第96話 悪臭の朝。
「ジル」
「おはようジェイド。昨日はワタゲシが居たから挨拶できなかったね」
ジルツァークが拗ねるような言い方をする。
「本当だな。俺もジルとの暮らしが長いから挨拶できないと落ち着かない」
「ジェイド〜!ありがとう!」
嬉しそうにジェイドの周りを飛ぶジルツァーク。
この姿を見ているとジェイドには何が正しいのかわからなくなる。
「どうした?そんなに不安なのか?」
「え?」
「俺達は仲間だろう?
別にエルフの食事を摂ってエルフの技を授かっても俺は変わらない」
「うん。ありがとうジェイド。昨日は何をしたの?」
「盾の腕前を確認された。その後は薬湯に色が変わるまで漬かり、薬草ゼリーを食べた」
ジェイドの訓練を聞いたジルツァークの顔が険しくなる。
「え?あのお風呂とゼリーを食べたの?」
「ああ、ひと口食べたセレストは面白いくらい苦しんでいた」
ジェイドの言葉を聞いてジルツァークが「ぷっ」と言って笑い始める。
「ジェイドっては人悪すぎだよ〜」
「そうか?それで俺は朝も薬草茶を飲むように言われた。多分ヘルケヴィーオが持ってくるだろう」
「うわ…、あー…ジェイド、傷つかないように頑張ってね?」
ジルツァークが嬉しそうに笑うと部屋を後にする。
傷つかないようにとはどういう事であろう?
あの薬草は魂の傷を癒してくれるはずだ。
「ジル?」
訝しんだジェイドだったが理由はすぐにわかった。
「おはようジェイ…うっ…」
ミリオンが涙目で顔をしかめてしまう。
「ミリオン?」
「近づかないで!」
ミリオンが慌ててジェイドから離れると右手を前に出して叫ぶ。
「何!?」
「ごめんなさい!今は無理!お願い!その服も今すぐ洗って!」
「何!?」あまりの剣幕に驚くジェイドだったがジルツァークがケタケタと笑うので理由を聞いた。
「あー、面白い。ジェイドはヘルケヴィーオ達から何も言われなかった?」
「何?あ、そう言えばヘルタヴォーグが今朝の話を言っていたぞ。たしか臭いが…」
「シャツの色も見なよ。凄い色だよ」
そう言われてジェイドが見ると薬湯と同じ泥水みたいな茶色になっていた。
慌ててシャツに鼻を近づけると物凄い臭いがする。
「臭い」
「ジェイドで臭いんだからミリオンからしたら凄い臭いだからね」
ジルツァークが涙目でお腹を抱えながら笑い続ける。
「済まなかった」
「いえ、でも臭いと言うことは効果が出たのね?」
「そうだな。とりあえず脱いで風呂に入ってくる」
「そうして、目まで痛くなってきたわ」
ジェイドが風呂に入る為にシャツを脱いだところで一つの事を思いついてしまった。
「思いついてしまったのだから仕方ない」
「ジェイド?」
いきなり妙な事を言うジェイドをミリオンが訝しむ。
「ミリオン、後は任せる。俺は風呂に行く」
そう言ったジェイドが小走りでセレストの部屋の前に行くと音を立てずに扉を開けて部屋の中に先ほどのシャツとズボンを入れてしまう。
ジェイドはタオルを大切な場所に当てると一目散に風呂場にかけて行く。
「ジェイド…あなたお父様より大き…じゃなかった。なんて事を…」
あのシャツは部屋の入り口であろうが物凄い速度で悪臭が充満していくだろう。臭いでセレストが死んでしまわないか心配になる。
「じゃあミリオンが回収してあげる?」
ジルツァークが意地悪く笑いながら聞く。
「無理です」
ミリオンが諦めた顔で即答をする。
そして異変はすぐに起きた。
「んぐっ!?がはっ!?なんだこの臭い…、亜人?モビトゥーイの攻撃か!?がはぁぁぁぁぁ…」
セレストの絶叫。
その後はひたすら咳き込むセレスト。
何とか部屋から這い出てきたセレストは肩で息をしながら苦しむ。
「どうしたの?」
「あ…亜人の攻撃…、酷い臭いが…毒かも…」
セレストが物凄い顔でミリオンに異常を伝えているとジェイドが風呂から出てきてセレストに話しかける。
「臭い?セレスト、なんか臭いぞ?」
「え?嘘だろ?」
「風呂に入ったらどうだ?」
「…ああ、そうする」
セレストはフラフラと歩きながら風呂に行く。
ジェイドはその隙に汚れた服を回収して洗濯をする。
「本当に臭いな」
「それだけ身体が汚れていたのね」
「ああ、そう言えばミリオンはヘルケから薬草茶を勧められていたな」
「…やめておくわ」
ミリオンが身震いをしながら自分が臭くなったところをイメージする。
「そうか?」
「臭い王女なんて嫌でしょ?」
「残念だな」
「は?」
いきなり残念がられてミリオンが疑問がるとジェイドが言葉を続ける。
「俺のシャツとミリオンのシャツでセレストの部屋に…」
「部屋に?なんだいジェイド?」
風呂から出たセレストが怖い顔でジェイドを睨む。
「もう出たのか?」
「君って男はいつも僕を!」
セレストが涙目でジェイドに凄む。
余程苦しかったのだろう。
「リアンから仲良くしてくれと言われたからな」
「何?」
「俺なりに仲良くしてみた」
「そ…そうなのか?仕方のない奴だな、だがなジェイド、臭いはやめような」
セレストはそう言うとニコニコと部屋に戻る。
「ジェイド、本当にリアンさんが言ったの?」
「言われていない」
「え?」
「うまく行くかと思っただけだ」
「あはは、ジェイドってば悪い子だね」
ジルツァークが笑いながら喜ぶ。
「楽しそうだな?」
ちょうどそこにヘルケヴィーオが朝食を持って現れる。
「ああ、楽しかった。ありがとうヘルケ」
ジェイドが悪い顔で笑う。




