後編
大願の成就する日は、ついに訪れた。
長い旅路の果て、勇者レックスたちはとうとう、彼らの怨敵たる魔王と相見える事となった。
《待ちくたびれたぞ、勇者よ》
「こいつが……魔王……?」
レックスは動揺していた。
魔王城最上階、玉座の間。その玉座に座るのは当然、人ではない。かといって人間の伝承に残されるような異形の怪物でもなかった。
『それ』は木の根で編んだ人形だった。頭部にあたる部分には双眸の如き虚があり、その奥で宝玉が暗い輝きを放っている。声に聞こえる音はその人形の虚から放たれていた。
「まるで木偶人形ね」
レイスはとんがり帽子を直しながら言った。
「気をつけろ。こいつが本体とも限らん」
ファラオンも兜の緒を締め直しながら続ける。
「ふすぅぅぅぅううう~~~~~……! はあああぁぁぁぁ~~~~!」
ブッペラは頭に装備したブリーフを顎の下まで伸ばし深呼吸を続けている。
「ねえファラオン。あれって」
「オレのだ。気にするな」
「いや、でも」
「いつも、お前とレックスにばかり負担をかけてすまないと思っていた。だからいいんだ」
ファラオンは快活に笑った。
「俺たちは同志だ。オレひとり、身綺麗なままではいられないだろう?」
レイスの顔に一層の不快感が滲んだ。
「んん……スゥゥゥウウウ! ああ……明日が見える! 明日が見えるぞ!」
ブッペラは未だファラオンのブリーフに耽溺している。
《やはり人間は醜い。生かしておく価値はない》
「それは違う! 確かに……人間には、悪人だっている。自己保身しか考えない醜悪な人間を、オレは何人も見てきた。だが! すべての人間がそうではない! オレたちはお前を倒し、この暗黒の時代を終わらせる! そして人々の心に光を取り戻す!」
「今そういう話だったか?」
「醜悪なのはコイツだけでしょ」
《この期に及んで仲間同士で誹り合うのか。話にならんな》
「誹られてんのはずっとコイツだけなんだけど」
レイスはブッペラの尻を杖で殴った。ブッペラはにわかに愉悦の表情を浮かべた。
《もういい。貴様らの醜態はこれ以上、見るに耐えん。今すぐに死ね》
人形の眼光が妖しく光る。その足元から木の根が伸び、四人を襲う。
「来るぞ!」
レックスのかけ声で全員が同時に動いた。ファラオンはその大剣でもって攻撃を逸らし、レイスは杖の先端に炎の鋒を灯して木の根を焼き切った。レックスは二人の作り出した間隙を縫って前進し、ブッペラは失禁した。
「次が来る! 全員散開しろ!」
ファラオンとレイスは踊るように身を翻しながら攻撃を躱し、左右に別れた。ブッペラは二人の間を通った攻撃に直撃し壁に叩きつけられた。
「グッはアァァァァァあああ!!」
「ブッペラああああぁぁぁ!!」
レックスは即座に振り返ってブッペラの元へ駆け寄った。その背中を残る二人が守った。
「大丈夫かブッペラ!? おいしっかりしろ!」
「コヒュー……コヒュゥゥゥ……」
「なにしに来たんだお前は! ここに来てから息してるだけじゃないか!」
「何してるのレックス! はやくトドメを!」
「レイス! 冗談が過ぎるぞ! 待ってろ、今そっちに――」
駆けつけようとするファラオンの行く手を木の根が阻む。
「くそっ! レイス、しばらくオレが注意を引きつける! ブッペラに回復を!」
「いや!」
「レイス!」
「絶対にいや! これはチャンスよ、魔王を殺してアイツも殺す!」
「レイス……! お前そこまで……!」
口論の間も、二人はレックスに向かう攻撃をいなし続けている。レックスは恐るべき俊足でとうとう、壁に背を預けるブッペラの元まで辿り着いた。
