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63 お人好しvs元婚約者(3)

 

「何時までもルイーゼの悪口を聞いている訳にもいきませんし、私も話したいことがあるのですよ。」


「何だい?」


「簡単に言えばアーレント家から手を引いて欲しいという事ですね。」


 ユリウスは私がそう言うと予想していたのか嘲るような笑みを浮かべた。

 

「やはり、婚約者がルイーゼの方で良かったよ。君さ自分の考え無さそうで思い通りになりそうって思ったから利用したけど、意外と、頭良いみたいだし。」


「認めるのですね。密輸に関与していること……そして、アーレント家に罪を押し付けようとしていること。」


 このフロアには多くの人がいる、だからこの話を少しでも周りに聞かせられればユリウスは不利になるだろう。


「うん。そうだよ。でも、君には害がある訳では無いし別に気にしなくていいよ。」


 今日の天気を話すくらいどうでもいいように彼は言った。密輸の話をしている筈なのに。


 彼はまた無敵と思われる笑顔の仮面を被っている。その余裕が続く限りは何か考えがあるのだろう。


「そういう問題ではありません。自首してください。」


「君でも冗談言うんだ?意外だな。考えてみなよ、君は黙っていれば幸せになれるかもしれないよ?」


 私の幸せを勝手に決めないで欲しい。



「私を殺そうとしている人に幸せを語られても困りますね。」


 それだけ言って、いつか彼に貰ったスイレンの髪飾りをワインにつけた。


 

「その髪飾り使ってくれてたんだね。でも、その使い方は少し違うと思うな。」


 目は笑っていない。その瞳が見つめる先は黒く変色した髪飾りだった。


「スイレン……そして、銀でできた髪飾りなんて他に使い方が思いつきませんね。」


「君こそ牽制の意味を込めて妹に香油を付けさせていたのに。」


 シャクナゲのことを言っているのね。少しは大人しくなると思ったけれど、全く変わらなかったから意味もなかったようだけど。


「どうでしょうね。『滅亡』なんて花言葉のあるスイレンの髪飾りを送る方に『危険』程度の花言葉に牽制の意味などなかったでしょうけど。」


 スイレンは滅亡を意味する花だ。アーレント家に滅亡しろという事だったのだろう。


 ユリウスは未だうすく笑うばかりで、私の反応を面白がっているようにも見える。



「さっき言った言葉取り消し。君はやっぱり馬鹿だよ。分かったならさっさと俺に従えば良かったのにね。ワインの毒も大したことないよ。飲んでも死にはしない。」


 怒っているのか感情の読めない声で言うと笑みを濃くした。


  「何を考えているの……。」



 今ここで大声で彼の罪を叫べば……


  「一応、言っとくけどここに集められた人は皆クルトによって集められた俺の家の関係者。つまり、君がここで何か言っても無駄ってことだね。」



「え……」


 思ってもいなかった事に一瞬思考が停止する。どうすればいい?


 先程まで安心する対象だった客達が一気に恐ろしく見えた。そんな私を見て愉快そうに微笑むユリウスは


「そろそろ覚悟は決まった?俺のお人形として生きてよ。君も幸せだと思うよ?馬鹿な王子を信じる可哀想なニコラちゃん。」



「うるさいなぁ!さっきら幸せ、幸せって人を貶める人に幸せなんて分からない。それに、殿下達の事を馬鹿にしないで。貴方なんかとは違う。この髪飾り返すわね、滅亡するのは貴方の方よ!」


 信じられない大声が自分から出た。そして、スイレンの髪飾りだった黒い塊をヘラヘラした顔に投げ付けた。


 先程までの胡散臭い笑顔は消え無表情になったユリウスは



「ニクラス、この女を連れて行け。」


 と静かに言った。もう、たとえ殺されようと言いたいことは言った。


「分かりました。」


 聞き覚えのある声と共に首の後ろに衝撃が走った。


 薄れる意識の中、「すみません」という小さな声と客のテーブルの方で突然立ち上がった二つの影が見えた気がした。

 


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