3 お人好しの本音
「今日も疲れた」
セーラが食事の支度に行き部屋で一人になったことを確認してから欠伸をした。
鏡を見るとはっきりと隈ができているのが分かる。
「化粧で誤魔化すのも限界だわ」
溜息をつきながら机に目を向けると資料の山があった。ついたばかりの溜息がまた出そうだ。
今日中に終わらせなければならないものもたくさん混ざっている。
「はぁ……」
嘆いても仕方が無いと思っても前向きな気持ちにはならない。憂鬱な気分でもう一度椅子に座り資料に向き合った。
「ダンスパーティーの招待状?」
資料に紛れて見落としていたが、パーティーの招待状が届いていたようだ。一応、こんなではあるがアーレントは位の高い家柄である。必ず家の誰かはパーティーに出なければならない。
どうせ、あの猿が行きたがるだろうと思いつつ招待状を仕舞った。
セーラは豚と言うけど、私は彼女には猿の方が相応しいと思う、とあの時言いそうになったことを思い出しながら、愚かな妹に押し付けられた仕事を放り出したい衝動に駆られた。
けれど、手を止める訳にはいかない。明日は唯一の楽しみがあるのだから。
皆は私のことをお人好し令嬢というがそんなことは無い。
もちろん、あの人達を恨んでいない訳ではない。だからといって殺したいほど憎んでいる訳でもない。一応、血は繋がっているし。
私がお人好しなんて言われるのは笑顔を絶やさないからだろう。いつも笑顔なのは、笑顔を作りすぎて慣れてしまっただけ。顔をしかめるよりも、いつもしている表情を機械的にするだけだから簡単だ。
仕事だって大変だけれども私がやった方が効率がいい。あの父親に任せていたらいつかこの家は崩壊する。母があんな風になってしまったのもあいつのせいだ。
妹が性悪なのは父親の性格が遺伝したからなのかもしれないけど。彼女の嫌がらせにはうんざりしているが、正直またやってるなぁ、くらいにしか思わないからセーラが心配するほど私は気に病んでいない。どうでもいいものはどうでもいいのだ。
ドレスだってほとんどパーティーに行かない私には必要のないもの。それに、私の家族たちには幸せになれるならなって欲しい。私の事なんて忘れて、そっとしておいてくれればそれで十分だ。
そして、婚約者のユリウス様。まさか彼を奪われるとは思わなかったな。
本当のことを言うと、小躍りしたくなるくらいには嬉しかった。
だって私には────
「失礼します。ニコラ様、お食事をお持ちしました」
余計な事を考えているうちにセーラが食事を持ってきてくれたようだ。
「ありがとう。一段落したらいただくわ」
そう言ってもう一度資料に目を落とした。
明日までに終わらせなくちゃ!
せっかく街に行けるのに仕事が終わってなければ台無しだ。私の密かな楽しみ。セーラにさえも本当のことは言ってない。
彼にもきっと会える。
そう思うとさっきまで憂鬱だった仕事も少し頑張れる気がした。