18 セイレーンとの戦いです
「どうしてわたしを連れて行くのですか」
この質問に勇者さんは「国王があんたを連れ戻せだとさ」と不機嫌そうに話してくれました。わざわざ魔王さまの城にいらしたのです。よっぽどの事情がある……のだと思いますがいまいちピンときません。
あのお城にいた頃、わたしは空気同然でいてもいなくても構わないといった雰囲気でした。
なにか困ったことがあったのかもしれません。
けれど、ううん。
それにしてもこの空間は不思議です。
のどの渇きや飢えを感じることがないのです。おかげさまで餓死をすることはなさそうです。
マタンゴたちを振り切ったあとは大豚コウモリに追われ、女郎カマキリと死闘を繰りひろげ、マンイーターに食べられそうになりながらもなんとか森を抜けると、勇者さんは大きな湖にたどり着きました。
森に隣接した湖となると、セイレーンの集落かもしれません。
周囲には深い霧が立ち込め、視界はよくありません。
勇者さんはすでに息も絶えだえ。
しかし気力だけはあるようで、なにやらご自分に魔法をかけると、なんと水面を歩き出してしまいました。
しばらくすると、ズンズンと地に響く太鼓のような音が聞こえてきました。セイレーンの集落に近づいた証拠です。
セイレーンは水辺に住む魔族で、とにかく歌が大好きだそうです。仲間内での序列は歌のうまさ、つまり声量や音程、リズム感や抑揚などの総合的な歌唱力で決まるそうです。
しかもセイレーンたちは流行り廃りに敏感であり、世代ごとに歌うジャンルが大きく変化するとか。
勇者さんの前にセイレーンたちが立ちはだかりました。中心にいる方は斜めにかぶった帽子やきらきらしたネックレスなど、特に目立つ服を着ていて、きっと彼らのリーダーなのだと思われます。
彼らと勇者さんのやりとりをまとめると以下の通りです。
「魔王さまから御触れがあり、人間をこの先に通すわけにはいかない。行きたければ、我々と歌で勝負だ」
「望むところだ」
もう少しラフな会話だったのですが、要約するとこんな感じです。
低音のズンズンとした響きが湖面に波紋をつくり、オーディエンスが歓声を上げます。拡声器をそれぞれ持ち、両者にらみあいました。そうして勇者さんvsセイレーンの歌バトルが始まったのでした。
わたしには聞いたことがないジャンルでしたので、どっちがどのように上手いのかさっぱりわかりませんでした。ただ白熱していたのはわかります。最終的には勇者さんとセイレーンたちが互いに健闘を讃えて握手していました。
わたしもやってみたくなって、昔聞いたことある歌を思い出しながら歌ってみました。
ユニちゃんがそれを聞いて楽しそうにぴょんぴょん跳ねて踊ってくれます。わたしもとても楽しい気持ちになりました。
ふと、魔王さまのことが頭に浮かびます。
魔王さまは今いかがお過ごしですか。
またお会いしたいと、寂しがりな心が申しております。




