30 お人好しの興味
「お人好し令嬢という噂は嘘だったのかな? 胡散臭い笑みはやめたんだね」
私の態度が変わった事に一瞬驚いた顔をした殿下だが、意地悪そうな笑みを浮かべてそう言った。
「それは、周りの方達が築き上げたイメージにすぎませんよ。胡散臭い笑みとは酷い事を仰るのですね」
作り笑顔には自信があったのになぁ。
殿下も人の事言えないと思うけど、とはさすがに言えないが先程までの麗しい微笑みは消え去っていた。
「それは、悪かった。さてと、君の求める条件は?」
全く悪びれた様子のない殿下は促す様に私を見た。
「はい。私にも殿下と同じように今すぐに婚約できる状況ではない恋人がいました。複雑な状況ではありますが彼への想いは今も変わっていません」
「つまり、俺とほぼ同じ状況という事かな」
「そういう事になりますね。私の条件は殿下がお慕いされている方と上手くいっても、しばらくは婚約者の振りをして頂きたいのです」
これくらいはして貰わないと割に合わない。
「そうだな……。どちらも上手くいくまでの協力関係という事でいいか?」
「はい」
本当はアーレント家に何らかの疑いが掛かっているのかも確かめたい所だけど、今は辞めておいた方がいいかな。
「これから暫くの間よろしく頼む。それと、恋人とは上手くいっていないようだが大丈夫なのか?」
随分と露骨に聞いてくるのね。
カイとは上手くいっていないどころか私が一方的に別れを告げて逃げてしまった。正直に言うと、どうやってまたカイに会えば良いかも分からない。
「まぁ、これからですね……。殿下の方はどうなのですか?」
これ以上掘り下げられても困るな。あの感じでは殿下も身分違いの恋、下級貴族……もしくは平民と想いを寄せ合っているのだろう。
「良好とは言えない。婚約すると言ったら悲しませてしまった。今、何処にいるかも分かっていない。これから、探しに行こうと思う」
「私も殿下と状況は似てます。お互い想い人に逃げられないようにしなくてはいけませんね」
遠くを見詰めながらそう言った殿下の横顔が一瞬カイに重なった。
似てないよね?
なんでだろう、さっきの憂いを帯びた横顔はあの日のカイにそっくりだった。
見た目も全然違うのに…………。
カイはサラサラの黒髪でカールハインツ殿下は茶髪で瞳の色だって違う。
恋の病って言うやつなのかしらね。
私の願望が、まるでカイの幻を見せているようだ。
今までこんな気持ちになったことなんて無かったから、どうしたらいいのか分からない。
「そうだな。君の恋人はどんな人なんだ?答えたくないならば言わなくても構わないが……」
「そうですね……目付きが悪いですよ」
カイは特別、整った顔立ちをしている訳では無い。今、どこで何をしているのだろうか。少し鋭い目つきだが本当は優しいカイの顔を思い浮かべる。
「それがいいのか?」
殿下は怪訝そうな顔で私を見た。その顔が少し可笑しくて笑ってしまった。
「ふふ、違いますよ。全てが愛おしいんです。笑った顔も少し困った顔も。何より私を普通の人として見てくれる…………あ、話しすぎてしまい申し訳ありません」
カイの事を考えたら話が止まらなくなってしまった。
「…………。」
慌てて謝ったが殿下の反応は無い。
「あ、あの……殿下?」
思わず顔を覗き込んでしまった。
「あぁ、申し訳ない少し考え事をしていた。それと、聞いたのは俺だから気にしなくていい」
焦ったように顔を上げると殿下は何事も無かったように話を合わせたようだった。
「ありがとうございます。もしよろしければ殿下の想い人についてもお聞かせ願いたいです」
実はさっきから気になっていた事だ。
これは、殿下の隣を狙っていない私でも気になる。
いつもやんわりと女性の誘いを断るというカールハインツ殿下の心を射止めた女性の事は。
「そうだな。君だけ話すのは不平等だよな」
そんな風に言う殿下に少し焦って
「いえ、そういう訳では無いのですが少し気になりまして……」
と言ったが、殿下は恋人を思い浮かべているのか気にした様子は無かった。
「話すよ」
殿下はゆっくりと口を開いた。