第92話 ジェイドとワタゲシと薬湯。
薬湯に2人で入ったジェイドとワタゲシの話がヒートアップしていく。
ジェイドの4年間を聞いたワタゲシが涙を流してジェイドの肩を掴む。
「なんだそりゃ!?あんまりじゃないか!」
「ああ」
「ナマクラ…ってか聖剣で妹さんが殺された?
お前はそのまま穴近くの街に連れて行かれて4年も拷問にあった?」
「ああ」
ワタゲシの号泣が止まらない。
「そんなに泣くな」
「泣くだろ?泣くぞ!いや泣いて良いんだぞ!」
ワタゲシが声を張り上げてジェイドを励ます。
「………」
「どうした?泣けって!」
ジェイドが何も言わないのでワタゲシが必死になって言う。
「ミリオンの父親やカナリーにも泣けと言われた」
「皆お前の事を案じているんだよ!んで?カナリーって誰よ?」
ジェイドは壁を作って人間界を守っているのは聖女だと言う事。
聖女の命は役目について10年しか保たない事。
カナリーはつい先日亡くなって今は妹のフランが役目を継いだ事を説明する。
「カナリーもフランも戦友だ。
今もこうしている間も戦ってくれている。
俺が亜人共を皆殺しにしてフランやカナリーの姉のアプリを救うんだ」
ジェイドがお湯を手ですくいながら真剣な声で言う。
「姉?お姉さんは聖女じゃないのか?」
「アプリはカナリーに言わせればもっとキツい役目を背負っている。
聖女の村の女は聖女を産み続けるために不特定多数の男性と関係を持っている。
カナリーの願いは自分のように逃れられない死から妹を解放して欲しいと、そして聖女を産み続ける為にその身を捧げるアプリのような女達を解放して欲しいと言っていた」
お湯が乗った手を握りながらジェイドがアプリとフラン、そしてカナリーの顔を思い浮かべる。
「応援すんぞ!」
「ああ」
そう言っている時…日没が訪れる。
浴室の窓に映る外の景色が赤から黒に変わっていく。
「日没か…」
「どうした?ジルツァークに会いたかったのか?」
ジェイドが日没を気にするのはジルツァークの事だと思ったワタゲシが冷やかし混じりにジェイドに言う。
「いや…、会いたくないと言うわけではない。
やはりここまで支えてくれているジルに会えないのはなんか違和感があるしな。
だが違うんだ。今、こうして日没を迎えられるのはカナリーのおかげなんだ」
「またカナリー?どうしたよ?」
ジェイドは人間からの攻撃で出来た傷はジルツァークの加護では癒せなかった事、4年の拷問の日々がジェイドの全身を傷まみれに変えた事を説明した。
「俺は夜が来るたびに傷だらけになる自分の身体を見て人の心の闇を見続けた。
そして自分をこの世界で1番哀れな生き物だと思い込んで悲観していたんだ」
「…」
「だがな、カナリー達の方が俺からしたら過酷だ。
それを恥じた時、カナリーは知らなかったのだから仕方がない、俺の経験を辛いと思うのは当然だと笑ってくれた。
そして最後の命で…聖女の力で俺の傷を癒してくれたんだ。
だから俺はこうしてこの姿で今ここにいる」
「…」
ワタゲシは返事が出来ずに泣きじゃくっている。
それがジェイドには不思議でならなかった。
「何故そんなに泣く?」
「バカヤロウ。お前が泣かないからだろ?安心しろ!お前の武器はオヤジに言ってバッチリ強いのを作らせるからな!」
「オヤジ?」
「あれ?言わなかったか、俺とワタブシは親子だぜ?」
「なんと、ワタブシは妻帯者だったのか」
「まあオヤジとオフクロも俺が巣立ってからは他人だけどな。
俺は同じ道に進んだからオヤジとの繋がりは残ったままだ」
「オフクロさんは?」
「オフクロは良質の鉄を取るって採掘家で家には殆ど居ないよ」
「そうか」
「おう。もういいだろ?明日からまた頑張ろうな」
そう言うとワタゲシが立ち上がる。
「もういいのか?」
「目安はお湯の色な。入った時は綺麗な薄緑だったろ?今は…」
そう言われてジェイドがお湯の色を見る。
いつの間にかお湯の色は変わっていた。
「濁った泥水みたいな色だ…」
「ジェイドの疲れとかを薬湯が肩代わりした感じだな」
「肩代わり?」
「おう、良い成分が身体に入って悪い成分が外に出たんだよ。
きっと拷問で受けた毒なんかで内臓も痛んでいたんだろ?その分とかだな。
何時間入っても色が変わらなくなるまでがジェイドの修行だよ」
目に見えて変化があると言うのはジェイドにとっては嬉しい。
「ありがとうワタゲシ」
「いや、俺はこのままオヤジの所に行ってジェイドの武器と盾と鎧の話をする。
武器は明日以降俺と訓練しながら適正なモノを探そうな」
「助かる」
「へっ、気にすんな。亜人共よりジェイド達の方が会話になるしな。早く世界を平和にしようぜ」
そう言うとワタゲシはさっさと帰って行く。