「ブッペラ! だから待ってろと言ったんだ……! 弱いくせに、こんなところまでついてきやがって!」
「勇者さま……俺はもう駄目です」
「黙ってろ! お前のそれは本気かどうかわからん!」
「兜……兜はどこです? 『雄牛の兜』……ファラオンがくれたんです。あれが無いとおれは……」
「あれはただのパンツだ! いい加減目を覚ませ!」
「パンツって……ははっ、そんなわけないでしょう。あんなに暖かくて、心強くて……。勇者さまは、おれがパンツを頭に被ってたって言いたいんですか? それじゃあおれ、まるで変態だ……」
「安心しろ! お前は間違いなく変態だ! もういいから喋るな! 今回復してるから!」
「寒い……すごく寒いんです」
「うるせえな! これでも被ってろ!」
レックスはいつかと同じようにブッペラの懐からパンティーを取り出し、彼の頭に装備した。
「あったかい。故郷の匂いがする」と言ってブッペラは気絶した。
「おい、ブッペラ? 返事をしろブッペラ!」
ブッペラは完全に意識を失っていた。穏やかな表情ですやすやと寝息を立てていた。母親に抱かれ眠る子どものようでもあった。
「レックス! そっちに行ったぞ!」
ファラオンの取りこぼした攻撃が二人に迫った。回復に専念していたレックスは反応が遅れた。
「しまっ――」
木の根はレックスの横を通りブッペラに直撃した。
「グッはアァァァァァあああ!!」
「ブッペラああああぁぁぁ!!」
ブッペラは壁にめり込んだ。腹部には木の根が突き刺さっていた。
「レイス! 来てくれレイス! この傷は俺の手に負えない!」
「こっちも忙しいの! あ、また撃ちもらした!」
ブッペラ目掛けて飛んでくる攻撃を、レックスは光を帯びた剣でもって叩き落とした。攻撃は明らかにブッペラだけを狙っていた。
「なぜだ! なぜこいつばかりを狙う!?」
《『なぜ』、だと? 貴様らは知らんのだ。二十年以上にも渡る我の怨嗟を――》
「ああ、そうさ! 知らない! だから話してみろ! だがこのまま何も知らずにお前を倒せば、俺たちは同じ過ちを繰り返してしまうだろう! お前は一体何にそれほど憤っているんだ! 話してみろ魔王!」
《――ふん。いいだろう、教えてやる》
魔王は木の根を引っ込めて攻撃の手を止め、語り始めた。言ってみるもんだなとレックスは思った。
《数千年前の話だ。もはや姿も覚えていないが、我は勇者に敗れた。しかしその時、自らの魂を散り散りに分け、人間たちの中にその因子を隠した。子々孫々、その因子は受け継がれていった》
「まさか」
「その末裔が、ブッペラだと?」
《我の因子を取り込んだ者はそいつだけではない。ほとんどの人間は喰ろうてやった。因子を取り込んだ者の視覚を通じて人間どもを監視し、強力な力を持つ者を取り込み、我は順調に力を取り戻していた! ――だが!》
魔王の声色に深い憎しみが浮かんだ。木の根で編まれた人形が、あるはずのない歯を食いしばっているように錯覚するほどだった。
《この男だけは違った! この男だけが特別だった! こいつは目ではなく舌で情報を寄越しおった! 純血の魔族たる我には、血肉の味を確かめる器官など存在しない。二百年以上生きて初めて知った味はこの男の実母のパンティーの味だ!》
魔王の口からパンティーという言葉が飛び出したことに、レイスは少なからず動揺した。
《こいつが力に目覚めたのは三歳の時だ。それからは地獄の日々だった。父母、祖父母、教師から聖職者に至るまで、ありとあらゆる人間のパンティーをしゃぶった。それを咎められれば靴を舐めた。勇者よ、貴様は自分の靴がどんな味が知っているか?》
