34 お人好しの安堵
「暫くの間は婚約者という事でよろしくお願い致します。」
少しだけ殿下の事を知れたような気がする。
今まで雲の上の存在だと思っていたけれど普通の人間なんだって、そう思った。
「あぁ。俺も突然こんな事を頼んで悪かった。恋人と幸せになれるといいな。」
殿下は綺麗な茶髪の前髪を払うとそう言った。
端正な顔立ちの人がやると何でも何気ない仕草ですら絵になる様だ。
「はい。ありがとうございます。殿下、この袋受け取っていただけませんか?」
交渉に夢中で渡し忘れていたネックレスを殿下に差し出した。
恋人と会えたら渡して欲しいな。
「ん?これはさっきのネックレスか。無くした時に、彼女の事は諦めなければならない運命なのかと思っていた。…………ありがとう。」
殿下は大切そうにネックレスを仕舞うと、困ったような顔をした。
「どうされたのですか?」
「いや、ルーカスが戻って来ないと思っただけだ。自由奔放だからな……。婚約者の間は彼奴が迷惑をかけるかもしれない。」
ルーカス殿下か。
たしかに気さくに見えて何か含みのある物言いだし、自由奔放なのかは分からないけれど王族らしさは感じられない。
「いえ、大丈夫です。殿下がお気になさる事では御座いませんので。」
「すまないな。」
殿下は自分のことのように申し訳なさそうな顔をするせいでこちらまで申し訳ないような気分になってきてしまう。
私達の間に微妙な空気が流れ始めた時
「お〜い!兄上、戻ってきたよ〜。」
「ニコラ様、大丈夫でしたか?」
2人の声が静かな海辺に響いた。
「ルーカス……何やってたんだお前は?」
「ニコラさんのメイドちゃんと仲良くしてただけだよ。」
軽い口調でセーラを見ながらルーカス殿下は言った。
「その呼び方やめて頂けませんか。」
セーラは心底嫌そうな顔でそう答えた。
仲良くなっては…………ないかな。
「では、また連絡する。引き受けてくれて助かった。」
カールハインツ殿下はそう言って踵を返した。
「じゃ、また今度。よろしくね。」
ルーカス殿下は笑顔で手を振り去っていった。
殿下の去って行く背中をただ呆然と見つめていた。
恋人と別れるわけでもないのに何故か少し切ない様な不思議な気持ちだった。
「ニコラ様……食事は摂られましたか?」
「そういえば、食事に誘われたのに話に夢中で忘れていたわ。」
たしか、食事のお誘いを受けたのよね。
交渉に熱が入り過ぎてすっかり忘れていた。
「帰る前に何か食べて行きましょう。ニコラ様の好きな物を。」
「う〜ん。セーラが好きな物でいいわ。」
「またですか?お人好しは辞めたのかと思いました。」
あの時みたいにセーラが呆れながら言った。
「お人好しねぇ………。」
いつも、私が好きな物を食べさせて貰ってるんだからたまにはセーラの好きな物を食べて欲しい。
「とりあえず、街中に行きましょうか?」
殿下達が帰り緊張が解けたせいかお腹が減ってしまったようだ。
「えぇ。」
セーラの提案に乗り私は再び街中へ入った。