5 お人好しのお出掛け
「ふぁ……ん? もう朝か」
カーテンの隙間から除く眩しい光に目を細める。体が痛い。また、机で寝てしまったようだ。
これはセーラにバレるとまた心配をかけてしまうな。
よし、今からでも布団に入ろう。そう思って布団に入ろうとした時
「ニコラ様、おはようございます」
と言ってセーラが入ってきた。
「お、おはよう。」
とりあえず、誤魔化すように微笑んだ。この状況なら、ベッドから出てきたシーンにも見えなくない。
「またですか。あれほど寝て下さいと申し上げたのに」
呆れたように私を見たセーラ。彼女に誤魔化しはきかないようだ……いや、さすがに無理があるか。
「今日は買い出しに行かされる日でしたね。本当はついて行きたいのですが、お嬢様が嫌がらせを受ける原因になり兼ねませんから、不本意ながらお帰りをお待ちしていますね」
悲しそうな彼女に私まで胸が痛んだ。いつでも彼女は私の味方でいてくれる。そんな彼女に隠し事は後ろめたいが、本当のことを言ったら止められてしまうだろう。
「ウィッグは黒でお願い。あと眼鏡を」
「もう準備してありますよ」
さすがセーラだ。慣れた手つきで私の髪をまとめ、薄く化粧をしてくれた。
「これでニコラ様だということは私以外、誰にも分からないですよ」
目の前の鏡には、私とは似ても似つかない黒髪にダークブラウンの瞳、眼鏡のおかげでさらに地味に見える少女がいた。
「ありがとう。完璧よ」
「もちろんです。ニコラ様に何かあってはいけませんから」
セーラは笑顔でそう答えると何やら支度を始めた。
「どうしたの?」
「お嬢様の護身用の武器に決まっているではないですか!危険な人間がたくさんいるんですから」
見たことの無い武器をカバンに詰めながらセーラは答えた。むしろ、それを持ち歩いたら私の方が危険な人間な気がするんだけど。
「ありがとう。でも、大丈夫よ。そろそろ船の時間だわ」
さすがにセーラの武器は受け取れないが、令嬢という事はバレたら危険だ。自分で言うのもどうかと思うが、私は母譲りの美貌をもっているし、お人好し令嬢として多少は顔が知れてしまっている。
そんな令嬢が街に一人でいることはとても危険な事だだから、変装しているんだけどね。この眼鏡をかければ特徴的な瞳の色もダークブラウンになる。これは、知り合いに頼んで作って貰った特注品だ。
「船着場まで御一緒致します」
セーラは未だに納得していない顔でそう言うと、荷物を持った。
「あら?お姉様はお使いかしら。せいぜい迷子にならないことね。それにしても……みすぼらしい格好なこと」
門を出ようとした時、後ろから馬鹿にするような大声が聞こえた。こんなことを言うのは妹のルイーゼだけである。
「そうね、気をつけて行ってくるわ。家のことを頼んだわ。ルイーゼ」
私は、いつも通りの笑顔で適当に答えた。
「言われなくても分かってるわよっ!」
相変わらず不機嫌そうにそう言うと、派手な足音をたてながら家に入っていった。そういうところは本当に父に似ている。
「あの豚っ! いつか私が報いを!」
「これくらい大丈夫よ。それに豚じゃないわ」
豚じゃなくて猿よ。
言いそうになった言葉を慌てて飲み込んだ。
目だけで人を殺せそうなほど酷い顔で言うセーラに多少の不安を覚えたが、気を取り直して船着場に向かうことにした。あの見知らぬ武器でルイーゼが殺されないといいけど。
「着きましたよ。ニコラ様。どうかお気をつけて」
「ありがとう。行ってくるわ」
どうやらもう着いたようだ。見慣れた船着き場に少し心が踊る。
やっと、街に行けるのね。一ヶ月が本当に長く感じた。
浮き足立つ気持ちを抑えながらセーラにお礼を言って船に乗り込んだ。