30 魔王さまとわたし
えっと、わたし、すごく混乱しています。
勇者さんは妹さんと再会できて、ユニちゃんはお母さまと、そしてわたしは……
これを書いているのは以前暮らしていたお城の一室で、時間は夕方の鐘がなる頃です。
いけません。混乱が極まっています。落ち着いて、しっかりと順序立てて書いていきましょう。
砦に着いた勇者さんは、先に待っていた魔王さまや側近たちに迎えられました。そのかたわらにはまだ幼い少女が立っています。赤い髪をきゅっと三つ編みにしている可愛らしい子です。
「ケイト」
勇者さんは駆けより、ケイトと呼んだ少女を抱き上げます。「にいちゃん!」と少女も嬉しそうにしているので、きっと妹さんなのでしょう。
「他のご家族は近くの宿屋で休んでいる」
魔王さまの側近がそうおっしゃると、勇者さんは硬い表情で「助かった。感謝する」と頭を下げていました。
わたしはいまいち状況をつかめていまま、クリスタルの外へと出されました。近くで待機していたのか、パピリスとフロスがすぐに来てくれます。
「姫さま、ご無事でいらっしゃいますか」
「ええ」
ユニちゃんのお母さまも来ていて、ユニちゃんもうれしそうにかけ寄っていきました。
そこでようやく理解します。
お父さまにとらわれた勇者さんの家族を助け、身柄を渡す代わりにわたしたちが解放されたのです。
「姫」
その声にはっとして顔をあげると、すぐそばで魔王さまがほほ笑んでいらっしゃいました。
「姫がもし自国へ帰りたいのなら勇者にこのままついていくといい。なに、砂漠の国へ嫁ぐことはない。姫の姉君が輿入れするそうだ」
魔王さまの右手がわたしのほほに添えられます。
「これは聞いた話だが、姫の父君は王位を退かれた。統治能力に問題があると言われてな。今は姫の叔父にあたる人物がとりまとめている。……もし姫が城へ帰っても皆あたたかく迎えてくれるだろう。かつてのような扱いは二度とさせない」
そう言って魔王さまは手を離すと、そのまま地面に片ひざをついてしまわれました。それに慌てたわたしは魔王さまを引き上げようと手をひっぱりましたが、わたしごときの力ではぴくりともされません。
魔王さまはわたしをまっすぐに見つめてこう言いました。
「その上で姫に乞い願いたい。私のそばにいてほしい。夢路で伝えた気持ちに、偽りはない」
感情が胸の内で高ぶって、言葉は口のなかでからまります。込み上げる涙で魔王さまのお顔がぼやけてきました。
「魔王と一緒にいられねえってんならオレが連れてってやる。姫さんの人生だ。遠慮はいらねえぜ」
答えきれずにいるわたしを見かねて勇者さんがそう言ってくださいます。みなさん、本当に優しいです。
わたしの気持は決まっています。
意を決するも、声が少し震えました。
「王国へ行きます」
皆さんの視線を感じながら、必死に想いを伝えました。
「そして、城のみんなにお別れの挨拶をして、それからこの国へ……魔王さまの元へ戻りたいです。その、ご迷惑でなければ、なんですけれど」
どういうお返事を頂けるか、緊張で心臓が口から飛び出そうでした。でもそれも一瞬。「わかった」の声が聞こえたのと同時に視界が急に高くなりました。魔王さまが抱き上げてらっしゃるのです。それも、とても楽しそうに。
側近をはじめとした周りのみなさんはなぜか泣いていらっしゃいます。あれがうわさに聞く男泣き? 悲しみの涙とは違うようです。勇者さんは妹さんと手をつなぎ、疲れたのか天を仰いでいました。
そうこうしていると魔王さまは転移の魔法を使ってわたしが住んでいたお城の近くへ移動してしまわれたのです!
あの時のわたしは驚いて目が点になっていたと思います。状況が目まぐるしく変わり、頭が追いついていきません。
「魔王さま、あの」
「すまない。うれしさのあまり気が急いた」
魔王さまはわたしを連れて正面門からお城へ入ったのですが、門番も兵も官僚も、なぜか魔王さまを見るなり顔色を青く変えて平伏します。歩き進めるとあぶら汗を浮かべた大臣が仰々しく迎えてくれました。
魔王さま、わたしが勇者さんと旅をしている間に何をされたのですか……?
要件を話すとすんなり前に住んでいた部屋へ通してくれました。魔王さまは新国王である叔父さまと少し話すそうで、その間にわたしはこの日記を書いています。これから少しばかり荷物を整理して、お世話になった方たちに挨拶へ行くつもりです。あいにくお父さまもお姉さまたちもお城にはいらっしゃらないとの事なので、それが少し心残りです。
日記のおかげでずいぶんと落ち着くことがました。
さあ、魔王さまの元へ行く準備をいたしましょう。
とらわれの姫というといかにも悲劇のヒロインですが、魔王さまのおそばは心地がよく、幸福感に包まれます。
叶うことなら、ずっとずっと、魔王さまにとらわれていたいです。
これで物語はいったん落ち着いたので、あとはオマケをはさんだあと序盤のような日常回を不定期でアップしようと思います。いつのまにか完結になっていたり連載に戻っていたりになるかもしれませんが、ほのぼのまいる所存であります。




