38 お人好しの友達
「ニコラさん、良ければニコラと呼んでいいかしら?」
微かな恐怖に背筋が凍る感覚を覚えた私に聞こえたのはフィリーネの意外な申し出だった。
「大丈夫です。私は今まで通りフィリーネ様とお呼びしますので。」
今までフィリーネが私の事をニコラさんと呼んでいる事の方が違和感があった。
「フィリーネでいいわ、いえ、フィリーネと呼びなさい。」
愚痴を言っていた時よりも強い勢いで言ったフィリーネに驚いた。
「しかし、フィリーネ様の方が爵位が上ですので遠慮させていただきます。」
貴族たちの前でフィリーネなんて呼んだら、どんな目で見られるか考えたくもない。
「と、友達というのは互いのことを親しく呼び合うと聞きましたわ!ですので……」
だんだん声が小さくなっていき最後は何と言ったのか聞き取れなかった。
それよりもフィリーネは友達が欲しかったのか!
たしかに、わがまま令嬢という風に呼ばれているくらいだからあまり人は近づこうとしないだろう。
寂しかったのかな?
でも、私にも本当の友達はいなかった。
本音を出さずに上っ面だけで付き合ってきてしまった。それに、社交界で友達を作る機会も今まで殆ど無かった。
「………このお菓子、きっと貴方も気に入ると思いますわ。ぜひ食べてみて下さい。」
私は、食べようと思っていたお菓子をフィリーネに勧めた。
「貴方のものを貰う訳にはいかないわ。」
口では断るフィリーネだが、目はしっかりとお菓子を捉えている。
「友達………ならば好きな物を共有するものだと思っていました。」
「………!頂きますわ。」
目を輝かせて言った彼女を見ていると、あの時皆を虐めていたわがまま令嬢とは別人に感じた。
「わ、悪くないですわね。別にとても美味しいという訳ではないですわよ!同じものが食べれて嬉しいとかそんな事もないんですからねっ!」
私の視線に気付いたフィリーネは焦った様にそう言うと、残りのお菓子にも手を伸ばした。
「喜んで下さり嬉しいです。フィリーネ。」
「こ、これからもそう呼びなさい!命令よ。」
素直じゃないけど分かりやすい人だな。なんだか、フィリーネが可愛く見えてきたよ。
友達もいいかもしれない、なんてのんびりと考えそうになったがそんな場合ではなかったはずだ。
今、考えなければならないのはユリウス様の事よ。
もし、彼女の言った事が本当ならば利用されそうになっているのはルイーゼという事になる。
密輸の罪をルイーゼと結婚してアーレント家に全て押し付けて逃げるという計画でも立てているのではないかという最悪な予感が過ぎった。
ルイーゼの婚約をどうにかして止めよう。
でもあの性悪が私の話を素直に聞いてくれるだろうか?
このままではアーレント家が没落するだけでは済まない。
本日はもう1話更新予定です(*_ _)