56 お人好しと新生活(2)
「ニコラいるかい?少し話があるんだ。」
控えめなノックと共にカールハインツ殿下の声が聞こえた。
「はい。今開けます。」
焦ってベッドを飛び出し、殿下のもとへ向かった。
「こんな時間に申し訳ないな。しかし、話しておかなければならない事がある。」
「奇遇ですね。私も殿下に話さなければならないことがあると思っていました。」
ユリウスの事……言うなら今だ。
「本当か?ならば先に聞こう。」
少し驚いた顔をした殿下の言葉に甘えて話すか……いや、でも殿下の話も気になるな。
「それは申し訳ないです。」
「君の方が深刻そうな気がしてな。話してくれるか。」
私の話を促すように殿下はそう言った。
「はい。分かりました。」
でも、どこから話せばいい?
「殿下……公爵家のユリウス・トレーガーはご存知でしょうか?」
「あぁ。知っているが彼が関係するのか?」
「はい。端的に申し上げますと彼が最近問題になっている密輸の犯人です。」
殿下は僅かに驚いた顔をしているように見えるが……もしかしてこの事を知っていたのかな?
「それはこちらで対処する事にしよう。君は気にせずゆっくりするといい。」
優しい瞳の奥に何か隠されているようで気持ちが晴れない。違う……アーレント家が危ないんだ。
「いえ、アーレント家にその罪を押し付けようとしているのです。このままではアーレント家が無実の罪で没落してしまいます。」
ここまで言えば、すぐに対処してくれるだろうか。
「そうか。君には言ってなかったが、その事ならルーカスが掴んでいる。アーレント家諸共捕まえるつもりだ。安心してくれ。」
「え?」
平然と言い放つ殿下に驚きが隠せなくなったのは私の方で、その言葉の意味を考えた。
つまり、全て知っているけれどアーレント家も捕まえるということ?なぜ……?
「大丈夫だよ。君を苦しめた家族も捕まる。トレーガー家、バーナー家、アーレント家全て密輸の罪で捕まえる。これで君の不安はないだろう?ルーカスの提案だ。」
「いいわけないじゃないですか!無実の罪で家族が捕まるのですよ。」
「しかし、君とアーレント家はもう無関係になった。それに憎んでいただろう……あの人達を。」
話が伝わらない。確かに憎んだし、恨んだしアーレント家の滅亡も願ったことがある。しかし、だからと言って無実の罪で捕まって欲しいなど思うわけが無い。
「殿下……失礼します。私はそのような事望んでいません。」
一方的に会話を終わらせると、冷静になれない頭で打開策を考えた。
ユリウス・トレーガーとはいつか話さなければならないと思っていた。アーレント家と縁を切って貰えるように直談判に行こう。
セーラならば協力してれるだろう。彼女もクルトからの手紙でおおよそのことは知っている。彼女なら私の気持ちも尊重してくれるはずだ。
あんな家族助けたくないが……違う。
彼らの為では無い。
自分の為だ。こんな時までいい人ぶって……そんな自分に反吐がでる。
ただ寝覚めが悪いからだよ。止められるかもしれないのに何もしないで仮にも血のつながった家族を見捨てるなんて後悔するのは自分だから。
きっとカールハインツ殿下もルーカス殿下も私の話を聞いてはくれないだろう。
一人で彼と戦うしかない。なるべく早く話をつけなければならないな。