32 お人好しの従者(セーラ視点)
「そんな怖い顔しないでよ〜。でも、君さ本気でニコラさんのこと守れると思っているの〜?」
軽い口調とは裏腹に光の無い瞳で私を見つめるルーカス殿下に少し恐怖を覚える。さっきから本気で言っているのか冗談なのか分からない。
ルーカス殿下……。
噂で聞いていたのと違う。もっと人好きのする優しい人だと聞いていたけれど、やはり噂なんて頼りにならないな。一言で言えば、掴みどころの無い人と言った感じだろうか。
例え相手が王子だろうが何だろうが、私はニコラ様のためになる行動をとるだけだ。
「ニコラ様を守るためならば誰を敵にしても構いません。もし、殿下がニコラ様の幸せを壊そうとするならばわたしが貴方の幸せを潰しますよ」
こんなこと言ってしまったら私の首が飛んでしまうのではないか。
嫌な予感が頭を過ったが、ニコラ様を守りたい。
この人の好きになんてさせるつもりはない。
「じゃあさ、俺の幸せじゃなくてニコラさんの幸せを奪う奴らの幸せを潰すの手伝ってよ?」
覚悟を決めていた私をよそにルーカス殿下は極悪人の様に口の端を持ち上げて言った。
「…………殿下はアーレント家を潰すと言いましたよね?アーレント家を存続させるためにニコラ様がどれだけ努力してらっしゃるのか分かっているのですか?」
これは今から少し前、ルーカス殿下がカールハインツ殿下とニコラ様を残して私を引張って行った時の事だ
彼は突然とんでもない事を言った。
────アーレント家潰そうと思うんだけどいいよね?
一瞬何を言っているのか分からなかった。
アーレント家を潰す、つまりニコラ様に害をなすという事だ。
他のアーレント家の人間なんてどうでもいいがニコラ様も巻き込むのならば私がこの腹黒王子を止めなければならない。
もちろん、アーレント家を潰すなんて許せない。
答えはNOに決まっている。
それがどういう事か、今はニコラ様の幸せを奪う人間を潰すと言っている。目の前に居るのは考えの読めない、誰もが見惚れる程の美しい微笑みを湛えた王子様だ。
意味が分からない。
これは私の理解力の問題なのか、それとも殿下が可笑しいからなのかは分からない………いや、面倒臭いし殿下が悪いということにしよう。
「だから、ニコラさんは兄上と結婚してアーレント家はさよならだよ」
「どういう事ですか? 例え結婚したとしてもニコラ様がアーレント家の人間である事に変わりありません。あの方達いえ、最低な家族達と別れることが出来るわけでは無いと思うのですが」
もし、アーレント家が没落してしまったらニコラ様の立場が無くなってしまう。しかし、この腹黒王子がそこを考えていないわけがないだろう。
何が目的なんだ?
「ニコラさんを苦しめる様なことはしない。」
そう言った殿下の顔に軽そうな笑みは無い。
「一体何を考えていらっしゃるのですか──?」
この人を私一人で止める事は出来ないかもしれない。私はただのニコラ様の幸せを願っているだけなのに。
「とてもいい事だよ。兄上にとってね」
「つまり、ニコラ様にとっては良くないという事ですね?」
やはりこの男は敵だ。
「どうかな。でも、ニコラさんは兄上が唯一好きになった相手だから、兄上の為にも幸せになってもらわないとね」
どの質問にもはっきりと答えてはくれない。
もしかしてニコラ様危ない人に目をつけられてしまったのでは?
「そうですか。しかし、アーレント家に何かあったら困るのはニコラ様ですので」
「本当にそう思う〜? だって、俺が家に行った時酷い仕打ちを受けていたように見えたけどな。あの狸親父達と縁を切らなきゃ彼女は幸せになれない」
相変わらずの緊張感の無い口調ではあるが言っている事は正しい。
あの豚と浮気男が居る限りニコラ様の本当の平穏な日々は決して訪れることは無い。
「それは………」
何と言っていいか分からず言葉に詰まる。そして、カールハインツ殿下と結婚する事はニコラ様にとって本当に幸せなのだろうか。
ニコラ様には私の知らない想い人がいるはずだ。その人と一緒になる事が彼女の幸せであって、殿下と結婚することでは無い。
しかし、気になるのはルーカス殿下の様子だ。何か知っているのだろう、先程から余裕そうな態度を崩さない。
ルーカス殿下の相手はとても疲れる。精神がすり減っていく様な感覚だ。
でも、ここで選択を間違えてはいけない。
今まで私がニコラ様のために出来た事なんて殆ど無いのだから……。
次話もセーラとルーカスの話です