68 お人好しと危険な夜会(2)
「ニコラ、お久しぶりですわね。」
殿下がルーカス殿下を探しに行くと言われ待っているとフィリーネに話し掛けられた。
「フィリーネ。元気そうでなによりですわ。」
前のダンスパーティーから考えると随分と大人しくなったフィリーネだった。
「ニコラも元気そうで良かったわ。大変だったみたいね。お姉様から聞いていますわよ。」
フィリーネは柔らかな微笑みを浮かべ、私に囁くように言った。
「メイリア様から?そういえばメイリア様の姿が無いようですが……?」
メイリア様も出席すると聞いていたが、先程から姿が見えない。ルーカス殿下もまだご到着されていないのだろうか?
「お姉様でしたら、何か考えがあるのでしょう。」
フィリーネの姉であるメイリア様はなかなか勢いのある方だから私には意図を計りかねる部分もあるが悪いことではないだろう。
案外、ルーカス殿下とメイリア様は似ているのではないかと思う。あの自由人なルーカス殿下を尻に敷いているメイリア様……恐ろしい。
「ニコラ様、あの時は申し訳ございませんでした。」
そう発言したのはフィリーネとよく一緒にいる令嬢セリア・ロッカだ。昔はフィリーネと一緒に他の令嬢を虐めていたがあのダンスパーティー以降心を入れ替えたらしい。
「大丈夫ですので頭を上げてください。」
「噂通りの優しいお方なのですね。」
セリア・ロッカは安心した様にそう言うと微笑んだ。
優しい……と噂なのか?お人好しと何度言われてきたか。お人好しと言われるよりいい響きだな、なんて思っていると会場に集まっていた貴族たちの目が一点に集まった。
「お父様。何故私達を皆さんが見ているのかしら?」
聞きなれた、少し高めに作ったルイーゼの声がした。相変わらずの露出の多いドレスで自分が世界で一番美しいとでも言うような顔で会場に入ってきた。
「それは、ルイーゼに目を奪われてるのだな。カーラもそう思うだろう?」
肥えた体でボタンが今にも弾け飛びそうな格好で登場した父であるケヴィンは何とも的外れなことを言った。
「そうですわね。それにしても視線が随分と厳しいものに感じるのですけれど。」
棘のある言い方だが私に対する言葉と比べたら幾分もマシな態度でそう返したのは母のドリスだった。私が居なくなってから随分と仲が戻ったようで、何とも複雑な気分ですけれども。
冷静に物を見られているのはお母様だけみたいですね。お父様とルイーゼは本当に何も変わっていなくて寧ろ安心しました。
「お、お前は何故ここにいる?そんなに着飾ってお前はもう平民だ。それに殿下に断罪されたのではなかったのか。」
ルイーゼを見て気持ち悪い笑いを浮かべていたが私を見た瞬間、分かりやすく顔を歪め焦ったように近寄ってきた。
「平民は貴方達の方だと思いますわよ?断罪は貴方の早とちりですわよ。」
惚けたようにそう言って意地汚い家族達を見た。
「何を言っている?ふざけているのか!お前はもうアーレント家の人間ではない!」
周りを気にせず怒鳴る姿に呆れを通り越して何も感じないがその声にルイーゼが便乗するように声を上げた。
「お姉様!貴方のせいでユリウス様との婚約が無くなったのよ?どういうこと、説明して頂戴!」
金切り声で喚くルイーゼに耳を塞ぎたくなったが、何も知らないようでその事実への驚きが勝った。
「婚約者だったのに知らなかったのかしら。ユリウス・トレーガーは密輸の罪で捕まったばかりよ、何と伝えられたのかしら?」
意地悪だと承知で言うとルイーゼは私の言葉を信じない様で周りを見て助けを求めるような顔をした。
「この方がでたらめを言いますの!誰か反論して下さいませ。」
その言葉に貴族は呆れた様な顔をしたがあまりの横暴な態度に笑いが込み上げてきてしまったようだ。
「今の聞きました?世間知らずもいい所ね。今までどうしてやってこられたのか不思議で仕方ないわ。」
どこかの御令嬢が小馬鹿にするように鼻で笑うと隣にいた婚約者らしき方が
「決まっているだろう。有名な話ではないか。全てニコラ嬢がこなしていたから成り立っていたという事は明白だ。」
と言って彼もまた鼻で笑った。それを皮切りに貴族達の興味の対象は元アーレント家の皆さんに注がれることになった。
「どういうこと……。ユリウス様が私を騙していたわけないわ!」
それに対しては何も言うことは無い。一時の愛されているという夢を見られたのだからそれで満足して欲しい。
「お前はこの場にいる人間ではないと言っているんだ。」
お父様はそう言うと私を会場から出そう腕を引っ張った。
「きゃー!平民がニコラ様に暴力を……野蛮だわ。誰か拘束して!」
その瞬間、少し高めの御令嬢の声が響いた。声のした方を向くとメイリア様がいた。先程悲鳴をあげたのはメイリア様の近くに居る方のようだ。
メイリア様は私の方を向くと薄く笑った。
「だから、俺は平民じゃないと言っているだろう、無礼なやつらめ!」
その声に怯みつつ、一際大きな声でお父様は怒鳴った。
「……失礼ですが貴方はニコラ・アーレントに家督を譲り社交界から追放されている筈ですよね。貴方も家督を譲る事に同意しましたよね。」
人好きのする笑みを浮かべてわざとらしい態度で話し掛けたのはいつの間にか現れたルーカス殿下だった。