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冬の始まり、摩天楼、妖精少女

 この作品はカクヨムに投稿されている

『魔法少女って聞いてない。(https://kakuyomu.jp/works/1177354055335422050)』の更なる校正したバージョンです。こちらはカクヨムよりも更新が遅いです。話の内容は大きく異なることはないので良ければカクヨムをご覧ください。

 冬至を間近に控えた十二月も中盤。凍える空気を運んでくる風を忌々しく思う時分。ようやく訪れた冬らしい寒さに人々はコートを羽織る。

 寒空。乾燥した冬の夜の澄み渡った深い深い闇と輝かしいトウキョウの、労働者の残業によって作り出された摩天楼の夜景の合間。光と闇とがせめぎ合うビルの屋上に少女は一人髪をなびかせる。青みがかった黒い長髪は煌めく鱗粉を散らし、眠らないこの街に神秘の祝福をひそかに散りばめた。


「ねぇ、ピコさん」

 神性を湛える美しき少女。腕を組み仁王立ちになる彼女の姿は傲岸不遜。しかしながらその姿から湧き出る勇ましさが戦神の如きをそこに見せる。背から生えた三対の翅があたかもそれが天から遣わされた使者であるかと思わせる。

 遠くから僅かに自動車が走る音が聞こえる孤独な場所。世界で最も人口のいる都市トウキョウの中心でありながらも辺境であるこの場所で、少女の声は悲しく渡る。まだあどけなさの残る甲高い声は、どこか悍ましさを抱き、大海を思い出し母性さえも覚える広い広い闇夜に透き通る。

 けれどその声はどこにも反射することがない。どこまでもどこまでも透き通てしまって、やがてそのまま消えていってしまうのだ。


「やっぱりクーリングオフ制度っていうのは結構重要なものだとボクは思うんだよ」

 人の息吹は感じられる。遠くから人々の活力と苦難と苦痛を、そして乱痴気が風に乗って訪れる。されどおなじくそこには日常の生物の気配さえも感じられない。闇夜の中、およそ200mを軽く超える高度には僅かなカラスたちしかいない。それがまた不吉で、人間文明と自然との合間の中途半端なこの場所が地獄であるのかとさえ思わせる。

 そこで少女は語り始めた。異界と現世の狭間、不可思議な世界で人ならざる畏敬すべき様相の彼女は妙に俗世なことを語り始める。


「立場の弱い者を守るためにはさ。キミたちってそういうの好きだろ?」

 十五、六歳程度の華奢な身体にはこの寒さには似合わないほどの薄い生地の、魔法少女というような服をまとっている。それがまた俗世と乖離している風をそこに見出だす。世俗から隠れた容姿が、けれど相反して口から発される即物をより強調する。

 少女は皮肉気に口を開く。傲岸不遜の表情はいつしか悪意が見え隠れする侮蔑の表情に変わりつつある。肩を竦め軽薄に口を歪ませるその姿、神性は一瞬に霧散する。

 この場と同じく彼女もまた二つの相反する属性をその身に生み出した。


「弱者を救うとか、弱者を守るとか、そんな感じのきれいごと」

 皮肉は侮蔑に、侮蔑は悪意に変化して行く。口から放たれる種々の言葉は虚空のどこかに向かっていって、そして遠く離れた場所に居るかもしれないなにかへの愚痴となる。それもかなりねっとりとした恣意的な言葉で、あまりにも悪辣な厭味な笑みが添えられた愚痴。瞬間、少女が悪魔の手先のように見え始めた。

 その口調はまるで少年が喋っているような砕けた口調で、大和なでしこと言ったていの彼女の容姿とは幾分乖離した印象を覚えさせる。


「ひっどいなぁ、そんなつれないこと言わないでよ。それに朔夜(さくや)だってスーパーパワーとか、超能力とか、そういうの大好きじゃん。ワタシ、知ってるよ」

 そんな中彼女の真横から突如として人型が現れた。

 その人型の体躯は少女の頭から肩まで程度の大きさしかない。また普通の人間には存在しない少女と似た薄く煌びやかな翅を穏やかにはためかせる。

 緑色の髪の毛と小さな体、それから鮮やかな色合いの翅。その姿はまさに妖精。


「……英雄だって悪徳商法に引っかかるだろ」

「あはっ、じゃあ魔法少女の事業主にクーリングオフのはがきを送ってみよう? えっと宛名は夏の夜の夢のティータニアって? とっても面白いね」

 くるくると回り小さな光を残しながら飛んでいる。少女の苦々しい表情も相まって悪戯好きで無邪気なそれは、やはり伝説に描かれるような妖精というべき存在だ。しかし妖精から放たれる言葉も酷く恣意的。添えられた笑みも酷く厭らしい。無邪気を凌駕した意図的な悪意がそこに見えた。

 先程の少女と寸分たがわない表情。酷く少女と妖精は似通っていた。


「こっちはキミが馬鹿みたいな間違いをしたせいで大変な目に会ってるんだよね? それ分かって言ってる?」

 瞬間少女は妖精を素早く掴んだ。

 美しき顔に青筋を浮かべて。


「……まってまって、ワタシ妖精なんだけど。レッドリストに入るくらい希少生物なんだけど。翅もごうとするのやめてもらっていいですか?」

 ジタバタ。そんな擬音が似合うほどがむしゃらに、妖精は少女の手から逃れようとする。対して少女は逃がさないように、器用に両手で妖精の翅を握りなおした。まるでトンボにする残酷なあの遊びのように。


「なんでボクが女装紛いなことしなきゃならないのか、もう一度聞かせてくれない? ちょっとボクには到底理解できなくてさ」

「えへへ、華奢で小さくて可愛らしい声をして、女の子みたいにつやつやプルプルのお肌をしてるんだし、やっぱり女の子でいる方がこの世に居る人間にとっていいと思うんだ。女と誤認して欲情する男とか、可哀そうでしかないよね……あぁっ!? ほらあそこに出たよ! 早く行かないと!」

 妖精の猫なで声、しかし次の瞬間現れたのは巨大なテディベア。高層ビルにも負けないほどのその大きさは、異常なこの空間をさらに異常たらしめる。


「後で絶対〆るからな」

 低音。聞く者の恐怖を誘うその声を残し少女はその摩天楼から身を乗り出して飛び降りる。重力加速に抗わず、ただそれに体を任せる彼女の体は投身自殺をしようとしている様にしか思えない。

 地面へと衝突しようかと思われた瞬間、彼女は背中から翅をはためかせる。


 妖精少女。

 その美しく巨大な羽を持った少女は、巷でそう呼ばれる魔法少女だった。


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