49 お人好しの真実(3)
「静かだな。」
「はい。」
此処には私たち以外には誰も居ない。
そして、街からは賑やかな声が聞こえるがそれも私達の耳には入ってこなかった。
「明日、ニコラの両親と話をつける。」
殿下は何かを決心したような顔でそう言った。
「婚約の事ですか?」
たしか………家族に詳しい事は言ってない。
「…………あぁ。待っててくれ。」
「分かりました。」
両親は何と言うだろうか?
父は喜ぶのかな………。
母と妹は面倒くさそうだな。
まぁ、いいか。
明日になればわかる事だ。今は目の前の殿下の事を考えていたい。
「船着場まで送っていく。」
殿下は自然な雰囲気で私に手を伸ばした。
「あ、ありがとうございます。」
その手を取っていいのか分からず思わず手を引っ込めた。
「あぁ、そうか……もう俺はカイじゃなかった。まだ、慣れないよな。」
申し訳なさそうに手を戻す殿下に
「大丈夫です。その……嫌とかではなくて驚いてしまって。」
そう言って思わず手を掴んでしまった。
「いいのか……?」
壊れ物を扱うように私の手を殿下が握り返した。殿下の熱が手から伝わるようだった。
「殿下の手は温かいですね。」
思わず口から零れた言葉に
「知っているかい?手が温かい人は心が冷たいらしいんだ。」
殿下が真剣な顔でそんなことを言うから思わず笑いそうになった。
「ふふっ………そうなのですか?初めて聞きました。」
「何を笑っているんだ?ルーカスが言っていたんだ。」
「しかし、殿下は冷たい人ではありませんよ?」
「帰ったらルーカスに間違っていたようだと言っておこう。」
その後も、私達はくだらない事で笑いあった。
ニコラとして初めて繋いだ手に気恥ずかしくなりながら殿下の隣を夢見心地で歩いていた。
遠いはずの船着場が目の前に迫っている。
幸せな時間は短く感じる………前にも同じことを思ったがやはりそのようだ。
「では、ニコラ。気をつけて。明日御両親に挨拶をする予定だ。」
繋がれた手を離すのが名残惜しく離せずにいたが、流石にこれ以上このままでいるわけにもいかずそっと離した。
「はい。ありがとうございました。また明日お会いしましょう。」
逃げるようにそう言って船に乗り込んだ。
まだ戸惑うこの距離にどうして良いか分からないのは私だけかもしれない。
船に揺られながら遠ざかって行く殿下の姿をぼんやりと見ていた。
「兄貴〜。こんな所でどうしたの?」
ニコラを乗せた船が去って行くのをただ見つめているカールハインツに間の抜けた声が飛んできた。
「ルーカス……見ていたのか?」
「何が〜?」
あくまで、カールハインツの質問に答える気はないのかルーカスは肩を竦めてそう言った。
「帰るぞ。」
答える気のないルーカスに諦めたのか、さっさと歩き始めたカールハインツに
「明日、行くんでしょ?ニコラさんはもうアーレント家にいる必要は無いし。どうせそのうち没落するんだしさ。」
と悪どい顔でルーカスは言った。
「明日話をつける。それだけだ。」
カールハインツは目を合わせず答えると、そのまま足を進めた。
おしゃべりなルーカスもそれ以上何も言わずにその後を気怠げについて行った。