第64話 夢の世界。
聖女の監視塔、その村に泊まることになったジェイドに甲斐甲斐しく現・聖女のフランがあれこれをしてくる。
「ジェイド!お茶飲む?」
「ジェイド!好きな食べ物と嫌いな食べ物を教えてよ」
「ジェイド?」
「ねえジェイド!」
そんなフランは今、姪と甥を連れてお風呂に行っている。
「フランはどうしたと言うのだ?」
ちょっと疲れたジェイドが困り顔でミリオンを見る。
「ふふ、カナリーさんの事があって寂しいからかも知れないわね。ジェイドとカナリーさんは同い年なんでしょ?」
「なるほどな。だが俺とカナリーでは天地の開きがある」
ジェイドは不思議そうにフランの去った後を見てため息をつく。
エルムと言う妹と生きた経験のあるジェイドは妹の存在を疎ましいと思う事は無い。
そして初対面の時、あれだけ睨まれたのにと思うと疑問が残るのだ。
「それでもよ。もしかしたらカナリーさんが戦友だと思ったようにフランちゃんもジェイドを戦友と思っているのかもね」
ミリオンがお茶を一口飲みながらそう言う。
「戦友…か…」
ジェイド達は出立が早いのでカドとアプリが気を使ってくれて夕飯も風呂も早かった。
後は荷物のチェックさえしてしまえば明日に備えて眠るだけだった。
「コラァ!今晩は勇者様が泊まるって教えたでしょ!小屋は使えないのよ!」
外からアプリの怒鳴り声が聞こえてくる。
どうやらセレストが泊まる小屋を他の村人が使おうとして居たらしい。
「はは…」
「風習とは言え凄いな」
ミリオンが赤くなり、ジェイドが驚きを隠せない顔で小屋の方を眺めた。
セレストと言えば小屋の由来を聞いて慌てたのだがフランが「男の中の男だから大丈夫ってジェイドが言ってたよ」と言ってしまうと、少し嬉しそうな顔になって「…ああ…期待に応えてこその男だ!」と言っていた。
だが小屋を見て心配そうにしていた。
「ジェイドー、寝るよー」
「もうか?」
「私は聖女の仕事でヘトヘトなのー。ジェイド達も日の出に起きて早い出発でしょ?」
ジェイドを迎えに来たフランがジェイドの手を引きながらそう言うと「ミリオンお姉ちゃん。おやすみなさい」と挨拶をする。
ミリオンも「はい。おやすみなさい」と言う。
通された部屋にはベッドが2つ用意されていて「ここはお姉ちゃんと私の部屋だったんだよ」と言われる。
「カナリーとフランの?」
「うん」
ジェイドはカナリーのベッドに通されるとベッド横でフランが怪しく笑う。
何というか幼い少女がする顔に思えない。
「フラン?」
「良かったよ。ジェイドが来てくれて。そしてお姉ちゃんのベッドで寝てくれてさ」
フランの変わり様に何が起きたと訝しむジェイドに「寝て」と言うフラン。
ジェイドはまるで睡眠毒を盛られた時のように耐えられない睡魔に襲われる。
「あれ?ジェイド寝たの?疲れていたんだね。ちぇー、仲良くしたかったのになー。仕方ないかー。おやすみー」
そう言って自分の布団に入るフランもあっという間に眠りにつく。
「ジェイド、ありがとう。これは一種の賭けだったんだよ」
その声でジェイドが目を覚ますと真っ暗な空間にいた。
「何だここは?夢か?」
「うん。夢の中だよ」
聖女の衣装を纏ったフランがジェイドの前に現れると嬉しそうに答える。
「フラン?」
「そうだよ。私だよ。ジェイドは寝ぼけてるかな?」
まだ夢と現実の区別がつかないのかな?と言う顔でフランがジェイドの顔を見る。
「俺は夢の中でフランと居るのか?」
「うん。これは夢だけど夢じゃないよ。女神様に夢に入る方法を教えてもらったの」
「ジルに?」
「ううん。別の女神様。ジェイドに急いで伝えたい事があるの。このままだとジェイド達の旅は失敗に終わるの」
突然フランの口から出る旅の失敗という言葉。
「何!?」
「慌てないで聞いてね。時間がないんだよ。
私は怪しまれない様にジェイドに懐いたし怪しまれない様に振る舞った。
後はジェイドが起きた時にこの事を私も含めて誰にも言わなければいいの。
その後の事は夢でわかるからね。いい?」
フランが人差し指をジェイドに向けながら言う。
「…わかった」
ジェイドは怪しみながらもフランの話し方や表情が本物で信頼できると思っていた。
「良かった。じゃあ話すね。このままだとエクサイトは滅びるの」
「滅びる?」
「うん。それはジルツァーク様にも知られちゃいけない事なの」
「何故だ?ジルがこの世界の女神だろう?」
ジェイドの驚きの表情を見たフランが困った顔をしてジェイドの顔を見る。
「今は言えないけどジルツァーク様に知られたら世界が救えなくなる。滅びる事も、別の女神様の事も、私と夢で会った話も全部話しちゃダメ。ジェイドは起きて皆に訝しまれたら変な夢を見たって事にするんだよ」
「わかった」
「今日の事でジェイドに出入り口が作れたから今度はその出入り口を使って女神様が直接来るからね」
「そうなのか?」
「うん。女神様はそう言ってくれたよ。その為に私が選ばれたの。多分聖女になったから女神さまも来やすかったんじゃないかな?」
「所でこの力は命を削らないのか?」
「ちょっとは削っちゃうんだって。でも世界の為だもん。仕方ないよ。だから時間がないんだよ」
「わかった。後の事は任せろ。大任を成し遂げてくれて感謝する」
困った顔のフランにジェイドが感謝を告げる。
「うん。ジェイドが旅立った日に女神様が夢に来てくれたの。それからずっと不安だったんだからね」
「そうだな。不安にもなるな。助かったよフラン。これでフランも戦友だな」
「戦友?」
「ああ。助かった」
「良かった」
フランは泣きながら目を覚ます。




