29 お人好しは休業
「それは、ネックレスではないよ。そして、なぜこれが俺の……」
殿下は驚いた顔をして私を戸惑うように見つめると何かを言いかけた。まだ、認めないつもりかしら?
一人称も俺になっていたし動揺しているはず。
ネックレスではないだって? 言い訳が苦しいわね。昨日、中身を確かめたらネックレスだったはずだ……。
「いいえ、ネックレスですよ…………」
「もう一度確認してみたらどうだい?」
殿下の言葉に渋々、袋をもう一度見た。
「……………あっ! これは違いました。別の人の物でした」
殿下に私がネックレスの入った袋だと思って見せたものは、カイが前に落とした袋だった。
あぁ、だから困惑していたのか。私ったら肝心なところでこんなミスを!
落ち着いて仕切り直しよ…………。
「すみません殿下。私が見つけたのはこちらです。」
次は本当にネックレスの入った袋を見せた。
「あぁ、確かにそれは私の物だ。」
あっさり認めた。さっき焦っていたのが嘘みたいだ。さっきのはカイの忘れ物だ。なんで殿下は焦っていたのだろう?
それは、また後で考えよう。今は交渉を進める方が大切だ。
「これは恋人へのプレゼントに見えます」
「知っていたのかい? ………ならば、全て話そう。人が余あまりいない場所に行こうか」
観念したように殿下は言うと歩き始めた。殿下について行くと、そこはいつかカイと一緒に来た海辺だった。
なんで、わざわざ私の傷を抉るような事ばかりするんだろうこの人は、と偶然であるとは分かっていながらと恨めしい気持ちになった。
そういえば、あの時カイはダンスパーティーには出ないって言ってたのにな。
結局パーティーに出たのよね。それで婚約する事になってしまうなんて……。
つまり、同じ会場にいたはずよね?
おかしいな、私がカイを見つけられなかったなんて。人も多かったし、見つけようとしてなかったから仕方がないかな。
「さぁ、ここなら人も居なくていいだろう」
「そうですね……」
あの時と同じ静かな海辺だ。 カイといた時は幸せだったのに、続かない関係とは分かっていたけれどこんなに早く別れる日が来るとは思わなかった。
いつものように、笑みを浮かべようとしても上手くいかない。
今日が大切な日なのに、殿下が隣にいるのに……。
「もしかして、ここに嫌な思い出でもあったのかい? それなら、別の場所に…………」
「いえ、そんな事はありません。少し人混みに疲れてしまっただけですのでお気になさらず」
「…………そうか」
誤魔化せていない事は自分でも分かったが殿下もそれ以上追求してこなかった。
「それで、先程言っていた事お聞かせ下さいますか?」
「あぁ。単刀直入に言う。私……いや、俺には恋人がいた。彼女と何とか婚約したいと思っている。それまでの間仮初の婚約者になってくれないだろうか?」
「分かりました」
「これは王家の命令ではない。君に利益はないだろうから断ってくれても構わない」
殿下も表向きの顔を辞めたようだ。目の前の殿下には優しげな口調も人好きのする笑顔も無い。
ならば、私もお人好しはお休みよ。
「ならば、私の条件も呑んでいただきます。」