51 お人好しと残念な人(2)
父の言葉から逃げるようにその場を立ち去り自室へ向かった。
ただ悶々と考えていると今、会いたくない……妹のルイーゼがいた。考えてみればいつだって会いたくない気がするが。
「ルイーゼ、どうしたの?」
相変わらず、似合わないフリルの着いたピンクのドレスを自慢げに着ているルイーゼは興奮したように口を開いた。
「ユリウス様に言い掛かりをつけていましたよね?お姉様、ユリウス様が好きだからといって私に嫉妬するのは止めて下さい。それに、お姉様が私より幸せになれる訳ないわ。」
捲し立てるように早口で言うルイーゼの顔があまりにも必死で、話している内容はあまり頭に入ってこなかった。ルイーゼが手に持っているワイングラスがカタカタと音を立てる。
ユリウスを信じているのね。今までの情報から限りなく彼は黒だ。その内、殿下にも相談して密輸を取り締まってもらおう。
「今日の夜は冷え込みそうね。暖かくして寝た方がいいわよ。」
少し肌寒く感じ、未だ必死な顔でスカスカの内容を突き付けてくるルイーゼに半ば呆れながらそう言った。
「お姉様、私の話聞いていたのかしら?」
「貴方が私の話を聞かないから、私も聞かなくていいと思った……それだけよ。」
私はユリウスについて警告したし、止めようとした。それを聞かなかったのはルイーゼだ。この先何が起ころうとも仕方がない事だ。
ユリウスとは直接話をつける。
そのつもりだ。
「お姉様……」
「何?」
背を向けて去ろうとした私にルイーゼが小さな声で言った。
少し言いすぎてしまった?
思わず振り向いた私に
「な、何?」
ルイーゼが持っていたワイングラスを向けていた。
冷たい……と思ったら私のドレスに赤い染みができている。
「お姉様は汚れた服が丁度いいわ。貴方のせいで私が見劣りするのよっ!」
とんでもない言い掛かりね。早く洗わないと染みが残ってしまう。
さっき父と話して疲れてるというのに……嫌な事ばかりだな。
「ルイーゼ、飲み物は人にかけるものではないわ。じゃあね。」
一刻も早く自室で休みたい。明日は殿下が来るのだから。
両親に話しをつけてもらえば少しは対応がマシになるかな。 殿下と婚約したと知れば無下に扱うことも出来ないだろう。
逃げるように自室に入り、今日の事を思い出した。
考えてみれば有り得ない展開だ。本当に私が殿下と婚約したのか……。それに今まで恋焦がれていた相手が殿下だったということ、想いが通じ合ったこと、全て自分に都合のいい夢なのかと心のどこかで疑っている。
殿下がカイであったと知ると何気ない姿に見蕩れてしまう。
私は単純なのだろうか。今まで端正な顔立ちだとは思っていたがそれ以上特別な想いは抱いていなかった筈だ。
しかし、真実を知ってしまった以上その時には戻れない。端正な顔はより綺麗に見えるし、僅かな表情にも心奪われる。
確かに殿下には慣れない。ずっとカイが好きだったのだから突然、殿下だったと知っても前のように馴れ馴れしくはできない。手を繋ぐ事も名前を呼ぶことも難しくなってしまった。何よりこの状況をすぐに受け入れられるほどの適応能力は持ち合わせていない。どんな顔で殿下に会えばいいのか分からない。
それに、殿下が好きだったのはニーナなんだよね。だとしたら本心では私のことを受け入れられないのではないか……不安になると嫌な想像ばかり掻き立てられる。
こんなこと考えたって意味は無い。早く休んだ方がいいかもしれない。
今日はまるで白昼夢を見ているような不思議な感覚だった。これから少しずつでいいから本当の殿下のことを知っていけたらいいな……。
ぼんやりと薄れていく意識の中そんな願望だけが胸に残っていた。