33 お人好しの従者(2)
「それは………?」
言い淀んだ私の言葉を催促するように殿下は静かに言った。
「その通りだと思います。しかし、ニコラ様はカールハインツ殿下との婚約を望まれていないはずです。」
気を抜くと、殿下のペースに乗せられてしまいそうだ。
「大丈夫だよ。絶対兄上の事好きになるから。それと、君の覚悟も分かったよ。良かった、ニコラさんに優秀なメイドがいてさ。」
「もしかして、私のことを試したのですか?」
今までの態度は全て私の本心を引き出す為だったということ?
「どうだろうね〜。でも、この話を聞いたからには君にも役立ってもらわないと。」
………いや、この人勝手に話したよね?
それで役に立てと言うの?
横暴だ。
そして、私にこの計画を明かす理由も分からない。
「具体的に何をしろと言うのですか?」
「正しく言えば、君の恋人くんに用があるんだけどね。」
当たり前の事の様に殿下はそう言った。
「は…………?」
全く予想していなかった事に間抜けな声が漏れてしまった。
何言ってるのか元々分からない人だけれど今回ばかりは本当に分からない。
恋人とは文通をしているくらいで、彼も忙しい身だから頻繁には会えない。
それに、今までの話との関係性が見えない。
「君の恋人、クルトだったかな。ニクラス・バーナーに仕えているはずだ。」
「クルトはニクラス様に仕えております。それと、先程言っていた事となんの関係があるのでしょうか?」
ニクラス・バーナーは侯爵家の嫡男だ。
整った顔立ちから御令嬢達からの人気は高い。
たしか、ニコラ様にパーティーで近づいたとエルマ様から聞いた気がするな……。
「君はパーティーに居なかったから知らないかもしれないけれど、ニコラさんに迫ってた人なんだ。」
エルマ様から聞いた事は本当だったのか。
ニコラ様に不純な気持ちで近付くなんて嫌な男だ。
「存じております。」
「その人がニコラさんに近付いた理由分かる?」
「ニコラ様が美しいからでは?」
上っ面しか見ない人達ならニコラ様の美貌を見れば近付こうとする事は容易に想像できる。
「それもあるかもね。とりあえず、君の恋人に主人に怪しい動きはないかって聞いといて。」
そう言った殿下の顔からは何を考えているのかは読み取れない。
ニクラス様に怪しい動き?
つまり、ニクラス様が何か悪いことに関わっているということなのか。
「それもある……という事は別の理由を殿下はご存知なのですね。」
「バーナー家を調べるのは面倒臭いんだよね〜。彼処の家、疑り深いからさ。じゃあ、クルトに聞いといてね。今度またニコラさんの家まで行くからその時教えて。」
「待って下さい!私には話が見えていません。」
「大丈夫だよ〜。君にも君の主人にとっても悪い事じゃ無いからさ。よろしくね。それと、結構重要な役割だからしくじらないでね?」
勝手に話が進んでいく………。
私にはどうしたら正解なのか分からない。
「さぁ、そろそろ二人も話が終わる頃じゃない?待たせると兄上が煩いから行くよ〜。メイドちゃん?」
先程までの緊張感は何処へ消えたのか、緩い口調であからさまに話を終わらせると歩き始めてしまった。
「分かりました。ニコラ様を不幸にする事だけは辞めて下さい………。それだけは約束して頂きたいです。」
私に出来ることには限りがある。
この約束をして貰う事で精一杯だ。
今まで苦しんできたニコラ様をあの家族達から解放してくれると言うならばこの選択が間違っていないと私は信じたい。
「ニコラさんが幸せにならないと兄上も幸せになれないからね………。」
曖昧な答えに不安と淡い期待を抱きながらルーカス殿下の後ろをついていくことしか出来なかった。
次話はニコラ視点に戻ります