47お人好しの真実
逸る気持ちを抑え、落ち着いた気持ちで待ち合わせの海辺へ向かった。
いつもと同じで人も少なく、静かな空気が流れている。この静寂で緊張はさらに増すばかりだ。
カイはまだ来ないのだろうか?そんな事ばかり考えていてはせっかく落ち着かせた気持ちが再び焦りに呑まれてしまう。
心を落着けるためか、ふと海に視線を向けた。
海は太陽の光を浴びキラキラと輝いている。
このまま全てを忘れて何処か遠い所へ行けたらいいのに……。海の向こうには私の知らない世界が広がっているのだろう。
狭い世界で育った私には目が眩むような自由が広がっているような気がした。
本当にただの商人の娘だったら幸せになれただろうか?ニーナが嘘偽りの無い自分だったら辛い思いもせずに生きられたのか。誰に問う訳でもなくそんなことを思う。
随分と今日は感傷的だな。そんな自分に呆れながら街を見た。まだ人が来る様子はない。
暫く海を見つめていると微かに此方へ向かってくる足音が聞こえた。恐らくカイが来たのだろう。こんな所にわざわざ来る人はそう居ない。
待ちに待った……のかは分からないがとうとうこの時が来たのか。
覚悟を決めて振り返るとそこに居たのは、
「ニコラさん?どうして君が此処に……?」
私の顔を見て驚いた表情を浮かべたカールハインツ殿下だった。
「恋人を待っている……と言えば良いでしょうか。」
何故、殿下が此処に?
思わず訝しげな顔をしてしまった私に殿下は、
「そうか。奇遇だな。俺も此処で待ち合わせをしている。」
なんとも言えない表情でそう言った。
殿下もこの海辺で誰かを待っている?
「そうですか…… 」
それ以上何を言っていいか分からず黙り込む。
「……………………。」
「……………………。」
気まずい沈黙が続いている。
たまたま殿下もここで待ち合わせ?と、始めは考えたがそんな偶然があるだろうか……。いや、でも偶然ではないならばなんだと言うの?
止まりかけた思考回路では有り得ない想像ばかり膨らむ。海辺で恋人を待つ私と殿下。お互い待っても相手が来る気配はない。
もしかして…………殿下が待っているのは私?
頭に浮かんではその可能性を振り払うように消す。
悩んでも分からない。意を決して聞こうと思い、殿下の方を少し見る。
遠くを見ていた殿下の目が私の方に向いた。
殿下の瞳が僅かに揺れた気がした。目が合ったせいか聞きづらくなり出かかった言葉を呑み込み顔を逸らした。
そこからまた少しの沈黙が続いたが、先に口を開いたのはカールハインツ殿下だった。
「ニコラさん……君が待っているのはカイという下級貴族なんだろう?」
「殿下こそ………ニーナという商人の娘を待っているのでしょう。」
気持ちが焦ったのか質問には答えず先程聞こうとしていた言葉が出てしまった。
「例えば、そうだと言ったら君は俺を軽蔑するか?」
戸惑いがちな殿下の言葉に私の声まで震えたものになる。
「私が殿下を軽蔑するならば、私は殿下に許して頂ける事はないですね。」
前に考えた有り得ない仮説が現実である事が実感される。私の言葉に殿下は達観したような表情で目を細めた。
「そうか……。俺達は随分と遠回りをしていたようだな。」
呟くようにそう言うと私を見る目が柔らかいものになった。
「はい。」
遠回りか………確かに信じられないくらい回り道をしていたみたいだ。
この可能性を考えていたとはいえ、動揺して上手く考えが纏まらない私は短い返事をするので精一杯だった。