53 お人好しの家出(2)
「あはは。ごめんね。突然でびっくりしたよね。でも、これでアーレント家とはおさらば。君は晴れて自由の身ってわけ。」
早口で言ったルーカス殿下は美しい笑顔だ。こんな状況でなければ見蕩れるかもしれないが私だけが困惑している今、その笑顔も憎たらしく見えてくる。まぁ、私がルーカス殿下に見蕩れることはまず、無いと言えばそうなのかもしれないが。
「つまり、不敬罪で断罪は嘘ということですか?」
そうなれば、私へのお咎めも無しという事か。
「そういう事だ。君の同意のもと進めれば良かったがそうもいかなくてな。だが、これで君を苦しめる家族はもういない。」
ルーカス殿下の代わりに答えたのはカールハインツ殿下だった。言いにくそうに困った顔をしている。
「待って下さい。セーラを残すわけにはいきません。彼女を早く助け出さなければならないのです。」
私がアーレント家の人間ではなくなったというならばセーラの身が心配だ。彼女は私の専属の侍女だから、あの家に残ってしまったらあの人達に何をされるか分かったものではない。
「それなら大丈夫。ほら……」
そう言って振り返った殿下につられて後ろを向くと
「ニコラ様、遅くなって申し訳ございません。辞めてきました。」
溢れんばかりの笑顔を浮かべたセーラがいた。
「辞めた……?」
「はい。私はニコラ様の侍女であって、あのポンコツ共の奴隷ではないので。」
当たり前だと言うようにセーラは答えると、私の家族を思い浮かべているのか心底嫌そうな顔をした。
「もしかして、セーラはこうなる事を知っていたの?」
何も驚いていないのだから、つまりはそういう事だろう。今日、殿下達が来るのを知っていたのもルーカス殿下と何かしら関係があるようだ。
「黙っていて申し訳ございません。しかし、ニコラ様を助けるためにルーカス殿下の話に乗るしかありませんでした。」
私が怒っていると思ったのかセーラの声はだんだんと小さくなっていった。
「メイドちゃん。そんな風に言ったら俺が悪者みたいじゃん〜。」
いつもの軽いノリで言ったルーカス殿下を見るとセーラは
「話を聞く限り悪者だと思いますが。」
と言って呆れた顔をしていた。
「ルーカス。船が来たお喋りは後だ。」
そんな会話をしているセーラ達にカールハインツ殿下は冷たく言うと、戸惑いがちに私に手を伸ばした。
「船は段差が危ない……」
それだけ言うと目を逸らした。心配してくれているのかな?手を取っていいものか迷っていると
「おぉ!兄貴珍しく大胆な行動に出ましたね〜。ほら、ニコラさん兄貴が可哀想だから手取ってあげてよ。」
調子の良いルーカス殿下の声が飛んできた。
「うるさい、ルーカス。……行くぞ。」
軽くルーカス殿下を睨みつけ殿下は少し強引に私の手を奪い船に乗り込んだ。
突然の事で驚いたが、それ以上に自分の心臓のうるささに驚いた。周りに聞こえてしまっているのではないかと思うくらい心臓の音が体に響く。繋がれた手の先から殿下にこの緊張が伝わってしまっているようで尚更気恥ずかしくなる。
ふと見上げた殿下の顔が少しだけ赤く染っているように見えた気がした。
何故かその顔を見ると私まで恥ずかしくなり慌てて顔を逸らした。




