43 お人好しの衝撃
暫くは他愛のない話をしていたが突然、真剣な顔で殿下が私を見た。
「君はなんであんな家族の為に頑張っているの?」
「自分の為です。それでは送って頂きありがとうございました。」
何故か………?
家族の為に頑張っている訳では無いような気がする。
アーレント家が無くなったら困るのは私だから。
「そっか。それより女の一人歩きはやめた方がいいよ。」
「すみません、気をつけます。前に来た時も何となく視線を感じて怖かったので……ありがとうございました。」
「ううん。気をつけて帰ってね。」
…………?
気のせいか一瞬目付きが鋭かったような?
まぁ、いいか。
気は向かないけれど帰ろう。
「こんな遅くまでなにをしていたのっ!これだから、あの人と同じ尻軽になるつもりっ!」
「お母様……体の具合はよろしいのですか?」
扉を開けたら思いもしない人物が私を怒鳴りつけた。
最近は具合が悪く寝込んでいたはずの母であるドリスが目の前に立っていた。
病人とは思えない、頭に響く高い声でヒステリックに怒鳴り散らす母に回復を喜んでいいのか分からず戸惑う。
「あら?信じていたの?」
無駄に綺麗な顔を歪ませて此方を嘲るように言った。
「信じていた?とはどういう事でしょうか。」
「私が本当に体調が悪いと信じていたのか、という事よ!病人の振りをしていれば仕事は貴方がやってくれるでしょう?それとあの人も私の具合が悪ければ振り向いてくれると思ったのだけどね、上手くいかなかったわ。」
「そうですか。体調が良いならば何よりです。」
思ってもない事が癖で口から漏れる。
「じゃあ、今後も仕事はやるのよ。私はあの男のお金で豪遊すると決めたのよ!」
それだけ言うと、母は自室へ消えて行った。
失望?それとも怒り?
昨日から、感情が今までみたいに制御出来ない。
カイの事で頭がいっぱいなのに、ユリウス様の疑惑に母の真実………
考えなければならない事は私の気持ちなど知らずに容赦なく次から次へと襲いかかってくる。
毎日看病もして、母と父の仕事も肩代わりして私は今まで何をやっていたのだろう。
「ニコラ様!どちらへ行かれていたのですか?」
部屋に入るとセーラが焦った様子で駆け寄ってきた。
「セーラ。少しね………。」
疲れからか説明する気にはなれなかった。
「あの女と会われたのですか………?」
笑顔を取り繕うことも出来ない私を見て察したのかセーラは怒りを滲ませた声でそう言った。
「ニコラ様、私が助けます!あんな人達からニコラ様を……」
感情をあらわにしてセーラは今にも家族のもとへ怒鳴り込みに行きそうな様子だった。
「ありがとう……でも、仕方がないのよ。アーレント家の存続の為には私が我慢しなければならないの。」
セーラを宥めようと思いそう言ったが、助けてくれるのならば助けて欲しいと願ってしまう。
暫くの沈黙の後セーラが口を開いた。
「それと、あの豚も帰ってきました。ユリウス様から何か預かったからニコラ様に渡せと言ってきましたので。」
そう言って渡されたのはスイレンをモチーフにした髪飾りだった。