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52 お人好しの家出

 


「ニコラ様、起きて下さい!今日は殿下がいらっしゃる日ですよ。」

 

 セーラの声が聞こえる気がする。

 でも、眠たいからもう少しだけ……。


「起きて下さい!」


「う、うん。起きる……起きるから」



 更に大きくなったセーラの声に鼓膜が耐えられそうもない。

 観念して起きるといつもよりだいぶ遅くまで寝ていたようだ。



「おはよう。セーラ。」


「はい。おはようございます。」


 いつもと変わらぬ様子だが何か違和感を感じる。

 何だろう?



 さっきセーラは殿下がいらっしゃる、と言った。


 私は殿下が今日来る事を誰にも言っていない。なぜセーラがそのことを知っている?



「セーラ……今日は殿下はいらっしゃらないわよ?」


 セーラを疑うわけではないが何か変だ。


「え!そんなはずは!ルーカス殿下が確かにそうおっしゃって……」


 明らかに動揺したセーラに私の方が驚いてしまった。


「ルーカス殿下に……。あの時は仲が良さそうには見えなかったけれどそうでもないみたいね。」


「……申し訳ございません。」


「何も言ってないわよ?話せないことならば無理に聞かないわ。」


 謝るという事は何かやましい事があるのね。


 セーラの顔が僅かに強ばった。


「ニコラ様のため……です。」


 静かにそう言うとセーラはいつもの様に私の髪を整え始めた。


 セーラが何も言わないならば無理に聞くことも無い。セーラが私の為と言うならばきっと悪い事ではない筈だ。






「ありがとう。これで殿下にお会いしても大丈夫ね。」


 鏡に映る私は昨日のワインの染みでみすぼらしい私とは見違えるくらい、洗練されていた。セーラの努力の賜物と言っていいだろう。


 


「何があっても信じて下さい。」


 鏡を見つめる私にセーラは覚悟を決めたような顔で言った。


「貴女がそう言うならば信じますわ。」


 ここまで信じてきたセーラを最後まで信じたい。彼女はいつも私の事を考えてくれていた。例え、アーレント家と私を捨てて逃げても構わない。彼女には幸せになる権利がある。






「カールハインツ殿下とルーカス殿下がいらっしゃいました!」


 焦った様子の召使いが私の所へ息を切らしながら半ば叫ぶようにそう言った。


「分かったわ。」


 その召使いよりも焦っているのは





「で、殿下が!?来ただと?」



「何で殿下達がこの家に来るのよ?」



「私に求婚かしら?まだ心の準備ができてないわ!」




 この残念な人達だ。当然といえば当然なのだけど。面倒なことになりそうで一言も言っていなかった。





「失礼する。此方がアーレント家で間違いないか?」


 昨日とは違う冷たい瞳で入ってきたカールハインツ殿下に一瞬家族が動揺する。


 様子が変?もう少しにこやかに来るものかと思っていたから少し驚いた。


「は、はい。お話とは一体?もしかして娘が不敬なことを……?」


 私への態度とは恐ろしく違い、オロオロとした態度で言っている父を見ているのも気分が悪い。



「もし、そうだと言ったら?」


 様子のおかしい殿下に思わず後ろにいるルーカス殿下を見る。

 誰かを見ている?

 彼が見ているのは、視線を追うと恐らく私の斜め後ろに居るセーラ。

 此方を全く見ない。これは2人の総意という事か。


 え……?


 私が何かをしてしまったの……?

 両親と話をつけるって騙していた事への断罪?

 突然の事に思考が停止する。



「罰は娘だけに……私達はいつもこの娘に頭を悩ませているのです。」


 父が冷や汗を滲ませながら言うと


「そうです!」


 母も声を荒げて言った。


 いや、仲良しかよ。いつからそんな結託するようになったのよ。


 と言いたいところだけれどそんな場合では無い。


「そうですか。ならば、家族の縁を切るということでしょうか?」


 セーラを見ていた視線が父に向いた。ルーカス殿下は業務的な声で言った。



「はい!切ります、直ぐに切ります。証明が必要でしょう。ドリス、取って来てくれないか。」


 一瞬の迷いも無い父に呆れるわけでも絶望するわけでもなく、ただ成り行きを見守っていた。



「勿論ですわ。」


 母が父に素直に従うなど何時ぶりだろうか?

 母の方が幾分かマシ、確かに言った通りかもね。


 凍りついた空気に口を開く者は居ない。

 私はこの先どうなるのだろうか?



「持って来ました。」


 暫くして、印章を持ってきた母は病気のフリをしていた時のように顔色が悪い。



「これを何処に押せばいいのでしょうか?」


「本当によいのか?」


 眉一つ動かさない殿下に怯えながら言った父の言葉はその言葉に掻き消された。


「はい。もう二度と娘とは関わりません。」


「ならば、この紙に。」



 ルーカス殿下が差し出した紙に署名と印章を残した。


 不思議と悲しさは無い。断罪されるよりもこの家にいる方が私にとっては辛いのかもしれない。




「では、連れて行く。」


 私の手をやや乱暴に掴みカールハインツ殿下は外に向かった。


 私の処遇はどうなるのか、これから一人でどうやって生きて行くのか不安は募る。



 されるがまま連れてこられたのは船着場だった。


「何処に行くのですか?」


 未だ手を離さないカールハインツ殿下を見ると、突然足を止めてこちらを見た。


「まだ、繋いだままだったな。すまない。痛くはないか?」

 

 先程、見せていた凍てつくような瞳は前に会った時の優しい瞳に戻っていた。


「は、はい。」


 突然の優しさに言葉が詰まる。


「ごめんね。君に罪なんて無いんだ。」


 言い聞かせるように殿下は言った。


「それに、俺達別にニコラさんが問題起こしたとか言ってないし。」


「えっと……すみません。全く状況が呑み込めません。」


 目まぐるしく変わる展開についていけないのは私だけなのだろうか……。





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