29 砦の町でランチですね
砦のある町というといかにも重々しく、堅牢なイメージがありました。かつては戦場にもなったという悲しい記憶が眠る場所ですが、実際に見てみると、家や店がつらなる穏やかな町並みでありました。
勇者さんは昼食のために目についたお店へ入りました。
そこは年配のドワーフ夫婦が営んでいる大衆食堂のようでした。にこにこした奥さんが配膳をして、奥のキッチンで顔をしかめたご主人が料理を作っています。
焼き色がきれいなパン、黄金色の野菜のスープ、柔らかそうな骨付き肉の煮込み。
メニューはシンプルですが、クリスタルごしに見てもとても美味しそうです。それは見た目だけではなく、落ち着いたお店の雰囲気やほかのお客さんの和んでいる様子が、料理をより魅力的にしているのだと思います。
ドワーフの奥さんですが、少し足を痛めていらっしゃるようでした。左足をかばうような歩き方をされていて、お客さんの対応をしなくてよい時は椅子に座ってらっしゃいました。
ひと組のお客さんがお帰りになり、片付けをしようと奥さんが立ちあがろうとした時でした。
キッチンの奥からいかめしい顔のご主人が出てきて、奥さんを手で制します。
ご主人は、奥さんの代わりに食器をさげ、テーブルを拭いていました。奥さんはそんなご主人に「ありがとう」と嬉しそうに声をかけられていました。
わたしは……その光景を見てなぜか涙が出てきました。
隣りあい、支えあう夫婦というものを間近で見たからでしょうか。お父さまは王であらせられますし、お母さまは第三夫人で、しかもわたしが幼い頃に神の国へ行ってしまわれました。王妃さまや第二夫人も、お父さまと寄り添うお姿は拝見したことがありません。まして、お互いに尽くすなど……
市井で暮らす夫婦とはこのように仲睦まじいのでしょうか。もしそうだったら、わたしはとてもうらやましく思います。
どれほど願っても、立場や環境によってはそれを手にすることは難しいでしょう。だからこそ、わたしにはそれが美しく、尊く、何ものにも代えられない宝に思えます。
なにも夫婦だけではないのかもしれません。
人と人が関わる多様な形のなかで、おたがいに尊敬や信頼、愛や感謝をいだく関係。
わたしとユニちゃんはそんな絆で結ばれている気がする、なんて言ったらおこがましいでしょうか。
砦は町の最南にあって、大通りを歩いて勇者さんはそこへ向かいました。わたしは昨夜からずっと緊張していて、目的地に近づくにつれドキドキが大きくなります。ユニちゃんのあどけない表情をみると幾分か癒され、助けられましたけど、動悸がおさまることはありません。
砦付近は民家も少なく、ただ畑が広がっています。
日記を書く手が震えます。
魔王さまにもうすぐお会いできるのですね。




