40 神官長の悩みごと
このところ神官長の様子がいつもとちがう気がします。勉強の時間はいつものように優しく教えてくださるのですが、遠くから見かけるとき、どこか心あらずなご様子で……
なので今日、思いきってたずねてみました。
もし悩みごとがあれば、微力だとしても力になりたかったのです。神官長はとても驚かれたのでしょう。しばらく目をまるく見開いて固まっておられました。
「私のことで心配をおかけしたのなら申し訳ない。しかし……いや、ここまで気にかけてもらって『何にもない』とは言えませんな」
神官長はそう言って苦笑されました。
「見ての通り、私はオーガの里の出身なのですが、あそこは年に一度、大きな力自慢大会を開くのです」
筋骨隆々のオーガたちがその瞳に闘志をもやす姿がすぐに想像できました。聞くとその大会にはいろんな種目があり、すべての一番をかっさらう事がオーガたちの憧れなのだそうです。
「大会の招待状が毎年届くのですが……今年は特に圧が強くて」
伏せた目は悲しそうで、小さくつかれたため息には切なさがつまっていました。
「神官長は大会には出たくないのですか?」
「出たくない、というより、出てはいけないと思っております」
わたしの問いに神官長は答えてくれます。
「私は神に仕える道を選びました。救いの道を説き、世の安寧を祈る存在です。他者と争うことになる力自慢大会は、その道に反するのではないかと思うのです」
オーガの方たちにとってその大会はとても重要なイベントで、もちろん神官長にとってもそうなのでしょう。だから誘いを受ける嬉しさと、ままならないやるせなさで心が板挟みになっているのではないかと思いました。
「よろしければ、どのような競技があるのか教えてくださいませんか?」
神官長はローブのポケットから折りたたまれた紙を取り出し、わたしに見せてくれました。そこには大会の要項と種目がずらりとならんでいます。きっと神官長は肌身はなさず持ち歩いていたのですね。種目はとても多く、腕相撲やレスリングなどがあります。わからない種目でも神官長は丁寧に教えてくれるので、だいたいの競技は理解できました。
その上でわたしは少し考えました。
「他者と直接争うことのない競技でしたら、神官長も出てよいのではないでしょうか」
純粋な握力を競う片手カボチャつぶし、肩の筋肉と下半身のふんばりがものを言う砲弾投げ、総合的な筋肉美を決めるベストマッスルなどもあります。これだったら神官長が抱く道義に反することなく、大会に参加できるのではないでしょうか。
「記録で勝負するということは、相手がどうのではなく自身との戦いだと思うのです。努力をして、自分を信じて、苦難を乗りこえる。それは真摯に神へ仕える者として素晴らしい見本になるのではないでしょうか」
神官長の瞳がわずかに揺れました。
「それに、わたしも神官長が競技に挑むお姿を見たいです。わがままな姫からお願いされたという言い分ではダメですか?」
きっと神官長は大会に出たいのだと感じました。なので少しだけ背中を押せたら、と思っていろいろと口を出しました。余計なお世話だったかもしれません。
しかし……
「ありがとうございます」
そう言って笑顔を見せてくれた神官長の目尻には涙がにじんでていたように見えました。
神官長は大会に出場を決めました。
どの競技がよいかいろいろと意見を交えて、ひとつだけ参加することになりました。
それは巨大アスレチックフィールドに置かれた各種障害物を筋肉を駆使して制覇しゴールを目指す『ハンゾウ』。大会の花形であり、その奮闘をひと目見ようと国中から観客が集まる大人気の種目らしいです。
魔王さまにお許しが頂けるなら、わたしもぜひ会場へ行って神官長を応援したいです。