レックスは首を振って応えた。
《腐肉を汚泥に漬け込んで三日寝かせたような味だ。こいつが貴様の靴を舐めるたび、気が狂いそうだった……。だがそれも終わりだ。我が大願はついに成就する!》
「――そんなことはさせない」
パンティーを被ったままのブッペラが立ち上がる。
「ブッペラ……! お前、無事だったのか!」
「ああ。こいつが守ってくれた」
ちゃおデラックスであった。九〇四頁あった。
「お前それ……貫通してるけど。本当に大丈夫なのか?」
「ああ。『アイカツ!』のカードには応募した」
二〇〇四年九月号であった。
「体の方を言ってるんだ! それにお前、なんだか様子が変だぞ。いつもより会話が通じている気がする」
「レックス。君が、コイツを装備させてくれたおかげだ。おれは本来の自分を取り戻すことができた」
「本来の自分? どういうことだ」
「おれの涎を浴びた装備は、その性能を増すんだ。このパンティーにはINTを向上する加護が付与されていた。おれのスキル――『ヨダライズ』を使ってその性能を向上させたのさ」
ブッペラはパンティーの中でチロチロと舌を動かしながら言った。
「それきもいからやめなさいよ」
「必要なことなのさレイス。こうして涎を補給しないと効果が切れて、すぐにまたアホに戻ってしまう」
「あんた今アホじゃないつもりなの?」
「相変わらず手厳しいな、レイス。安心してくれ。今のおれの活性化された脳内には、あいつを倒す手段が一万八千通り浮かんでグッはアァァァァァあああ!!」
ブッペラは壁に叩きつけられた。
「ブッペラああああぁぁぁ!!」
レックスが駆け寄った。ファラオンは二撃目に備えて大剣を構えた。レイスは冷めた目つきで見守った。
「お前三回目だぞ!? そろそろ死ぬんじゃないか!? 大丈夫か!?」
「ああ……なんとか致命傷は避けた。こいつのおかげだ」
コロコロコミックであった。
「まだあったのか!? そんなもんばっか持ってるから避けられないんだろうが!」
「デュエマのカードは無事か」
「知るかそんなもん! 作戦は!?」
「おれはもう動けそうにないからな……あと一万七千九百通りだ」
「ほとんどお前いらないんじゃないか! くそっ! 心配して損した!」
「動けるなら早く構えろ二人とも! すぐに次が来るぞ!」
《『闇の恩寵賜りし大炎よ。命以て流流し、その御魂を絶望に焚べよ』!》
黒炎が渦を巻いた。巨大な炎塊から散る火の粉は、レックスたちが切り払った木の根の残骸を焼いては舞い上がり、元の炎に身を投げてその勢いを増幅させた。
「あれ……まずいわよ。 直撃したら間違いなく消し炭になる!」
レイスの言葉とほぼ同時に、炎塊から跳ねた熱量の礫が襲いかかった。レックスがそれを切り払う。
「なんだ? 手応えがおかしい……?」
「たぶん魔力を吸ってる! レックスは触っちゃだめ!」
「オレの出番だな」
パーティの中で唯一、魔法を使えないファラオンが前線へ躍り出る。洗練された剣技によって降りかかる火の粉を払うが、一度は吹き飛ばされた火の粉は、まるで意志を持つかのようにファラオンの元へ二度三度と襲いかかった。
「なるほど。ホーミングしてるな。払っても払っても降りかかる火の粉、というわけか。実にいやらしい」
「言ってる場合じゃないぞ。俺の獲物はどうしたって神託による力を帯びちまう。かといってお前も動けない。ファラオン一人であれをいなし続けるの無理がある」
「打つ手はあるさ。そうだろ、レイス?」
突然声をかけられたレイスは、条件反射のように顔を顰めた。
「あれを模倣しろって言いたいの? 無理よ」
