66 お人好しの企み
「ふふ、殿下そんなに焦らなくても大丈夫ですよ。それともそんなに焦る程、後ろめたい何かがおありですか?」
突然、笑いだした私に呆気に取られた表情の殿下は、暫くして
「君を危険な目にあわせてしまったな。一番後ろめたい事だな。」
暗い調子でそう言った。
「手刀、痛かったですよ。」
まだ少し痛い首を触り恨めしい気持ちで殿下を見た。
「ニクラスには絶対怪我をさせるなと言ったのだが……と言っても無駄か。大丈夫か?」
言い訳じみた言葉が嫌だったのか殿下は途中で言葉を止めた。
「今こうして生きているので大丈夫ですね。」
ニクラスが王族の味方と言っていたのは本当だったようだ。あまり喋ってくれなかったから今一つ分からなかったが大丈夫なら別にいいか。
「……そうか。それに、君の侍女のセーラ……彼女の恋人のクルトにも君が危なかったら助ける様に言っていたのだが結果的に怪我を負わせてしまったな。」
私が気絶させられた事を随分と気に病んでいるようで申し訳ない気分になってきた。
「まぁ、もう過ぎた事ですし大丈夫です。それともう一つ聞きたいことがあります。」
殿下は安心した様に息を着くと不思議そうに私を見た。
「なんだ?」
「明後日の夜会の事です。何も聞いていないのですが……」
ニクラスから聞かなければきっと知ることがなかっただろう。
「あぁ、君を正式に婚約者として発表しようかと思ったが、色々あって混乱しているだろうから無理に出席しなくても……周りもこんな事件があれば納得するだろう。」
それって、私が出席しなければならないと思うのですが?恐らく殿下の婚約者発表のための場でしょう?
え、この方ってこんな適当な感じでしたっけ?私を心配してくれるのは嬉しいですけど。
「いえ、出席しますよ。それに、わたしの元家族達も来るのですよね。」
そう言って私は笑みを浮かべる。きっとこの笑みはフィリーネが虐めてた時よりも歪んでいる。
「ニコラ……まさか。アーレント家が滅亡するのは嫌なんだよな?」
私の顔を見てか少し苦笑いに見える殿下を無視して話を続けた。
「ふふふ。もちろん、無実の罪で滅亡するのは嫌です。でも、私だって少しくらい親子喧嘩したっていいはずですよね。」
「アーレント家は夜会に来たら最後。もう、十分罰は受けていると思うがニコラに今までしてきたことを考えれば……」
殿下は少し考えた素振りを見せたが、私の意見に同意してくれたようだ。協力はしてくれるだろう。
いつもの穏やかな笑みは必要ない。殿下の言う通り何も知らないのは私の元家族だけ。
貴族たちの噂も私の婚約もユリウスの事も。
「殿下、夜会楽しみにしていますね。私はやっとお人好しを辞められそうです。」
殿下にもう一度微笑み部屋を後にした。明後日に思いを馳せながら軽い足取りで自室へ向かった。