性も考えられるため、今ある壁や門よりも更に強固な要塞を築く。
いざその時が来たら、今王都に居るエクスタード家の私兵もほとんどをモンブールの守りに着かせることになるだろう。
どんなに急いでも、建物を建てるにはそれなりに時間がかかるものだ。後は王都襲撃のその日が来るのを、どうにか交渉でギリギリまで引き延ばす。レオンはそれが今自分に与えられた使命だと、そう感じていた。
「お兄様、おはようございます。今日は随分とお早いですね」
「あぁ、アリアか。おはよう。君も随分と早いな。いつもこんなに早いのか?」
「いいえ、そういう訳ではないのですが……。アレクさんの様子を見に行こうと……」
「そうか」
アレクに客間を一部屋与えたと言う話は、エミリアから聞いている。彼もメルガス川の戦いで戦場の空気にやられてしまったようで、あまり良く眠れていなかった。レオンと同じように、悪夢にうなされたりしているようだ。
アリアがそんな彼の事を案じて、エミリアがレオンにそうしてくれているように……彼の支えになってくれているのだろう。
「アレクは、日中は普段通りに振る舞うようになったが……まだ辛そうか?」
「はい、時間はかかると思います」
「そうだな……アレクは人一倍正義感が強く優しい。助けられなかった人間の事を、悔やんでいるのだろう。アレクのせいではないのだが……」
「……お兄様。お兄様も無理はなさらないでくださいね」
「あぁ、案ずるな」
「もう、また子ども扱いするんですから」
アリアの頭に手を置いて、ポンポンと撫でるようにすればアリアは頬を膨らませる。確かに、レオンはアリアの事はまだ子供だとそう思っている。だが、彼女ももうじき十六歳。女性は成人の年齢が十七歳なので、成人前最後の年。もう、大人と遜色ない年齢でもある。
出会った頃、彼女はまだ十三歳だった。たった二年……もうすぐ三年だが、当時の事を思い出せばアリアも随分と大人びてきたと感じた。
あと一年と少しで彼女も成人する。成人したら、すぐにアレクと結婚するのだろうかと……それを考えると、少しだけ寂しいような気もした。
その日、レオンは城へ行くとまずは魔術師団長室を訪ねた。『昨日の返事が随分早いね』とエドリックは言うが、レオンの顔を見ただけで答えはわかってしまったようだ。