「できるだろ。たった半年あまりで<漆黒の天使>と呼ばれるまでになった、稀代の天才魔法使い様ならな」
「あんな出力、たとえできたとしても杖の方が持たない。詠唱が終わる前に粉々に砕けるわよ」
「そのためにおれがいる」
ブッペラはニチャリと笑った。
「しゃぶらせてくれ」
「…………は?」
「言っただろ? 『ヨダライズ』は装備の加護を向上させる。おれの涎でお前の杖を強化する」
「絶対にいや」
「レイス。ブッペラの言う通りにするんだ」
「レックスまでなに言ってるの? いつもみたいに適当言ってるだけよこいつは!」
「いや、恐らく本当だ。コイツに靴を舐められてからAGLが増してる。レイスも見てただろ。俺の動き、いつもより早かったはずだ」
「そんなの……火事場の馬鹿力でしょ」
「試す価値はある。このままじゃファラオンが危ない」
「そうだぞレイス。お前のイチモツをおれの口内にブチこむだけだ。何を躊躇うことがある?」
「あんたはちょっと黙ってて!」
レイスはため息を吐いて、自らの杖を撫でた。僧侶として教会に務めていた際、還俗した先輩から譲り受けたものだ。命の次に大事というほどではなくとも思い入れのある品で、おいそれと他人の口に放りこめるものではなかった。
「レイス……」
「わかってる。……これは大事なものだけど。背に腹は代えられない。やって、ブッペラ」
ブッペラは深刻な顔で頷き、差し出された杖の先端部を咥えこんだ。
「はむ、んむ……じゅぽっ! じゅぽじゅぽっ! ぢゅる、ぢゅず、じゅるるるるるじゅる!! グポッグポッグッポ! えふっえふっ! ふじゅるっ! ズジュルルルルルルぢゅるっ!」
レイスは咽頭を抉る勢いで杖を突き出した。
「このままあんたの頭ごと使ったほうが早いんじゃない?」
「ごぇっ! おえっ! おぅ、おっ!」
「おい! 今の下品な音はなんだ!? そっちで何をしているんだ!」
ファラオンが振り向かずに尋ねた。答えるものはいなかった。
「おえっ……、ぷはぁ! もう充分だろう……ゲホッゲホッ! 気をつけてくれよレイス。危うく涎じゃないものが出そうだった」
「運が良かったわね。もしそうなっていたらあんたの首を捩じ切ってたわ」
「……そんなにおれが憎いか?」
「当たり前でしょ。あんたまさか、自分がしてきたことを忘れたの? あたしも一刻も早く忘れたいものだわ」
「レイス……あれは……」
「あんたと和解なんて反吐が出るわ。でも」
そこで初めて、レイスはブッペラと目を合わせた。その眼差しにはいつものような軽蔑の色は無かった。
彼女が天使と評される所以。
魔法使いとしての道を選ぶ以前の、本来の彼女の慈愛に満ちた精神の面影が、そこにはあった。
「今までの全部が、この瞬間に繋がってる、って思うの。きっとあんたの奇行にも意味があったんでしょ。あんたの事は許せないけど、その……今まで、あたしもやり過ぎたわ。あたしの下着を盗んだのだって、この時のためだったんだもんね?」
「レイス……」
ブッペラは落涙した。レイスに微笑みかけられるのは初めてのことだった。
「あれは趣味だ」
「死ね」
ブッペラは流血した。顔面を蹴られてのことだった。
「ブッペラ……あとは俺たちがやるから。お前もう、じっとしとけ」
ブッペラは答えなかった。
「レイス。あの炎はなんとかなるんだな?」
「してみせるわ。詠唱の時間だけ稼いで」
「よし。ファラオン! そのまま時間を稼いでくれ! 合図で同時に突っ込むぞ!」
「了解した! ……と言いたいところだが……そう簡単にはいかないようだな」
切り落とされたはずの木の根は、切断面から再生し、再び鞭のようにしなってファラオンに襲いかかった。
