59 お人好しと鬼嫁さん(3)
「じゃあ、俺はこれくらいであとは二人で楽しんで。」
逃げるようにこの場を去ろうとする殿下を止めたのは妖しく笑うメイリア様だった。
「ニコラさん。ごめんなさいね、今用事ができてしまったわ。また、お茶しましょう。妹が気に入るだけあるわね。楽しかったわよ。」
ルーカス殿下は蒼白な顔のままメイリア様に連れて行かれた。
うん。なんか、闇を見た気分だ。パワーバランスはよく分かった。これから何かあったらメイリア様に言えば何とかなるのではと思ってしまうくらい強そうな人だったな。
「ニコラ様、終わりました?」
「セーラ?今までどこに行ってたのよ。」
何食わぬ顔で出てきたセーラは表情を変えずに
「少し用がありました。それよりメイリア様とは大丈夫でしたか?」
と言った。さほど心配した様子には見えないという事はセーラから見ても私はメイリア様と上手くやっていけると思われていたのだろう。
「えぇ。大丈夫よ。それとあのお二人なかなか闇深い家庭になりそうね。政略結婚は怖いわね。」
「ルーカス殿下は尻に敷かれていますからね。それと、あの二人政略結婚ではないですよ。」
え、あの二人政略結婚ではないの?
「えぇ、恋愛結婚ですよ。前にメイリア様から聞きました。たしかルーカス殿下が猛アプローチしたとか。」
先程まで変わる気配のなかった表情が悪戯な笑みに変わっていた。
あぁ、本当なんだ。意外だけどそうなんだろう。あんな感じでも仲はきっと良いのよね。
「そろそろ部屋に戻りましょう。」
「はい。気分転換にはなりましたか?」
「えぇ。もう大丈夫よ。」
そうは言っても何も大丈夫ではない。
ユリウスとの話を上手く進められる自信もない。しかし、大丈夫だ。話せばきっと分かるはず。
その後、部屋に着いた私は力尽きすぐに眠りについた。
「ニコラ様、ユリウス……様から手紙が届きました。」
「分かったわ。」
セーラが差し出した手紙には2日後に会おう、それだけ書いてあった。
大丈夫。ただ会って話すだけ。きっと相手だって分かるはず。
だから、こんなに不安になる必要も震える必要もない。
落ち着け!そう、自分に言い聞かせても冷や汗が滲むばかりで一向にいつもの冷静な気分にはなれそうになかった。
「ニコラ様?大丈夫ですよ。」
セーラはいつもと違う私の様子を見てか無理に明るく笑った。
「えぇ。わかってるわ。」
私もセーラと同じように無理矢理笑顔を張り付けてそう言った。
アーレント家から手を引いて下さい!
と言って聞いてくれるだろうか。もし、無理だったら密輸の証拠を突き付けて自首を促すしかない。
結局、カールハインツ殿下と話さないまま約束の日になってしまった。彼の考えが分からない。
そんなに私の家族が酷く見えました?そんなに私が哀れに見えましたか?
確かにひどい家族です。自分の命の為に娘を差し出すような人達です。しかし、無実の罪を着せられるのは違います。
と言いたいけれど私が何か言って変わるのか……それは考えなくても分かる。きっと無駄。今までいろいろ諦めてきたのよ。だから、これくらい諦めるのなんて辛くない……筈なのに。