28 お人好しの策略(2)
「とうとう、この日が来ましたね。ニコラ様」
真剣な顔付きで私に言うセーラ。食事をするのは私なのにセーラの方が緊張しているようだ。
「その言い方をされると余計に緊張してきたわ。」
私とセーラは、手紙に書いてあった場所に来ていた。まだ、殿下は来ていない。少し早く来過ぎたかしら?
待っている時間が緊張を助長するようで、一気に不安な気持ちが溢れてきてしまった。
「そうそう、リラックスした方がいいよ〜」
「そうですね。リラックスして臨みます」
「うん。兄上もそのうち来ると思うよ」
「そうなんですね………って、ルーカス殿下!?」
緩い口調に何となく返してしまったけれど、いつの間にかルーカス殿下が隣にいた。
全く気付かなかった。
「ニコラさんはこの街よく来るの?」
驚く私に気をとめた様子もなくルーカス殿下は言った。
「あまり領地からは出ませんね。この街には詳しくないです」
この街はカイとの思い出が沢山詰まっている。本当のことを言えば、一ヶ月に一回は来ていたことになる。
この街で食事なんて、嫌でもカイの事が頭から離れなくなってしまう。今日は集中して慎重に交渉を進めないといけないのに。
「そっか〜。でも、大丈夫!兄上がしっかり案内してくれるはずだよ」
不安が顔に出ていたのだろうかルーカス殿下はいつもよりも明るい調子で私に微笑んだ。
「ありがとうございます。」
「ほらっ!噂をしたらなんとやら。兄上が来たよ〜」
ルーカス殿下の視線の先を見ると、
「やぁ、ニコラ嬢。待たせてしまったね」
カールハインツ殿下が来たようだ。
「いえ、私達も今来たところですので」
いつも通りの笑顔で返した。
「じゃあ、邪魔者は退散するよ〜」
カールハインツ殿下が来たことを確認すると、セーラを引っ張ってどこかに行ってしまった。てっきりセーラは一緒にいるものかと思ってたわ……。
「……………。」
「……………。」
お互い沈黙が続いてしまう。
話したいことは沢山あるんだけど今話せる感じではなさそうだ。自然な流れで恋人の話に持って行きたいのだけれど会話が始まらないことにはどうしようもない。
「そうだ、少し歩かない?」
カールハインツ殿下が口を開いた。
「はい」
喋ってくれて良かった。なんて言っていいか分からなかったしね。
それから、殿下と肩を並べて街を歩いた。
カイと歩いた時はあんなに、綺麗に見えた街もなぜか虚しく感じてしまう。殿下が隣にいながら、贅沢な悩みなのかもしれない。
暫くして突然、殿下が立ち止まってこちらを向いて
「突然、婚約なんてすまなかった。やはり、無かった事にして貰えないだろうか?」
と静かに言った。
え!何それ。私の計画がめちゃくちゃに………。
いや、もしかして恋人と仲が悪くなって仮初の婚約者いらなくなったとか?
「それは構いませんが、突然すぎませんか。全ての事が」
でも、振り回されるこっちの身にもなって欲しい。
「本当に申し訳ない」
「では、一つ質問してもよろしいでしょうか?」
恋人の事を聞くには今しかない。
「あぁ、答えられることだったら」
「恋人がいますよね。そして、仮初の婚約者が必要なんですよね?」
思い切って聞く事にした。
「私には恋人などいないよ。婚約者は君に悪いと思って……」
しかし、殿下はあくまで恍けるつもりのようだ。
ならば…………
「このネックレス、殿下が先日落として行かれたようですよ」
これで言い逃れはできない。よし、ここから交渉を上手く進めないと……。