「『タキオン・フィル』!」
レックスの剣から幾重にも折り重なった光の帯が伸びた。それは剣閃に追随して、刀身の延長線上へ靡くように揺らめき、複数の根を切断した。
「根っこの攻撃は俺が受け持つ。ファラオンは引き続き火の粉を! レイスの詠唱の時間を稼ぐ!」
《無駄なことだ! この炎は憎悪を糧とし永遠に燃え続ける。標的の魂を焼き尽くすまで消えることは無い。いかなる魔法でも打ち消すことは敵わんわ!》
「『闇の恩寵賜りし大炎よ。命以て流流し――』」
レイスの詠唱が始まる。レックスとファラオンは同時に駆け出し、魔王のあらゆる攻撃からレイスを守った。
勇者パーティの必勝の陣形。数多の強敵を打ち破った無敵の連携。
《不愉快だ! 貴様らのその声も! 表情も! 口内を満たす血の味も! 貴様らが存在するだけで五感の全てが苦痛を訴える!》
「『悔恨以って胎動し――』」
類まれなる魔法のセンスを持ったレイスは、瞬間的に彼我の実力差を直感した。
想定外の詠唱の重ねがけ。
必然、レックスたちが稼ぐべき時間も伸びる。
「ぐうううおおおお!!」
「耐えろファラオンっ……! もう少し、もう少しだ……!」
《残念ながら、少し遅かったな》
黒炎が蠢く。二千年の憎悪がひしめき合い、今にも炸裂せんとしていた。
「『憎念以って牽連し――!』」
レイスの声に焦りが滲む。詠唱はまだ終わらない。
《終わりだ》
黒炎が暴悪の限りを尽くせんとするその時。
「れるれる」
もう一つの想定外。いち早く気付いたのは魔王だった。
《(血の味――ではない?)》
しかし魔王は知らない。『ヨダライズ』――ブッペラのスキルの特性を。
数々の死線を越えてきたレックスの靴には、AGLの加護があった。
かの絢爛なパンティーにはINTの加護があった。それが防具ではなく装飾品――すなわち勝負下着であったためだ。魔法使いとして高い適正を持つレイスに適した恩恵。
「れるれるれるれる」
幾度となく攻撃に用いられたブッペラのコイン。
「れるれるれるれるれるれるれる――」
いつしかそれは武器として、ATKへの加護を備えるようになっていた。
「『れーるがん』――ぷっっ!」
ブッペラの口内から吐き出された金貨は、『ヨダライズ』によって極限までその威力を高められ、音速に迫る速さで魔王の頭部に迫った。
《――――ッッ!》
異様な気配を察知した魔王は、すんでのところで光線の如き一撃を躱す。
時間にして僅か数秒。黒炎がその動きを緩慢にした。
《(こいつ――血の味で硬貨の味を隠しおったのか! 攻撃を避けなかったのもそのため――!?)》
「レイス! やれ!」
「『――我が怨敵を絶望に鎖せ!!』」
絶叫とともに掲げられた杖から、三つの火球が射出される。それぞれが弧を描き黒炎に迫り、三方向から抑えつけるように衝突して炎をその場に留めた。
「ぐううううウゥ!!」
黒炎は動きを緩めながらもその体積を増していく。
「(吸われてる!? もっと出力を上げないと――)」
三つの紅焔もまた、それに応じるように火力を上げる。連なってレイスの杖も熱を帯びた。
「(――だめ! やっぱり持たない――!)」
先に悲鳴を上げたのは武器の方だった。杖は内側から燃え始め、先端に近い部分にには完全に火が灯って、既に杖というより松明のような有様だ。
「こいつも使え!」
ブッペラは自らの頭から引き剥がしたパンティーでコインを包んで射出し、レイスの手元へ運んだ。
「――ああもう! 勝負下着ってそういう意味じゃないんだけど!」
