8 お人好しの不安
それから、私たちは中心街から逃げるようにして静かな海辺に来ていた。
「なんだか、疲れちゃったね。いつもより街が賑わっていたからかな?」
いつも活気に溢れている街だけど今日は一段と賑やかだった。賑やかと言うより落ち着きがないと言った方があっているかもしれないけど。
「明日、皇太子殿下や上流貴族たちが参加するダンスパーティーがあるんだ」
カイはそう答えると何か考えるような顔をした。
「そうなんだ。どうりであんなに人が多かったのね。カイも出るの? なんだか調子が悪そうだけど大丈夫?」
さっきから、様子が変だ。もしかして明日のダンスパーティーに出席するのかな?
「いや、俺は行かないよ。ただ、最近いろいろ大変なこともあって。困ってることもあるしさ」
のんびりやってると言ってはいたけど実際そうでもないのかな。
「そっか。無理しないでね。私にできることはないけど、話を聞くことくらいならできるよ」
「ありがとう。ニーナ、君がいてくれるだけで十分だ」
カイは切れ長の目を細めるとわたしを抱き寄せた。
「カイ……」
幸せで胸がいっぱいになり、彼への愛を紡ぎたくても言葉にならない。
「ニーナ、いつか君を迎えに行く。身分の差なんて気にしない」
決心したような顔でそう言うと彼は海の遥か先を見つめていた。
「待ってるよ。迎えに来てくれるまで」
私をあの家から連れ出してくれればいいのに。ニーナであることを忘れて、そんな希望を抱いていた。
「そろそろ時間だな」
幸せな時間ってこんなに早く過ぎてしまうのか、離れるのが名残惜しくて思わず彼の腕を掴んでしまった。
「あ、ごめんなさい」
彼を困らせてしまうだけの行為に自分で呆れつつ手を離した。
「メラニーさんの店まで送ろう」
離したばかりの手を強く握る彼に嬉しく思う反面、迷惑を掛けてしまったことを申し訳なく思う。
「ありがとう。疲れているのにごめんなさい」
「ニーナ、君が心配するほどの事じゃないよ」
優しい彼は、私に心配を掛けないようにしてくれているようだ。でも、なんでだろう。突き放されているような気分になるのは。
私を気遣って言ってくれているのだろうけども、「君に話す必要は無い」と言われているようにも感じてしまう。
考え過ぎか。彼との未来を考えて不安になったせいか気持ちが沈みやすいみたいだ。
それでも彼と繋いだ手は私の心まで溶かすように暖かかった。店に着く頃には先程までの不安も消えて幸せな気持ちに満たされていた。この時間がずっと続けばいいのに、そう願わずにはいられなかった。