受け取ったそれを杖の持ち手に巻きながらレイスが叫ぶ。下着に染み込んだブッペラの口内分泌液によって杖が水気を帯びた。
「杖は燃えるし下着はビチャビチャだし! あんたのせいで散々よ!」
「はは! 上は大火事、下は洪水ってやつだな!」
「殺す……! あんただけは絶対に殺す!」
激しい憎悪によって紅焔がその力を増した。
「あ、いけそう」
《馬鹿な! 人間風情の力に負けるはずがない! 何故――!》
「――教えてやろうか?」
ファラオンの大剣を踏み台にしてレックスが上空に飛び上がる。迎撃するために伸ばされた木の根は、幾筋もの光の帯によって切断される。
「お前の二百年の歴史は! オレたちが共に過ごした半年の日々にも敵わないってことだ!」
「お前の二十数年の怨毒は! 俺たちが受け続けた半年のストレスにも敵わないってことだ!」
「これが絆の力だ!!」
「あたしはそうは思わないけど!」
空中でレックスが剣を振るう。レックスの剣先から伸びた光の帯は、魔王の頭部を側面から裂き、内部の宝玉を露出させた。
「『尽き果てよ光の道! 暗雲を払い――』」
レックスが身を翻す。光の帯がが弧を描く。その尾を追うように剣が振るわれた。
「『――絶望を鎖せぇぇぇぇぇぇ!!』」
光が環をなす。尾を食む蛇のように。円環が閉じ、斬撃が光の道を循環する。
暗黒の時代。その始原は砕かれたのであった。
***
「……終わったのね」
「……ああ」
レックスが頷いた。仇敵を討ち取ったというのに、その顔はどこか晴れていない。
黒炎はレイスの炎に取り込まれ、木の根は活動を停止していた。頭部を失った人形は、文字通り木偶のように佇むだけとなった。
「腕は大丈夫か」
「ファラオンこそ。ボロボロじゃない……回復してあげる」
「いや、しかし……まだ眠るわけには」
「レックスはまだ大丈夫そうだし。あたしも右腕の火傷以外は大したことないから」
「そうか……すまない」
レイスが回復魔法をかけると、その副作用と蓄積した疲労の影響で、ファラオンは崩れ落ちるように眠りについた。
「……帰ろう」
レックスがファラオンを背負って踵を返す。視線の先では絶叫が響き渡っていた。
「痛い!! いたあぁぁぁぁぁい!!」
「……こいつがいたわね」
「スキルの効力が切れたんだな。レイス、その……例のものは?」
レイスは黒焦げたパンティーの切れ端を見せた。
「頭の上に乗せてみるか?」
「ティアラじゃないのよ」
「やってみる価値は――」
「絶対いや。二度と触らせないわ」
「あの! 勇者さま! 穴がっ……! おれの体に穴が空いてまする! すごく痛い! これなんのための穴ですか? ていうか魔王は!?」
「騒ぐなブッペラ。つばでもつけとけば治るだろ」
「そんなわけないでしょ! 口から溶岩でも出せと!? 回復してください!」
「そんだけ騒げれば平気だろ……どのみち俺の回復魔法じゃ治らない」
「こいつは置いて行くわよ、レックス。ここで野垂れ死んで貰いましょう。……あ、その前に」
レイスはブッペラの懐から十二枚の下着と五つの金貨袋を取り出した。
「お前まだそんなに……」
「これは違うんです! これはほら、あれ……装飾品です! 豪華な下着は装備するとステータスが上がるんです」
「あながち嘘でもないのがムカつくわね」
「ははっ」
レックスは数年ぶりに少年のように笑った。
「そんな言い訳が通るものか。ブッペラ、お前は追放だ。ここに置いていく」
「ごべんなざい!! それだげは勘弁じでぐだざい! 何でもじまずがら!!!」
あとがきは長くなりそうなのでユーザーページの活動報告にでも書いておきます。
ここまで読んでいただきありがとうございます。